File.13「巣窟・転落」
「クソっ!あと一歩のところだったのによ!!」
俺は悔しさのあまり、近くに生えていた大木に拳を打ち込む。
俺が倒していたであろう飛行型のトキシーは、戦いの様子を影で静観していた他の受験生にトドメを刺されてしまった。
「八つ当たりしても仕方ありませんこと?まったく、盾を使わずに戦うからこうなるのですわ。切り替えて次の作戦を立てるべきではなくってよ?」
「作戦って言ってもよぉ……」
もう少しで最終試験は後半戦へと突入する。現在、俺の獲得ポイントは僅か30pt、合格ラインの100ptには遠く及ばずだ。アカツキの言う通り、ここからは無闇に行動するのは控え、作戦を立てるのが得策だろう。
「そういうアカツキは、何か良い案でもあるのか?」
「ミーがヒイロにしてあげられるのは、
「と言うと?」
「トキシーの数が明らかに少ないとは思いませんこと?」
「……確かに」
俺たちは、この森を1時間半に
「……そろそろ折り返しですわね」
アカツキが意味ありげにボソッと呟く。それにつられて俺もメモリングで残り時間を確認しようとした瞬間、一斉通知が届いたのだ。
《最終試験 後半戦 トキシーの巣窟 解放 & マップ情報 更新》
「……トキシーの巣窟って何だ?」
俺はマップを開き、衝撃的な変化を目にする。
「おいおい、どういうことだよ……」
何と、マップ上には全受験生やトキシーの位置情報に加え、”トキシーの巣窟”の所在地まで明らかになっている。
マップを拡大してプレイヤーのアイコンをタップすると、受験生の名前と顔が表示された。一方、トキシーのアイコンをタップすると、トキシーの配点が表示される。道に迷う必要が無くなるのは助かるが、ここからはトキシーの奪い合いが始まることは間違いないだろう。
俺の周辺には5ptの最弱トキシーが2体、受験生は俺を含めて3人だ。とりあえず一番近くにいるトキシーを倒しに行くか。
「作戦は決まりましたの?」
「ああ、”迷ったら進め”作戦だ!」
「……曖昧ですわね」
「いいだろ別に」
冷静にツッコまれると少し恥ずかしいな。
俺はアカツキを剣モードにし、駆け足でトキシーの居る位置へと向かった。
————————————————————◇◆
「何とか5ptゲット!もう一体は……倒されちまったか」
マップを見るに、ほとんどの受験生はスタート地点近くに出現した”トキシーの巣窟”に向かっているようだ。この様子だと、
「おっ、近くに白百合さんがいるぞ」
約300m南西に進んだ位置に白百合のアイコンが表示されている。トキシーの巣窟に向かう通り道であるため、合流するには丁度良いタイミングだ。
だが、白百合は一向にその場から動こうとしない。ただ休憩しているだけなのか、それとも……
「……とりあえず向かうか」
今の俺に人助けをしている余裕なんて無いわけだが、心の中の俺が「白百合の元へ向かえ」と訴えかけている――そんな気がしたのだ。
————————————————————◇◆
「おいおい、何だよこれ……」
白百合との距離が迫ってきた道中、俺は衝撃的な光景を目にした。
討伐済みのトキシーが2,3体、激しく損傷した状態で転がっていたのだ。剣や光線銃による攻撃では、外傷はほとんど受けないはずだが、こいつらには人為的に素手か何かで殴られたような痕が複数箇所見受けられる。
「これは、ひどい有様ですわね」
「一体誰がこんなこと……」
俺は身構えつつ、白百合の元へと向かう。すると、木にもたれ掛かりつつ、
「……白百合さん、大丈夫か?」
「うっ、ぐすっ……ひっ、ひゃあっ!!み、御角さん!?」
白百合は瞼(まぶた)を腫らしており、俺の存在に気がつくと、自身の腕を勢いよく引き寄せて後退(ずさ)りした。
「あぁ驚かせてすまん!……試験は順調か?」
「ゆっ、結衣のことは気にしなくて大丈夫ですっ!と思います……」
「いやいや、その様子じゃ気になるだろ」
「そう、ですよね……」
白百合はガクリと肩を落とし、一点を見つめている。この様子だと、ボコボコにされたトキシーと何か関係がありそうだ。
とはいえ、あの臆病で気弱な白百合のことだ。彼女がこの惨状に加担しているとは考えにくい。となれば『目の前で何者かがトキシーを
彼女のためにも、この事件について触れるのは控えておこう。
俺は、黙(だんま)りとした白百合にスッと右手を差し伸べる。
