異世界戦車生活 ─戦車と狼少女の異世界生活─

ぺいん

序章 戦車、異世界にやってくる

第1話 戦車、異世界にやってくる

 私は戦車だ。

 名称を10式戦車という。


 何故無機物である戦車が自己紹介をしているかなんて、私にさえ分からない。

 感情とは生物の特権であり、私のような無機物、鉄の塊が持つべきものではないだろう。


 しかし私はこのように思考をしているだけで、自分の力で動くことは出来ない。

 だからこうして、毎日自衛官達の訓練を眺めている。骨董品の私にはそれくらいが丁度いい。


 年月でいえば2050年。

 私が誕生してからそろそろ半世紀。


 世界は大きく変貌しているし、それは軍需にも言えたことである。であるからして、私は倉庫で眠り、もう老齢ろうれいの自衛官と共に若い世代が戦争のない世界へと羽ばたくのを見送るだけである。


 私にはそろそろボロが出ているし、それが時代というもの。倉庫の片隅かたすみにいる私は運がいいのか、この生まれ育った基地で生涯をえることを許された。

 簡単な話、私は展示物となり長くこの日本という国を見守ることを許されたのだ。


 良い老後、ではないだろうか。


 今日も私は自衛官達の訓練を見届けて眠りにつく。

 戦車が眠りにつくというのもおかしな話だが、ただ単に人が瞼を閉じるように私も視界を真っ暗にしているだけだ。

 私は兵器であり、機械なので疲れというものを知らない。あるとすれば金属疲労ぐらいなものだ。だから私は別に眠りにつく必要はないのだが、誰もいない夜の間も起きているというのはいささか退屈なのだ。


 視界をシャットアウトして、私は虫の鳴き声ばかりの静かな闇を楽しむことにした。



 その車体底、床一面に広がる程の巨大な光の輪に気づくことなく─────。













 ◇◇◇◇














 はて。

 ここはどこだろう。



 私は気がつくと見覚えのない場所にいた。

 山奥だろうか。

 整備されていないようで、荒れ放題。日本にもこのような山はあるがその殆どが杉山。ここの植生は日本のそれとは違うようだ。


 私は目の前の落ち葉と木を注視してみる。

 やはり私の知る地球上の植物とは異なる。何せ私は知識豊富な方だ。旧式とはいえ優れたコンピューターを搭載されていたし。


 その上で断言するが、このような独特な表面の木は見たことがない。知識にもない。

 それにあんなに光り輝くキノコが生えているというのも、地面を突破って水晶のようなものが生えているのもおかしい。

 このような景色があれば観光名所として栄えていそうだが周りは整備されていないし、人の気もない。


 それに私は動けないはずだが…。

 どうやってここまで来たのだろうか?

 それさえも不明だ。


 私は国の税金で製造され整備されているので私が居なくなったとなるとそれは大問題でもある。

 自衛官達が責められないといいが…。


 見たことも無い青い鳥が私の砲身に止まった。

 羽休めだろう。


 やはりこのような種類の鳥を見るのは初めてだ。

 私は別の世界にでも来てしまったのだろうか。

 困ったものだ。されど地球上のものではないものが蔓延っているし、私は夢でも見ているのかとまた目を閉じることにした。無機物が夢など、おかしな話ではあるが。


 しばらくしてから目を開けても、私は変わらず訳の分からないところにいるままだ。

 どうしたものか。

 せめて誰がどういう目的でこの場に連れてきたのか教えてくれればいいものを。


 見上げれば月が浮かんでいる。

 赤青緑の三色の三つの月だ。重力の満ち干きがとんでもない事になっていそうだが、どうなっているのか。


 私が異世界とやらに来ているのはほぼ確定事項のようだ。


 それにしても…。

 うん…?


 今空を見上げた気がする。


 視点を上げてみる。

 主砲が私の視線の動きと合致しながら上を向いた。


 おかしな話だ。

 私の意思で今まで動かなかった視線やら主砲やらが動いている。どうやら私は遂に自分の意思で身動きできるようになったようだ。


 はてさて困った。

 NASAに見つかったら解剖でもされるのだろうか。

 いや私は無機物なので死なないとは思うが。組み立ててれば私は私のままだろう。確信はない。


 あまり驚かなかったが、変な世界にいる時点で今更な話だ。一つ二つ不思議なことが起きても私は私だ。

 動けたことに対しても感動などはない。なにせ私は無機物だからだ。


 試しに動いてみる。

 履帯が僅かに動いた。

 もっと動いてみる。

 少しだけ前進した。


 どうやら普通に走ることも出来そうだ。

 この調子で行くのなら武装も扱えることだろう。

 とは言っても使う場面などそうそうない。私が最後にこの主砲を撃ったのは総合演習の時だ。

 あの時は楽しかった。何せ私は骨董品で最後の10式戦車だった。最後の演習で私の事が記憶に残るのなら───。

 おっと、思い出に耽ける場合ではない。


 折角動けるとわかったのだし、少しだけ周りを見て回るのもいいだろう。

 人がいたらその時はその時だ。


 私はただの機械。

 本来は人間に使われ、人間によって棄てられる存在。

 生を得たのだ。少しだけ世界を見て回るのも悪くないだろう。

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