桜坂の約束

ライム

桜坂の約束

桜坂には、あの日の景色が今もそのまま残っていた。10年前、彼女と「10年後にまたここで会おう」と約束したこの坂。けれど、僕はその約束を破った。


忙しさにかまけて、坂のことも、彼女のことも、心の奥底に押し込んでいた。そんな僕を変えたのは、ふとした瞬間に目に入った一枚の写真だった。桜の下で笑う彼女と、隣で無邪気にピースをする過去の僕。


「……会いたい」


そう思った瞬間、体が勝手に動いていた。


桜坂に着いたのは夕方だった。並木道には、満開の桜が風に揺れている。坂を歩き出すと、遠くに見覚えのある後ろ姿が見えた。桜色のスカーフが風に揺れている。それが彼女だと気づいた瞬間、僕の足は自然と速くなった。


「……遅かったね」


振り返った彼女は、10年前と変わらない優しい笑顔を浮かべていた。けれど、その表情にはどこか切なさも漂っていた。


「来てくれて、ありがとう」

そう言いながら彼女は、手に持っていた花束を見せた。それを神社に供えるつもりだろうか。


「10年間、ここで待ってたんだよ。あなたが来る日を信じて」

彼女のその言葉に、胸が締め付けられるような痛みを感じた。


「ごめん……約束を守れなくて」

僕がうつむきながらそう言うと、彼女は優しく首を振った。


「守れなくてもいいの。ただ、今日ここに来てくれた。それだけで十分だよ」


彼女のその言葉に、僕の10年間の後悔が涙となってあふれた。


彼女がこの坂に通い続けた理由は、僕との思い出を守りたいという気持ちからだった。ここに来れば、僕たちが一緒に過ごした時間を思い出すことができたから、と。


僕は彼女に問いかけた。

「……今からでも遅くないかな」


彼女は少し驚いた表情をした後、小さく微笑んで答えた。

「遅いなんて思わないよ。だって、またこうして会えたんだから」


二人は坂の上に向かいながら、新たな約束を交わした。今度は、来年の春もまた一緒にこの桜を見るという約束だ。


風が吹き、桜の花びらが舞う中、彼女の笑顔が優しく揺れていた。

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桜坂の約束 ライム @RaimuStella

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