第2節:「第二の悲劇」
篠宮ひなたの生誕祭ライブは、会場に集まったファンたちが不安と期待をないまぜに抱えながら進んでいた。
華やかなバルーンや装飾がステージを彩る一方で、メンバーの表情にはどこか緊迫感が漂っている。
誰も口には出さないが、あの水無瀬莉音の事件が、まだ生々しくメンバー全員の心に残っているのだ。
そんな空気が張り詰めたまま、ライブはクライマックスへ向かおうとしていた。
曲数も残り少なくなり、ついに天野雪菜のソロパフォーマンスが始まる。
薄い照明のなか、雪菜の儚げな歌声が会場を包み込み、ファンも静かに聴き入っていた。その瞬間だけは、悲しみも不安も忘れさせてくれる、そんな力が彼女にはある。私は袖からその姿を見つめ、ほんの少し心が救われるような思いを抱いた。
けれど、その安らぎはわずか数十秒で打ち砕かれる。
曲の中盤にさしかかったところで、急に会場の照明がグラリと揺れたように見えた。嫌な予感が走った直後、照明の一基が“バキッ”という音をたてて落下し、まるで呪われたかのように雪菜を直撃した。
「きゃあっ――!」
耳を裂く悲鳴が会場を覆う。客席からも「雪菜ちゃん!」「嘘だろ!」という叫び声が飛び交い、あっという間にステージ周辺は騒然となった。
私も慌ててステージに駆け寄る。
目の前には照明が崩れ落ちた残骸と、その下で崩れ落ちるように座り込んだ雪菜の姿。
スタッフが必死に駆け寄り、「大丈夫か!?」と声を上げる。
観客も立ち上がり、「誰か救急車を!」と叫ぶ者もいる。
全体がパニックに陥り、場内はあっという間に混乱の渦にのみこまれていく。
「照明の不具合だ!」
「いまスタッフが確認します!」
そんな声が右往左往するが、私は心の奥でもっと暗い声が囁いている。
――不具合? 本当にただの事故なのだろうか?
雪菜を見下ろすと、彼女は痛みと恐怖で顔を歪めながらも、かすかに目を開いていた。
「……いた……」という弱々しい声が聞こえて、私は胸をえぐられるような痛みを感じる。
「雪菜、大丈夫! すぐに手当てしてもらうから、絶対に大丈夫だから!」
それだけ言うのが精いっぱいだ。
顔が青ざめる彼女をスタッフに託し、私は照明の落ちた付近をちらりと見やる。
そこには、照明の固定部分が妙に緩んだ形跡があった。
ちょうどネジが外れているかのような、自然とは思えない破損の跡だ。
怖くなって手を引きそうになりながらも、私は心のなかで決意を固める。
「これは……事故じゃないかもしれない。誰かが意図的に……」
ステージ袖では、ファンの一人がスマホで写真を撮っている。
SNSでは早くも「#雪菜ちゃん負傷」「#ラストフレーズ呪われてる」というハッシュタグが飛び交い始めているようだ。
スタッフから見せてもらった画面には、「また事故? ラストフレーズ呪われてる」「雪菜ちゃんかわいそう… こんなのもう見てられない」などの書き込みが瞬く間に広がっていた。
誰もが一言ずつ呟くたび、それが炎のように拡散されていく。
まるで先の事件が再び蘇ったかのように、ファンや野次馬が恐怖と疑念を口にする。
照明の落下が意図的な犯行――その可能性を確かめるため、私は無理やり冷静になろうとする。
今はまだ警察に通報するには明確な証拠が足りない。
しかし、あの固定部分の破損はどう考えても自然には見えない。
そもそも数時間前にメンテナンスされたはずだ、というスタッフの話も聞いている。誰が、何の目的でこんなことをしたのか。
思わず楽屋に視線を移すと、そこには橘かりんの姿がない。
さっきまで電話をしていたかりんが、どこへ消えたのか気になっていたが、この騒動の中でまったく見当たらないのだ。
嫌な予感がさらに強くなる。
一方、救護のためステージに担架が運ばれ、雪菜はスタッフに抱えられて楽屋へ運ばれていく。
ファンたちは心配そうに見守るしかなく、半泣きのまま「雪菜ちゃん、頑張って…!」という声を送っていた。
その光景を目にしながら、私は拳を握りしめる。
(また、こんな惨事が起きるなんて。何かがおかしい。何かを変えなければ――)
いまにも崩れそうなステージと、それを支える私たち。
第二の悲劇が訪れてしまったこの瞬間、私は確信する。
これはもう偶然じゃない。
誰かが、ラストフレーズを本当に壊そうとしているんだ。
そんな寒気に近い直感が私の心を突き刺し、闇に落ちそうになる思考を必死で引きとめた。
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