第3話 視点1-3

 

 今日一日色々なことがありすぎた。自室の天井を見上げながら口許に手を遣る。気になっていた女の子にお断りされたかと思ったらその女の子の親友を名乗る謎の少女の襲撃を受けて、急にキスされて、連絡先を交換して、それでこれからどうするのだっけ、明日、ってかもうこの瞬間から夏休みか。整理しようにも気持ちがあちこちへ取っ散らかってどうにも落ち着かない。通ってる高校の補欠合格を貰うまでの気持ちと似ていた。期待と不安が入り混じったような、結果さえ確認さえしなければ、確定させなければまだ自分にも無限の可能性が拡がっているような錯覚にも似ている。


 入学祝いに買い換えてもらったばかりの真新しいスマホを眺める。『図書館ボランティアの会議にあたしもいたんだけど気付かなかった?』正確には、あの謎の少女の名前が書かれたメッセージアプリのアイコンから吐き出される無数の言葉の束を眺める。『岸上のどこが気に入ったん?』もう早速ぽこぽこと通知が来ていて、『てか高校すごいねめっちゃいいとこじゃん濡れるわ』入試の面接かってくらいに僕のことを手当たり次第に聞き出そうとしていた。『好きな食べ物とかある?』実質、岸上さんからの手先の可能性も考えないではなかったが、『放課後どこでよく遊ぶの?』そんな回りくどい手を用いなくてもあっさりと断られたし、ああ、にしても岸上さん、「友達でいよ?」か。しかも、「今はまだ」。上目づかいでこちらを窺うような岸上さんの視線を思い出す。拷問だな。


 昔から切替は早い方だった。引き摺るとか諦めるとかとは違くて、何か「もうダメなんだな」と心の中に拡がる漠然とした気持ちを感じ取ってしまうと全てを投げ出してしまいたくなる。挑戦してくじけるくらいなら、確実に届く目標に照準を合わせたい。諦めることで安心しているのかもしれない。どうせ自分なんてこんなもん。周りにも自分にも変に期待しなければ後半世紀くらいは耐え抜ける気がする。ああ、ひょっとすると僕は逃げ出したいのかもしれない。ここではないどこかに? 



 まだ返信もしてないのにまたしつこく件の少女から追撃が来る。


『アニメとか見る?』

『観ないよ』

『根暗の癖に深夜アニメ見てないとかなんなんだよお前』

『アニメとかゲームとか僕は興味ない時間の無駄だから』

『なんで』

『現実の自分に結び付かないことは好きじゃない』

『真面目か』

『そうかも。てか現実以外考えるのが面倒くさい』

『じゃ映画は?』

『たまにレンタルしてみるけど家族とかと』

『今度観に行こうよ新宿とかで、初デート』

 

 付き合ってないって。


『受験もないし暇でしょいいなあエスカレーターで大学行けるの』

『色々と諦めただけだよ頑張るのが面倒くさかった』

 

 ふと思う。あと少し頑張れば第一志望の高校に行けたかもしれない、水泳教室も辞めず頑張っていれば、ミナちゃんともっとよく話していれば。する前から何もかも諦めかけてしまっている。僕はあと何回諦めればいいんだろうか。習い事も志望校も付き合う相手も就職先も、きっとこの先ずっと僕は諦め続けて、妥協し続けて、なんだかなあなあな灰色の時間を過ごしていくのだろうか。


『まあ映画くらいならいいよ』


 喋らなくて楽で良さそうだし。



 いつも思うのだけれど新宿駅東口って、どこからか誰かに観られているような感じがする。上の方から見降ろされているような圧迫感ていうか。たぶん目の前に聳えたつアルタに引っ付いた巨大な画面とか、妙に曲がりくねったロータリーとか階段上がってすぐにある交番とか、その他雑多な看板とか、視線を意識させる様なものが多いからだと思う。僕は柵に腰かけて件の少女を待ち、映画(何を観るのかさえも決めてない)の上映スケジュールを適当に調べていた。待ち合わせ時間を30分以上も過ぎているというのに現れる気配もないていうか『遅れそうごめん』的なメッセージもない。さては冷やかしだったのか。行きかう人並みを眺め、こうやって道行く人々の誰にでも友人や家族や恋人やなるべく痛い死に方しないかなあくらいに嫌いな人間がいたりいなかったりするのかと思うと、割とまあ面白い。40分近く待ちぼうけを食らったところで、


『電車が遅れてるからあたしも遅れる、ごめん』


 と、メッセージが着て、いや、電車が遅れてるなら遅れるでしょうね、きみは空を飛んでくるのかいとか笑って、ああ、でもちゃんと来てくれるんだとか、少しだけ安心した。心のとげが取れたというか。


『もうつく!』


 ……それから10分くらいしてバタバタと近付いてくる足音が聞こえ、「お待たせ~迷っちゃって、出口が解らなかった。新宿駅の地下ってあれだね。迷宮!」


 50分も待たしといて謝罪の言葉もなしですか、まあでも誰にだってミスはあるし多めに見ておこう。細かい男とか思われるのも嫌だし。同年代のそこそこかわいい女の子と映画デート的なものをできるだけでも相当に恵まれてるってものだろう。


 目的もなく歩き出そうとし、今しがた思いついたように呟いてみる。


「あ、映画観るんだっけ」


「うん。その予定で来たんだし」


「どこで観る? バルト9? ピカデリー?」


「三丁目の方でしょそれだと、遠いわ。女の子歩かせんな」


 光沢ある黒い厚底ブーツを指差し、口をとがらせる。


 そもそも何の作品を観るかも決めてないんですけどね。肝心の君は遅れてくるし。計画性の欠片もなし。


「東宝シネマズでいいよ歌舞伎町の。すぐそこ。五分くらいでしょ。あたしの観たいやつ今からなら14時のに間に合うし」


 と言いたいことだけ言ってさっそうと歩きだすので、僕もついていく。ラブコメ新時代、連れ歩かされ系主人公。

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