第6話 新たなビートへ

空が白み始める頃、廃城の深い闇はすっかり姿を消していた。

レオとマヤ、ファング、シェリーの四人は、崩れかけた大広間の片隅に身を寄せ、夜通しの激戦を思い返している。

アンデッドリッチの邪悪な力は消え去り、死霊のざわめきも途絶えたままだ。

コンクリートのように固まっていた重苦しい空気が少しずつほどけ、外の世界に澄んだ風が流れ込む。


レオは薄暗い床から立ち上がり、ヘッドホンに静かな音を流す。

心を締め付けていた恐怖と緊張がほぐれ、代わりに大きな安堵感が胸を満たす。

彼の瞳は澄んだ茶色を取り戻し、いつもの柔らかい表情を浮かべていた。


「大丈夫、レオ?

まだ膝が震えてるようだけど」

マヤがショートヘアをかき上げながら、少し離れた場所で軽いストレッチをしている。

彼女のスポーティーな体格は、汗でうっすらと光っていた。

レオは小さく笑って首を振った。


「ありがとう。

もう平気。

僕が最後に“優しい言霊”を信じられたのは、みんなが支えてくれたからだと思う」


ファングは毛皮のコートの汚れを払い落とし、尖った牙をちらりと覗かせて唸るように笑う。

衝動的で荒々しい性格のままだけれど、マヤほどではないにしても疲労が隠せない様子だ。

それでも尻尾がゆっくり揺れているあたり、どこか満足気だ。


「ま、最後のフリースタイルはキレイに決まったじゃねえか。

アンデッドリッチのヤツ、相当の強敵だったけどよ。

お前の優しさが逆に致命傷になったってわけだな」


シェリーはターンテーブルとゴーグル型ヘッドホンを大切そうに抱き、紫の髪をツーブロックに分けたスタイルを手で整えている。

ふだん飄々としている彼女も、今はさすがに汗ばんだ笑みを浮かべていた。


「ほんと、あんな強烈なネクロ・リリックは初めてだったわ。

最初はビビったけど、ファングとマヤの煽りが効いたし、レオの“癒しの言霊”がなきゃ正気保てなかった。

それにしても…」


彼女の視線は城の奥の廊下へ向く。

ついさっきまで、誰かがそこに立っていたような痕跡が微かに残っている。

とっさに目が合ったのは、長身でドレッドヘアの男。


「オリバー…だよね。

最後まで姿を現さなかったけど、ちゃんと見守ってたのかも」

マヤが小さく息をつきながら呟く。

レオはオリバーとの厳しいラップバトルを思い出し、自分の弱さを鋭く突かれた感覚を思い返す。

それでも今は不思議と心に曇りはない。


「彼は彼で、復讐のためにずっと闇を追いかけてたんだろう。

でも、僕たちとは違う道を選んだんだと思う」

レオは首にかけたヘッドホンをそっと外す。

オリバーが去り際に残した静かな気配は、どこか孤独と悲しみを孕んでいたような気がする。

いつかまたどこかで、ラップの火花を散らす機会があるかもしれない。


ファングは尻尾を軽く振って鼻を鳴らす。

「オリバーがこれから何をするかは知らねえが、奴が望むならいつでもラップで相手してやるさ。

つうか、まだシャドウって魔族ラッパーもいるしな。

どこかの闇でしぶとく生きてそうだぜ」


マヤは頷き、ショートヘアを揺らしながら遠くを見つめる。

彼女が苦手としていた繊細な感情表現も、今はほんのりと優しさを帯びているように見える。


「そうだね。

アンデッドリッチは消えたけど、世界が平和ってわけじゃないし。

闇はまたどこかに潜んでるかもしれない。

でも、私たちなら乗り越えられるでしょ」


シェリーはターンテーブルを抱えなおし、ゴーグルを少し上にずらす。

「ま、あたしは次のパーティで忙しくなるかも。

世界が混乱しても、ビートは止まらないしね。

みんなが心を取り戻すためにも、新しい音を生み出さなきゃ」


レオは軽く笑い、廃城の崩れた壁の先から差し込む朝日に目を細める。

自分が最初に抱えていた“弱さ”は、完全に消えたわけではない。

けれど、内向的で優しいリリックがあっても、仲間と一緒なら闇を払うことができると知った。


「僕、優しい言霊でもちゃんと戦えるってわかった。

自分にも、守りたい人たちにも誇れるラップを届けられるようになったんだって実感できる」


その言葉に、マヤが笑みを返す。

ファングは尻尾を大きく振り、シェリーは軽く手を振って合図する。

四人は廃れた城を後にし、出口へと足を進めた。


外には、眩しい光の中で鳥の声が響いていた。

アンデッドリッチによる闇の支配は終わり、世界のあちこちで人々が再び自分のビートを刻み始めるだろう。

シャドウが今どこで何をしているのかはわからない。

オリバーが何を思い、どんなラップを続けるのかも未知のままだ。


それでも、レオたちが手にした“絆”は確かだ。

ファングは好物の肉料理を思い出したのか、早く帰って宴会をしようと鼻を鳴らす。

マヤは甘いスイーツを食べたいと騒ぎ、シェリーは新曲のビートを試したいと口を開く。


レオは照れたように笑いながら、ヘッドホンを首にかけ直す。

恐れや葛藤は消え去ったわけではないが、仲間がいる限り、どんな闇でも乗り越えられるだろう。

日差しを浴び、彼のやや長めの癖っ毛がふわりと揺れた。

その瞳は静かに、けれど確かな自信を映している。


こうして、一行のラップの旅はひとまず区切りを迎える。

村で始まった小さな衝動が、いつしか世界を覆う闇を払い、そして新しいビートを刻む力へと変わった。

相変わらずレオのラップは優しいままだが、それでも、大切なものを守れる強さを宿していると実感できる。


陽ざしが少しずつ強くなる中、レオはふと立ち止まってヘッドホンを耳に当てた。

自分の作ったメロディが、今は仲間たちの足音や声と重なり、何とも心地よいハーモニーを奏でている。

また新たなビートを追いかける日はきっと来るだろう。

そう思いながら、レオは誰にも聞こえない小さな声でフリースタイルを口ずさんだ。

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異世界フリースタイルバトル 三坂鳴 @strapyoung

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