千堂黎斗と重症女達

餅餠

第1話無視

「黎斗くん、ごめんね。私、他に好きな人が出来たんだ。…だから別れよう」


 好きだった人からの最後の言葉は身勝手とも他責的とも取れる曖昧な言葉だった。

 長らく続いていた千堂せんどう黎斗れいとの恋路は唐突に終わりを迎えた。付き合っていたのは幼馴染の日野月ひのつき仁菜にいな。高校生になったら付き合うという在りし日の約束は互いに覚えていた俺達はこの水無月学園に進学するのと共に交際を始めたのが一年前。過ぎ去る季節の中で共に苦楽を過ごしていた俺達の中は円満だった……と思っていた。


 先日、俺は先の言葉の通り関係の終わりを提案された。理由は言葉の通り。好きな人ができたらしい。

 なんて身勝手な、と思う人もいるかもしれない。しかし、あろうことか俺は提案を飲んでしまった。

 純粋で思いやりのある彼女のことだからなにか理由があるのでは、と多少の探りを入れた俺はさらなる地獄を味わうことになる。


 調べてみれば、新しく付き合い始めたのは隣のクラスの京田きょうだりん。甘いマスクの彼は学園の女子から多大なる人気を博している。

 しかし、そんなのは表の顔の話。裏の顔は何十という女を食い漁ってきたゲス。彼氏がいる奴を狙って女を誘惑するNTR癖のある奴なのだとか。あくまで学園の裏掲示板にかかれていた信憑性のない情報に過ぎない。

 既に学園では何名かが被害にあっているらしいが、証拠不十分で犯人確保までは動けていない現状らしい。足跡はしっかりと消しているようだった。


 仮に掲示板の情報が本当なのだとしたら、俺は体の相性から見捨てられたなんともみっともない奴だと言える。嘘だと願いたいが、こうして捨てられてしまった以上否定することも出来なかった。

 やるせなくなった俺はこうして机に頬を擦り付けながら空を眺めていた。漂う雲が俺の気持ちに寄り添ってくれているように感じて、少しだけ癒やされる。


「いつになく浮かない顔ね千堂くん」


 そんな中で凛とこちらを律するような声は隣から響いてきた。

 俺はゆっくりと顔を反対側に向ける。そこには絶世の美少女と形容しても異論は無い容姿を持った少女がこちらに見下す目線を向けていた。

 人を惑わす艶のある長髪。冬の季節を連想させるほどの白い肌。切れ長の目つきの奥では蒼色の瞳が怪しく光っている。目元の泣きぼくろは彼女にさらに魅力をプラスしていた。


 月見里やまなし杏莉あんり。世間で知らない人などいないと謳われている今勢いを伸ばしている新進気鋭の人気モデル。端正な顔立ちはさることながら、そのメリハリのあるスタイルから男性にも女性にも大人気。そんな今引っ張りだこの彼女はこの水無月学園に在籍していた。それも、俺の隣の席に。


 月見里は学園のみんなからも引っ張りだこ……というわけでもなく、みんな一歩引いたラインで彼女に接している。モデル業界を牽引している彼女と自分たちとでは住む世界が違うと感じているのか、どこか神格化している部分があり、ついたあだ名は『孤高の女王様』。こうやって平然と話す相手も俺以外には見たことがない。

 そんな月見里だが、俺は彼女に対して一つの不満点を感じていた。それは……


「哀れな子犬のようなその顔を見てるとこっちまで気分が下がってくるわ。そんな目を私に向けないでくれる?」


 異常なまでに俺のことを煽ってくることだった。

 月見里とはそもそも話す人がいないから知られていない話だが、彼女はどうやら人をからかうことが好きなようで、俺のような人間にはこうして心のない言葉を突き刺してくることが多い。全学園の男子が望む月見里杏莉の隣の席を勝ち取ってしまった俺の悩みの一つであった。


「…お前が話しかけてきたんだろ」


「顔を向けろ、とまでは言ってないわ。何を勘違いしているのかしら?思い上がるのもいい加減にして頂戴」


 ぐさり、と俺の心に言葉の槍が突き刺さる。俺の毎日の心労の原因の半分はこいつだ。綺麗な見た目してるからって好き勝手言いやがる。俺だって月見里ほどじゃなくても顔は整ってるほうなんだぞ……!

 

「何があったのかは知らないけれど、その醜い顔はやめたほうがいいわね。まぁ、生まれつきその顔だからどうしようもないのだろうけれど。…彼女にでもフラれたのかしら?」


 急に核心を突かれたからか、俺は思わず動揺を顔に出してしまった。俺の一瞬の表情の変化を見て月見里は少し驚いたような表情を見せる。そしてニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「あら、図星のようね。まったく、千堂くんに彼女なんて500年早かったのよ。思い上がりもいいところね」


 いつもだったら仁菜に関する悪口は許すまいと反論する所だったが、あいにく今の俺は失恋中。反論する気力も無い。俺の中にはフラストレーションが溜まっていく一方だった。

 

「まぁ、貴方みたいな男なんて捨てたほうがいいに決まってるわ。彼女さんもいい判断をしたわね」


 目の前で講釈を垂れ流している月見里を見て、俺はふと思った。いつも付き合ってやってるのだから少しぐらい無視しても良いのではないだろうか?失恋の弱みを責め立てる彼女が悪いのではないだろうか?そう思った数秒後には俺は月見里から顔をそらして、窓の方に向けていた。


「…ちょっと」


 後ろでなにか言ってるような気がしたが、俺は聞こえないフリをした。付き合うだけ無駄だ。今はそっとしておいてほしい。


「無視かしら?ふん、都合が悪いからって哀れね」


「…」


「…ふん」


 その日、俺は月見里とは口を効かなかった。この選択を後に後悔することになるのはこの時の俺はまだ知らない。

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