カエルになった魔王さま2 ~ 魔王が正月嫌いな理由

一矢射的

第1話



 それは酷く安っぽくて、ありがちなファンタジーワールドのお話。


 剣と魔法の異世界パンゲアは、どこからともなく出現した「謎の軍団」による侵略を受け、未曾有みぞうの危機にさらされていました。恐るべき謎の軍団は、ヒトや魔族の国を一切の区別なく襲い、容赦のない略奪行為を随所でくり返しました。

 それこそ、麦の一穂から子どものお菓子に至るまで、容赦なし。

 なんと魔族の国の中枢とも言うべき魔王城ダーク・キャッスルまでもがわずか半日で陥落し、白旗をあげて服従を誓ったというのだからまったく驚くべき実力差です。


 では、城を落とされた魔王はどうなったのでしょう?

 そのまま打ち首にでもなったのでしょうか?

 いえいえ、そうではありません。


 それは落城寸前の出来事でした。魔王デビータは信頼する魔王軍参謀ミザリーに裏切られた挙句「呪いの薬」によって哀れな蛙へと変えられてしまいました。

 蛙になった魔王はそのまま転移魔法陣で城を追放され、辺境の森まで飛ばされる始末。されど腐っても彼は魔王、諦めの悪さだけは一級品。

 乙女のキスで一時的に蛙化の呪いを解けることに気付いたデビータは、ゼロから新生魔王軍を再結成し、いつの日かミザリーと(追放劇の裏で糸を引いていた)謎の軍団に復讐してやると心を奮い起こすのでした。

 まずは辺境の森で魔女のリーラとミノタウロスのミノ吉を配下に加え、遭遇した謎の軍団との初戦をも制し、結果は上々と言ったところ。されど、つかみ取った勝利はまだまだ小さなもの。並みいる侵略者の一部を切り崩したにすぎません。世の中には他にも苦しんでいる人たちが大勢いるのでした。



「城を失っても余は魔王。侵略に苦しむ民草を見捨てはしない。ええい、奴らが人間どもを襲うというのなら、ついでだ。この際だから一緒に助けてやる。どうせ……いずれは魔族の支配に屈する連中なのだからな。半ばくらいは我が民のようなものよ。これも良き王へ返り咲くための未来への先行投資と言えよう、うむ」



 かくして蛙になった魔王の世直し全国行脚が始まったのです。

 今日も新たな活躍の場を求めて、カエルの長旅は続くのでした。













「むむ、ここにも居たな! 謎の軍団! 魔王の名のもとに逆賊を成敗してくれる。おい、魔女! いつものを頼む」

「あのね、出前みたいにキスを頼まないでよ。未だに慣れないんだからホント」

「どうやら襲われているのは人間のキャラバンみたいだっぺ。魔王に助けられて感謝してくれるかどうか怪しいもんだ。人間は勇者に助けられたいんじゃないかな、やっぱり」

「ええい、それでも我が部下か。義を見て臆するな、情けない」



 新生魔王軍が通りかかったロンガナ街道はちょうど中立地帯。

 人間と魔物の両方が足を踏み入れる相互不干渉の平和なエリアでした。

 そこで謎の軍団に襲われる商隊を見かけたのですから、もうデビータは収まりません。部下たちが止めるのも聞かず、突撃を決断しました。



「もう、もうどうなっても知らないわよ」



 愚痴りながらも魔女リーラ・レルローが両手にのせた蛙へ接吻をしました。

 呪いが解ける兆しでしょうか、全身が発光した蛙をリーラは戦場めがけて放り投げるのでした。


 ボワワーンと白煙があがり、その瞬間きらめく黒髪が冬の疾風にたなびきました。薄れていく煙の中から現れたのは、真紅のマントをひるがえす長身の男。

 笑い方がちょっと下品な点さえのぞけば完全無比の美男子かつ貴公子。

 復活した魔王デビータその人でした。



「さぁ来い! 謎の軍団ども! 今日も蹴散らしてくれるわ」



 意気込んでみたものの、その日の敵はいつもと違う様子です。

 商隊を襲っていたのは巨大なミミズじみた怪物。

 ミミズといっても、道路で干からびているような小物ではありません。

 そのサイズはウシすらも一飲みに出来そうでした。

 彼らの世界では「ワーム」と呼ばれるモンスターによく似ていますが、ゼンドウする節あるボディは全身が鋼鉄製。びっしり牙が並んだ真円の口は、凄まじい吸引力で馬や人間を所かまわず吸い込んでいました。まるで掃除機のような馬力でした。

