第5節:「矢崎の決定的なヒント」

夜の10時を回ったころ、私はスマホの通知音に気づいてSNSを開く。

さっきまで轟々と炎上していたタイムラインが、今度は別の意味で騒がしくなっていた。画面には古参ファンの矢崎誠が投稿した「決定的なヒント」なるものが拡散され、大勢のユーザーがコメントを寄せている。


 矢崎の投稿は、いつもと違って落ち着いた文面だった。

まるで報告書のように箇条書きで時系列と証言をまとめ、その結論として「莉音の最後のSNS投稿は予約投稿されていた可能性が高い」と断言していた。


 投稿を見たファンの反応は激烈だった。

タイムラインを軽くスクロールしただけでも、こんな声が飛び込んでくる。


@idolwatch222 「予約投稿…? だったら、あの11:05の投稿時刻はフェイクってこと!?」


@riolist_mania 「すでに事件が起きてた時間帯に上がったなら、本人が投稿できるはずないもんね。やっぱ内部犯?」


@doubt_tonight 「つまりスマホに触れられる人間が犯人か… もう確定じゃん…」


 まるで推理小説の探偵役が犯人を名指しでもしたかのように、ファンたちは一斉に「内部犯説」を強化していく。

なかには早くも「桜井未来が怪しい」「橘かりんがリーダーを奪うためにやった」といった過激な意見まで見受けられた。

だが、私はそのあまりにも急激な流れに思わず息を呑む。

矢崎誠の説を鵜呑みにすることが正解なのかどうかもわからないのに、こうしてみんな一方向へ走ってしまうのだろうか。


 それでも、矢崎の主張には一理あると感じる部分もあった。

確かに11:05の投稿が本当に莉音本人によるものではないとすれば、誰が、何の目的で「予約投稿」という手段を使ったのだろう。

あの日、あの場所で、莉音のスマホを操作できた人間が限られていると考えれば、犯人像は大きく絞られるかもしれない。

考えれば考えるほど、あのスマホが事件の核心にあるという確信が強まっていく。


 私は矢崎の投稿を読み返しながら、小さな声で呟く。

「もし本当に予約投稿だったなら……莉音はその時間、もう……。」

嫌な想像が頭をかすめる。

時刻の謎に振り回されているうちに、意識の底では残酷な結末を認めたくなくても、答えは一つしかないのだと悟りかけていた。


 SNS上で飛び交う「内部犯」の断定や憶測は正直ストレスでしかない。

それでも矢崎の示した決定的なヒントが、うっかり見落とされそうだった事件のからくりを浮かび上がらせている気がして、私は複雑な思いを抱く。

あれだけ騒ぎを煽る矢崎だけれど、今回ばかりは実際に事件解明への糸口を提示しているのかもしれない。


 スマホを握りしめ、私は一つ深呼吸をする。

今はSNS上の喧騒に飲まれるより、きちんと警察にもこの事実を伝えてみるべきだろう。

既にスマホは押収されているからこそ、彼らの解析結果との整合をとってみたいと思う。

もし矢崎の言うことが正しければ、決定的な証拠がそこに潜んでいるかもしれない。


 「莉音のスマホ……これが全ての鍵だ。」


 そう呟くと、不思議なほど胸の奥がぐっと熱くなる。

混乱と不安ばかりだった私の心に、小さな光が差し込んだような気がした。

あらゆる疑念の中からでも、見つけ出さなきゃいけない真実がある――この瞬間、私はより強く「犯人を突き止めるんだ」という決意を固めた。

もはや後戻りはできない。

事件の闇に踏み込む覚悟を決めるしかないのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る