最終話 夏風の吹く道を






 レナートに付いてきた兵士たちは夢馬と対峙した森の空間から弾き飛ばされて気を失っていたらしい。同時に悪夢も見せられていたようで、目が醒めて全てことが終わっていたことに大変恐縮していた。


 アーク王子誘拐に関わったレナート達の母である前王妃の乳母であるシーラは、夢馬に操られていたとは言え重罪を犯したことに間違いはない。レナートは最初厳正に処罰するつもりであった。

 ――が、それを止めたのは、まさかのアリフォーレ王妃だった。


「シーラは第一王子殿下の時から前王妃に代わり王子達の子育てを一心にされて来られた方。レナート様達にとっては母親も同然でしょう。子の行く先を思うは母として当たり前のこと。残りの人生もそう長くないシーラに、今回の罪を全て背負わせるのはいかがなものでしょうか」


 アリフォーレ王妃の進言により、シーラは城の勤務を解かれることでお咎めなし、ということになった。


 城に戻り、レナートと話した時に彼は言った。



「我々はね、義母上には感謝しているんだ。上二人は私ほどではないかもしれないが、義母上が父のもとに嫁いだ時、私はまだ小さかった。あの人の屈託のない態度と笑顔は、母を亡くした我々兄弟にとって決して悪いものではなかったんだよ」



 今回のことでも、アリフォーレ王妃の器の大きさを再認識したねと笑ったレナートの言葉に、イルはひとつの嘘も感じられなかった。


 そう言えば、レナートはアリフォーレ王妃のことを敬称ではなく、ちゃんといつも『義母上ははうえ』と呼んでいた。



 森から帰って見上げたクリュㇲランツェの城は、初めて見た時の印象そのままに、高い塔から水が流れ落ち、光を反射して輝く姿は優美で。緑と水とそれを守る人々に囲まれたこの国は素敵だな、とイルは思った。

 




 アルカーナへ向けた帰りの道中、イルは馬車ではなく、ガヴィの馬に一緒に乗せてもらった。

 二人を乗せて歩いてくれる馬に時折優しく声をかけながら、止まらないイルのおしゃべりに賑やかに道中は過ぎてゆく。


「お祝いしに行ったのに、お土産いっぱいもらって来ちゃったね!」


 空になって帰って来るはずの荷馬車が、行きと同じくらいいっぱいになって帰りの道を歩んでいる。アリフォーレ王妃も弟王やほとんど会えない甥っ子であるシュトラエル王子に色々クリュㇲランツェの名産品を見繕ったせいもあるし、レナートもヒューバートもイルとガヴィが帰るまで足げく二人のところに通って世話を焼いて色々な物を持たせた。


 レナートは「イルの母君の心象もよろしいようだし、いつでもこちらに嫁いできてもいいんだよ?」などと言い出してガヴィの顔が凄いことになり、ガヴィはそれからずっと「王族ってやつはやっぱり好かない」と顔をしかめて、王都の門をくぐった時にはその顔に清々しささえ感じられた。


「冬のクリュㇲランツェも綺麗なんだろうねー! 見てみたいなぁ!」


 冬季には王都でオーロラも見られるらしいよ! レナート様が言ってた! と屈託なく話すイルに、兄を慕う妹の言葉だと思いつつも「ワンシーズン以上王都に足止めされるならちょっと行けそうにねぇな」とついつい意地悪な事を言ってしまう。


 言ってしまってから何言ってんだと自分で自分に呆れる。

 機会を見ていつか行こうな、と言ってやればいいものを。


 ガヴィは反省して、イルにかける弁解の言葉を何度も心の中で反芻した。

 イルはガヴィの心情をよそに「んーー、そっかぁ……」と思いの外軽い声で返す。


「確かに、そんなにお仕事休めないもんねぇ? じゃあ行けなくてもいいや! ガヴィが一緒じゃないと楽しくないし!」


 ガヴィの胸に頭をトンとつけて、「ね!」とガヴィを見上げ光の乱反射みたいに笑うイルに、ガヴィはこの旅で何度感じたかわからぬ胸の痛みに襲われた。


 夏の日差しだけではない熱さに、どう言い訳しようかと自問自答する。


 ガヴィの悩みなどお構い無しに、森を行く一行はのんびりとアルカーナへの道を進んでいく。



「あのミルクティ美味しかったよねぇ!」


 早くレンやゼファー様に飲ませてあげたいな!


「おー」


「アップルパイのレシピも料理長さんに聞いたんだー! レン作れるかなぁ?」


「おー」


「ガヴィの隣で寝るとすっごく良く寝られたからお家に帰ってからも一緒に寝ていい?」


「おー……って、いや、ダメ。」

「なんでぇ!?」


「なんでぇ? ……じゃねーーんだよッ! って言うか何でダメか解ってねぇうちはダメだッ!!」

「えぇえ?」


 ガヴィのケチー!と頬を膨らませるイルにガヴィは「先は長ぇなぁ……」と独りごちる。

 二人の会話に周りの従者達が肩を震わせていたけれど、いたたまれなさ過ぎてガヴィはあえて気が付かない振りをした。



 賑やかな一行の間を爽やかな夏風が吹き抜けていく。

 ざわざわと木々を揺らす。



 それは、変わらない二人を、変わっていく二人を祝福する、誰かの笑い声のように聞こえた。



❖おしまい❖


2025.6.9 了

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