 魔王が近付くと、その強大な魔力を感じ取ったのか、大地から生えたワームの頭が一斉にこちらを向いたではありませんか。


 ―― これは、謎の軍団お得意の「からくり仕掛けのワーム」か? ならば食われた人間も死んだと限らんな。捕虜を傷つけることなく敵だけを倒す呪文は……ふむ、これだな。



「受けてみろ、主神の投げ槍(オーディンズ・スピア)」



 デビータは踊るように一回転すると、五芒星が刻まれた掌を突き出しました。

 たちまち天より降り注ぐ銀色の槍。その矛先は見事にワームの頭部を貫き、大地へ縫い留めることでその動きを止めるのでした。

 もはや敵はオデンの串に刺さったコンニャクも同然。槍を抜くこともできず無様にもがくばかりでした。


 同様に次から次へと槍を降らせていき、あらかた敵の殲滅が済んだと思われた……その時でした。



「なに!?」


 なんと新手のワームが地中より姿を現して咆哮ほうこうをあげたではありませんか。いくら倒しても雨後の筍みたいにみるみるうちに生えてくるのでキリがありません。


 そうこうしている間に魔王無敵殲滅せんめつタイムの五分が過ぎてしまいました。


 ボワワーン。


 白煙に包まれ、魔王は再び蛙へと戻ってしまいました。

 乙女のキスで呪いが解けるのは五分だけ。

 真に世の中というものはままならぬものでございます。



「こりゃイカン」



 ホウホウのテイで逃げ出した所を部下のミノ吉に拾われ、辛うじてカエルは窮地を逃れるのでした。

 しかも、制限時間ギリギリまで魔力を行使したせいでしょうか。全身を凄まじい倦怠感が襲い目蓋を開けていることすら厳しい有様でした。

 デビータは思わずため息を零しました。



「イカンな、スタミナも蛙なみだ。これじゃ連続変身なんぞとうてい無理だな」

「いくら何でも多勢に無勢すぎだっぺよ。どうすれば?」

「とりあえずは……安全圏まで逃げ延びてくれ、第一の部下ミノ吉よ。後のことは後で考えよう。大丈夫、行き当たりばったりなら慣れているから」

「ぜんぜん大丈夫じゃないべ! それ!」



 脱兎のごとく逃げ出すミノ吉の頭に乗って、蛙の魔王は強烈な眠気に抗えずウツラウツラと舟をこぎだすのでした。ああ、情けない!



「まったく、もう! 新年も近いってのに、なんでこんな事してるのよ。お母さん、ゴメン、今年もウチに帰れないよぉ!」



 ミノ吉と仲良く並んで逃げ出す魔女リーラも思わず泣き言。

 おや? ですがその泣き言は気を失う寸前の魔王の耳に届いたようですよ?



「実家、帰省、親族の集まりか……忌々しい、クソの極みだな」




 モウロウとする魔王の意識に浮かんだのは過ぎ去り日の思い出でした。

 それはまだデビータの父と母が生きていた頃のお話。


 この幻想世界にも、新年を迎えると親族が集まって血縁関係を温める習わしがあるのでした。それは年始の挨拶をかねた誰もが逃れられぬ儀式。魔王城のパーティー会場に集った一族郎党たちは、再会を喜び、過ぎた一年の功績をたたえあうのでした。



『陛下、ご機嫌うるわしゅう存じます』

『今年も良い一年でありますように、王妃』

『デビータ王子もお久しぶり』



 積み上げた栄光が皆から称えられるものならば、その逆もしかり。

 恥ずべき一年を過ごした者に与えられるべきは蔑みなのでした。



『おいおい、輝かんばかりに威風堂々とした陛下や王妃に比べて……あのボンクラ息子ときたらどうなっているんだい。あの太々しい態度』

『不貞腐れてロクに挨拶もしやしない』

『無理もねぇよ。敵国の攻略を命じれば途中で飽きて投げ出すし……さりとてお見合いに行かせれば、お相手の姫と喧嘩して即破談とくる。何にも出来やしねぇ』

『本当にお二人の血を引いているのかねぇ』


 ―― ええーい、うるさい! 今にみておれ! 父上から受け継いだ膨大な魔力は健在なのだ。必ずやビッグな偉業を成し遂げて、いずれ目にモノ見せてやるからな! そうなってから慌てて媚びへつらっても遅いんだからな! 余は未来の大魔王だ、何だって出来るんだ! やろうと思えば!


 実際にはこの数か月後、母が流行り病に倒れ、妃の崩御にショックを受けた父は王冠を息子へ託し いずこかへと失踪。満足な準備期間も与えられるままに、デビータ王子が急遽玉座へつく事となるのでした。


 ―― なんてことはない。遅かったのは余自身の頑張りだ。いずれ何とかなると高をくくって怠惰な日々を過ごした代償は、あまりにも、あまりにも大き過ぎた。


 ―― だが、せめて、今からでも……悪評を覆し……天国にいる母上と、どこかで生きているだろう父上に……我が子の存在を誇ってもらえるように……クソッ、今からでも!


 いずれ……そんな心構えで居る者が大切な機会をモノに出来るはずもなく。

 デビータが目を覚ました時、視界に広がった場面は心配そうにのぞきこむ部下たちの顔なのでした。ピンポン玉めいた蛙の眼球からあふれるのは大粒の涙。

 デビータはボンヤリとつぶやくのでした。



「バカか、蛙に涙が似合うかよ。泣いたってどうにもなるかい。漢なら、魔王なら、他にもすることがあるだろうが」



 そう、負けたままでは、惨めなままでは、終われません。

 とりあえずは鋼鉄のワームたちにリベンジを果たし、この地方を謎の軍団の脅威から解放してあげなければ。


 目の端を涙で濡らしたままで、デビータは「ひっくりかえった」有様からムックリ身を起こすのでした。


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