第8話自宅

「千堂くん、今晩のご飯は私が作ってもいいかしら?」


 願ってもいない提案が飛んできたことに俺は内心喜んでいた。

 月見里からの提案に俺は二言返事で賛成した。水無月学園に来てからは俺は一人暮らしをしてきたが、毎日三食自炊をするというのは少々面倒である。かといって外食したり、コンビニやスーパーでの弁当も値段が気になるところだ。頑張って自分で作っていても精神的に疲労する。他人の作ったご飯が出てくる幸せというものがどれだけ尊いのかを痛感した一年だった。


 月見里をキッチンに通し、待っている間に俺はニュースでも見ることにした。テレビをつけると案の定月見里の失踪の件が取り上げられている。なぜ失踪したかの理由は公表していないため、世間では議論を生んでいた。


「やはり多感な時期ですから。仕事に嫌気が刺してもおかしくはないでしょう」


 心理カウンセラーの肩書と共に偉そうなおじいちゃんが登場する。以前にも言ったことだが、月見里が仕事が嫌になるなんてことは考えにくい。所詮は憶測の域を過ぎないのだから、本人以外が言及したところで無駄だ。まぁ、それをやるのがテレビ局の本分でもあるのだろうけれど。


「まったく、好き勝手言ってくれるわね」


「……好きな人の復讐してましたなんて事言えばそれもまた問題だろ。嘘でも言っとけばよかったのに」


「好きに言わせておいたほうがいいのよこういうことは。嘘言ってかえって勘ぐられても困るし」


 そこら辺のリスク管理は流石人気モデルと言ったところか。……いや、同じ学園の男子の部屋に来てる時点でアウトか。


「そんな今世間をお騒がせしてる人気モデルさんが男子高校生の部屋なんかに来ていいのかよ?」


「前にも言ったでしょ。それが狙いよ」


 ……これからは帰り道には気をつけたほうが良さそうだ。なんで本人じゃなくて俺が気にしなきゃいけないんだよ。

 それから数分待っていると、テーブルに料理が並んだ。チーズハンバーグ、ポテトサラダ、リンゴ、コンソメスープ。うん。理想的な一汁三菜かつ俺の好物で固められている。こいつのことだからたまたまではなく図ったのだろう。


「おぉ……今更だけどお前料理できるんだな」


「千堂くんに振る舞うこの時のために練習はしておいたの。味は保証できるわ。……さ、冷めないうちに食べましょう」


 二人で手を合わせて食べ始める。他人の手料理を食べるなんて久しぶりのことだったためか、どこかワクワクしている自分がいた。

 箸で一口サイズに切ったハンバーグを口に運ぶ。噛み締めるほどに肉汁が溢れてくるハンバーグは絶品だった。ポテトサラダもスープも、自分で作ったときには得られない幸福感に満ち溢れている。これがきっと人のぬくもりというやつなのだろう。


「……どう?」


「美味しい。これなら毎日食べても飽きないわ」


「……!それってもしかして結婚したいってこと……?ふふっ、そんな、気が早いわ千堂くん」


 ……あー、しまった。普通に地雷を踏んでしまった。良く考えたら分かるだろ俺……発言には気をつけよう。下手したら無理矢理婚約させられる。

 

「はい、あーん」


「……マジか」


「マジよ。一度やってみたかったのよこれ。……食べて?」


 有無を言わせない圧が感じられたのは言うまでもない。無理矢理とはいえ、相手は月見里。内心俺はドキドキしてしまっていた。

 月見里はハンバーグを一切れ、彼女の箸でつまんで差し出してくる。これって関接キスに入るのだろうか。……余計なことを考えるのはやめよう。迷いが生じる。俺は目を閉じて口を開けた。

 

「あーん……」

 

 口の中に入れられたハンバーグを咀嚼する。変な事を考えてしまったこともあってか、味がよくわからなかった。


「どう?」


「……味がわからん」


 少しばかり咀嚼していると、ふと視界が揺らいだ。目にゴミでも入ったかと擦ってみるが、みるみるうちに揺らぎは広がり、俺の視界は湾曲した。


「あ、あれ……なんか……」


 ぐにゃぐにゃと揺らぐ視界の中で月見里がニヤリと笑った。先程のハンバーグ、変な味がしたかと思ったらそういうことだったか。我ながら不注意だった。


「お前……やり……やがった…な……」


「ふふ、おやすみなさい」


 俺は力なくテーブルに伏した。抵抗する間もなく、俺は意識を手放してしまった。

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