第16話
「では改めて、娘様の……ひまわりちゃんのことについて伺ってもよろしいですか」
コーヒーのお代わりを運んできた佐原さんに私は尋ねた。佐原さんは、私の分のコーヒーと、中身がなみなみと満ちたミルクポットをテーブルに置いて私に正対した。
「ひまわりちゃんの失声症は、器質性のものなんでしょうか。それとも……」
器質性とは、身体の病気や外傷が原因による病気を指す。その場合は、原因となる病変に対して適切な治療を施せば改善が見込まれるはず。
「いえ、娘は器質性ではありません。検査で麻痺やポリープなどは確認されていません。器質性ではなく、「心因性失声」が医師の診断結果です」
佐原さんは下を向いてぐっと目を閉じる。大きく息をついてから、顔を上げて話を継いだ。
「陽菜先生、先ほど娘をじかにご覧になって、どのように感じましたか」
「あっ、ええと、その……」
質問を返されて慌ててしまった。臨機応変に対応できないのは私の悪いところだ。先ほどの光景をゆっくりと思い出しながら、言葉を選んで返答した。
「まず気になったのは、意欲、活動性が低いということですね。ただ、人見知りが発動したためとも考えられますが。あとは、同年代の子と比べて、身体が細く小さいということが見受けられます」
「仰るとおりです。他に気になったところはございますか」
「そうですね、あとは蒸し暑い室内にもかかわらず長袖を着ていたことですかね。小学校低学年だと発汗機能が未発達のため、身体に熱がこもりやすいのですよ。5月にしては室温も高いので、涼しい格好で体熱を逃してあげたほうがいいのかもしれません。これからの季節は熱中症のリスクも考慮しなければならないですし」
私の言葉に佐原さんは目を瞑り、数秒ほど黙ってしまった。室内の空気が重く感じられたところで、佐原さんは口を開いた。
「あの子は……半袖が着られないのです。長袖の下には無数の痣や火傷跡があり、本人もそれを露出するのを拒んでいます」
不意に喉を絞められたような感覚に陥った。また賢しらぶって不用意な発言をしてしまったことを悔いた。佐原さんの苦しそうな様子を見るのが辛い。
「いえ、先生の仰ることは健康管理の面から考えると至極真っ当なものです。これからの季節は、こまめな換気を行うなど室温にも留意しなければなりませんね」
佐原さんは薄っぺらな笑顔を浮かべながらそう返してくれた。かなり無理した作り笑いなのは私にだってわかる。
「ちなみに、痣や火傷はどうして……これはお聞きしてもよろしいことでしょうか」
本音を言えば聞きたくない。彼女が最悪な目に遭った可能性が頭に過る。そんなことは私だって耳にしたくないし、何よりも佐原さんに語らせたくない。
でも、彼女の教育に携わる者として避けては通れないだろう。かなり不躾な問いであることを承知で佐原さんにそう尋ねた。
佐原さんの返答は、私の頭に過った最悪なものだった。
「ひまわりは……あの子の母親に、私の元妻に虐待され続けていたのです。失声症の原因も、元妻の……」
一輪の迎陽花 ましまる @MarshmallowTn
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