第15話 視点2-5

 

 駅がどちらにあるかもわからない。たちまち体力が尽きて繁華街の片隅でうずくまっていたところ、


「きみ、大丈夫?」


 胃の奥が締め付けられるような吐気と戦いながら顔を上げると、明るい髪の男女二人がわたしの顔を覗き込んでいた。って、わたしの方も彼らを見ているんだから当たり前だよね。男の方は心配そうに、女の方は怪訝そうにこちらを見ている。


「触んな」


 不意に言葉が咽喉から勝手に飛び出た。別に触ってこようとしたわけでもないのだが二人は警戒心をあらわにわたしから数歩下がる。


「……触んな。触んなって気色悪いなあぁぁぁぁ!」


 金切声。女の方があからさまに引き、女に生来備わっている関わっちゃいけない人センサーが作動したのが解る、あああ、ダメですよ岸上加奈さんこれじゃあまるで本物の狂人みたいじゃないですか。不倫で子供作っちゃうあなたの両親と違ってあなたは善良で幼気な一般人なんだから駄目ですよそんな気色悪いこと口にしちゃあ。


「なんなんだよお前らみんなほんと、気色悪い、気持ち悪いんだよほんと。どこ行っても性的な話題ばっかしやがって、恋とか愛とか性とかほんと気持ち悪い。寄るなって気色悪いから、どうせこれからホテル行くんだろ、この性欲の豚どもがおぉぉ!」


 何かを振りほどくようにわたしは叫ぶ、しゃがみこんで路上にまた嘔吐する。男の方はすっかり狼狽うろたえ、女の方は「ねぇこの子やばぁいクスリとかやってんじゃないの」とか言って笑って、男の方は「じゃなおさらなんとかしないとじゃんケイサツ呼んでとホゴして貰わないと」とか訳の分からないことを口走ってて、あ、この場で完全におかしい人って認識されてるわたし、って思ったらなんだかこれまでの人生全てが虚像に思えてきていや実際そうなんですけれども。


 小学校二年の道徳の授業の前の昼休みで、後に授かり婚する頭お花畑な女の先生にこう尋ねた。


「ねえ先生。わたしってお母さんが二人いるの、前のお母さんとわたしを生んだお母さん。前のお母さんはお兄ちゃんのお母さんでわたしを生んだお母さんとは別なんだけどどっちのお母さんもわたしは好き。けど前のお母さんはわたしのことがあまり好きではないみたいでとても悲しいんだけれどそれはわたしのお母さんが前のお母さんとは別にわたしを産んだからでねぇこれってどうしたらいいと思う?」



 お願いですからそんな目でわたしを観ないでください。


 

 見かけはチャラいけど恐らくは良識と常識を兼ね備えた善良一般市民だったであろう親切な男女を振り切り、灰色の雨の中を再び走り出す。どちらが駅だったか、というかどの駅から帰ったらいいのかもわからない。とにかく闇の中を藻掻くように走って、よく覚えていない、気が付いたら家の前に帰り着いていた。ということは駅の改札を通って煩わしい電車乗り換えもこなして帰路を辿ったんだろうけれど、二時間近くもの記憶がすっかり抜け落ちていた。



 びしょ濡れのまま玄関をくぐると待ち構えていたかのようにお兄ちゃんがいた。


「お帰り」



 わたしは泣いた。


 

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