第9話
「陽菜先生、レジ袋の使用削減は本当に石油資源の使用抑制や地球温暖化対策に繋がるのでしょうか」
「えっ、あの、みんなそう言っていますから。そ、それが当たり前のことだと……」
思いも寄らない質問に慌ててしまった。そもそも国が旗振り役となってレジ袋の使用削減が進められたのは、そういった理由があるからだと思っていた。
「そうですね、原油を精製すると……、あっ、信号が青になりましたね」
車は発進し、佐原さんはまた視線を進行方向に固定した。私のほうを向くことなく話は続けられた。
「原油を精製すると、重油、軽油、ナフサなどの諸成分が取り出されます。そのナフサからは、オクタン価の低いものがガソリンとして用いられ、それ以外はプラスチックの原料となりレジ袋も作られます。この前提を踏まえてお伺いしますが、レジ袋の使用削減というものは石油資源の使用抑制に効果があるのでしょうか」
「ええと、あの、どういうことでしょうか?」
「申し上げましたとおり、原油からは多くの石油製品がつくられています。その中で、仮にナフサの使用量のみを抑制したところで、ガソリンや重油の需要が高いままだと原油自体の使用量は変わらないままだと考えられます。本当に原油使用量を抑制したいのであれば、他の石油製品も含め総合的に使用を抑えていくように考えていくべきではないかと思われますが」
――そんなの知らないってー! こちとら、レジ袋の使用削減→石油使用量削減→温暖化解消→地球にやさしい、としか認識していないんだってー。ていうかオクタン値って何? 佐原さんって石油の業者さんか何かなの?
「私はエネルギー分野についてはズブの素人ですが、この件についてはレジ袋有料化の際に多くの方から疑義を呈されており、私も当時から気になっていましてね。もし陽菜先生がご存知でしたら、ぜひとも詳しくご教示いただきたいです」
「あ、いえ、私はそこまで詳しくは……」
絶対に「ズブの素人」じゃないでしょう、佐原さんって。私の対応しうるレベルを遥かに超えた話に、全身の毛穴から変な汗が出続ける。冬物コートを脱いでおいて正解だった。そんな私の状況をよそに佐原さんは話を続けた。
「それと、もう一点お伺いしますが、陽菜先生の『家の中がエコバッグだらけ』というのは地球温暖化にとってマイナスだと感じられるのですが。というのも、エコバッグとレジ袋の”環境負荷”を比較したところ、エコバックはレジ袋の100倍とか150倍になるという見解を耳にしたことがあります。もしこの話が正しいのであれば、エコバッグは150回以上使い倒してはじめてエコの意味が生じてくることになります。にもかかわらず、エコバッグと次々と購入する陽菜先生の行動は環境負荷の観点から……」
――わー、この人本当にメンドクサイー!
佐原さんの運転する車の助手席で、そんな心の声を口に出さないように必死でこらえていた。
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