第15話遭遇

 月見里との遭遇から一日。俺は相も変わらず教室で居眠りをかましていた。

 時計を見やると、時刻は17時10分。どうやらHRの時に寝てしまっていたらしく、教室には誰も残っていなかった。

 俺はぐっと伸びをして窓の外に目線を移す。空は茜色に染まっており、きれいな夕日が俺を見つめていた。


「……帰るか」


 まだ起きていない体を引きずるように動かして俺は教室を出た。薄暗い校舎の中を眠気の残る眼を擦りながら進んでいく。最近は夏の暑さが顔を見せてきたという事もあり、我が学園ではクーラーが稼働を始めているが、放課後はさすがに動いていないため非常に熱が籠る。かなり暑い。

 足早に下駄箱までやってきた俺はそそくさと靴を履き替える。


「七海ちゃん、この前負けちゃったんだって?」


 正面玄関を出たところで俺の耳には聞き覚えのある声が飛び込んできた。声の方へと足を進めると、そこには案の定星導の姿とそれを取り囲む数人の女子の姿があった。

 状況がよくわかっていない俺は物陰から聞き耳を立てる。


「少しミスっちゃっただけなのに噂になっちゃうなんて、天才は大変だよね~?」


「でも当然じゃない?勝ってないと天才じゃないし?価値ないし~?」


 どこか棘のある言葉が飛び交っているところを見るに、嫌味な女子グループが星導の事をからかいに来た、といったところだろう。当の本人は笑って言葉を濁している。

 派手な化粧に着崩した制服。リア充というよりもDQNといった印象だ。

 その中でも女子達をまとめているのが篠宮しのみや唯花ゆいか。中学まではテニスをしていたはずだ。高校生になってからは茶道部になったと聞いている。


「あはは、いいよね~七海ちゃんは。天才だからみんなからちやほやされる」


「そうでもないよ。努力してるだけだし」


 『天才』という決めつけの言葉に対して『努力』という言葉で返しているあたり、星導も言われっぱなしでは気が済まないようだ。これは助けに入らなくても大丈夫かな?


「てか七海ちゃん、急に髪染めたよね?なんで?……あ、もしかして竜胆先輩にフラれたから?」


「っ……」


 おっと、そんなことなかったらしい。 

 さすがは学園の嫌な女代表。痛いところを突いてきやがる。どんな育ち方したらこんな性格になるのやら。全く、こじらせすぎも考え物だ。


「あははっ、悔しいから彼女さんの影追いかけちゃってるんだ?ヤバ~」


「天才でも失恋とかするんだね。恋愛に関しては疎いの?」


「そこまでにしとけ」


 ヒーロー参上とは言わなかったが、そのつもりで俺は飛び出した。星導を囲んでいた女子達の中から篠宮が俺を睨みつけてくるが、俺の顔を見て面食らった表情になった。


「女のジェラシーってのは見ていて痛々しいな篠宮。からかうのもそこまでにしておいたらどうなんだ?」


「っ、うっさいわね……いきなり出てきてヒーロー気取り?何様なのかしら?」


「強いて言うなら、弱いものいじめを許さない正義のヒーローだ。お前みたいな劣等感に苛まれて人を傷つけるような哀れな人間も救ってやらんこともない」


「っ!調子乗んなよくそ野郎!」


「化けの皮が剥がれるのがはえーよ。もうちょい粘れ」


 俺はポケットに隠していたスマホを取り出し、今の会話を録音していたことを篠宮に見せつける。これで下手に手出しできなくなったわけだ。強気に出ても問題ない。


「もうここらへんで撤退したらどうなんだ?そろそろ見苦しくなってきたぞ」


「っ、くそ……!」


「やめときなって唯花!……行こう」


 仲間の一人が篠宮をなだめる。本人は納得していない様子だったが、仲間達によって身柄を連行された。取り残された俺は気まずそうな星導に目線を向けた。


「天才は苦労が多いな」


「千堂くんまでやめてよ。別に言われたって嬉しくない」


「ほんとは?」


「……君みたいに私の努力をちゃんと見てた人に言われるのは、ちょっとだけ気持ち良いかも」


「素直でよろしい。素直な奴は嫌いじゃない」


「言わせないでよ。……千堂くんはこんな時間まで居残り?勉強はちゃんとした方がいいよ?」


「寝てたらこんな時間になったんだよ。別に指導受けてたわけじゃない」


 からかってきた星導に対して俺はわざとらしくむくれて返す。沈んでいた星導の表情が少しだけ明るくなった。


「一緒に帰ろ。荷物持ってくるから待ってて」


 星導はそのまま部室の方へと駆けていった。今の彼女は表面上の星導と本当の星導が入り混じった状態だ。俺の前だけでも昔のように戻ってくれてると思うと、うれしくもあり、どこか寂しくも感じられた。


▼▽


「お待たせ。いこ」


 程なくして戻ってきた星導と共に学園を出た。ここ最近は月見里と帰宅することが多かったから、隣にいるのが星導なのはちょっとだけ新鮮だった。


「千堂くんと帰ってるの、なんだか不思議」


「ちょうど俺もそう思ってたところだ。今のお前を見てると余計にそう思う」


「ふふ、なんだかカップルみたいだね。ダーリン?」


「冗談はよせ。お前に手出したら学園の男子に殺される」


「その時は私が命に替えてもか守るから安心して。君みたいな理解者がいなくなったらつらい」


 そう言って星導は体を寄せてくる。さりげなくたわわな胸が俺の腕にタッチを繰り返してくる。彼女なりのボディランゲージなのだろうか?結構理性が揺らぐからやめてほしい。


「……キス、する?」


「なんでだよ。今そういう場面だったか?」


「最近どうも口元が寂しくてさ。……誰かさんにキスしたせいかも」


 にやっと笑った星導の笑みには小悪魔的なものが感じられた。昨日のキスの余韻がすぐさま蘇ってきたが、俺は頭を振って煩悩を打ち払った。


「……ねぇ千堂くん。家、行ってもいい?」


 煩悩を振り払った俺の脳内に新たな煩悩が芽生えた瞬間だった。

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