「白百合さん、一緒にトキシーの巣窟に行こうぜ。ここからは二人三脚、二人揃ってこの試験を突破しよう」
「うっ、グスン……」
白百合は鼻をすすって涙を拭うと、俺が差し伸べた右手にゆっくりと腕を伸ばす。それに応えるように俺は彼女の右手をやや強引に引っ張る。
「よしっ、時間も無いし急ぐぞ。走れそうか?」
「だっ、大丈夫ですっ!と思います……」
俺たちは真っ直ぐにトキシーの巣窟へと向かった。
————————————————————◇◆
「こんな所に入り口があったのか……」
スタート地点から北向きに壁沿いを100m程進んだ先、電車がすっぽり通れるくらいの洞穴が出現していた。マップを見る限り、大半の受験生はこの奥にあるトキシーの巣窟に移動したようだ。森林内のトキシーもほぼ残っていない。
巣窟内は松明によって等間隔に灯されているが、マップには受験生やトキシーの位置情報はおろか、そもそも巣窟内の地図自体がどこにも表示されていない。
「中がどうなってるかは分かんないけど、とりあえず入ってみようぜ」
白百合がコクリと軽く頷いたのを確認した俺は、アカツキに手を翳し、「シールド!」と唱えた。すると、アカツキは直径3mに及ぶ巨大な浮遊する盾へと姿を変えたのだ。これなら急な攻撃を仕掛けられても何とかなりそうだ。
「俺は前側を見ておくから、白百合さんは後側を頼む!」
「わっ、わかりました!と思います……」
俺たちは、恐る恐る巣窟内へと足を踏み入れた。
巣窟内はまさにダンジョンそのもので、階段や枝分かれの道がいくつも存在している。地図が表示されないということもあり、迂闊に進むことはできない。
それにしても、トキシーの巣窟と
さらに進むこと数分、突如白百合の歩みがピタリと止まった。
「あっ……」
「どうしたんだ?」
何かに気がついた白百合はチョイチョイと壁際を指差す。その部分には、垂直に亀裂が入っており、その亀裂の左右には、右手の手形がくり抜かれている。あまりにも露骨すぎる仕掛けだ。
「……
二人同時に右手を翳してみると、3秒ほどで地響きとともにその亀裂がじわじわと開き出した。その奥には道が続いている。
「おおっ、でかしたぞ白百合さんっ!」
俺は親指をグッと立てた。白百合は小っ恥ずかしそうにしながらも、どこか嬉しそうな顔をしている。
開いた隠し扉はその後も閉まることはなく、俺たち以外は誰も足を踏み入れていない可能性が高い。これは大チャンスだ。
「さあて、どんどん倒しまくってやるぜ……ん?」
数歩進んだ先、踏んでいたはずの地面が突如として消えたのだ。よく目を凝らすと、2m四方の落とし穴が俺を待ち構えていた。
「おわーっ!!とっとっとっと!!!」
時すでに遅し。まんまと罠にはめられた俺はバランスを崩し、そのまま身体を吸い込まれるようにして背中から落下していった。
「あっ!みっ、御角さ――」
「うわーーーっ!!!」
白百合の悲鳴は瞬く間に遠のき、俺は巣窟の深淵へと姿を消した。
————————————————————◇◆
「痛ってて……クッションがあって助かったぜ……あれっ、アカツキは?」
キョロキョロと見渡していると、
「踏んでいますわよ……」
「おおっ!すまねぇ!」
アカツキは俺の下敷きになっていた。戦闘用のクローにはどうやらエアバッグが搭載されているらしく、アカツキが俺を助けるために起動してくれたのだろう。
「まったく、ヒイロはドジですわね!足元をちゃんと見ていれば、あんな大きな落とし穴、猿でも落ちませんわよ!」
俺の下敷きになったことが余程気に食わなかったのか、アカツキはかなりご機嫌斜めだ。
「悪かった、悪かったよ。助けてくれたことは大いに感謝するぜ」
そんなことよりも、だ。今俺が居るのはどうやら密室らしい。四方は石壁で囲われており、俺が落ちてきた穴も塞がれてしまっている。これでは脱出する
「白百合さん、大丈夫かな……」
「それよりも、ヒイロは自分の心配をするべきではなくて?」
「ああ、そんなの俺が一番分かってるさ……」
分かってるからこそ、今この状況が絶望的だということをひどく痛感している。
このまま白百合と合流できなければ、俺たちの合格できる確率は限りなくゼロに近いはずだ。今頃、白百合は泣き喚(わめ)いているだろうか。それとも、ただ気を落として終わりの
どちらにせよ、俺は彼女の力にはなれなかった。俺が合格するにしろ、しないにしろ、それだけが唯一の心残りだ。
ギィィィィィィ……ッ
「んっ?」
最終試験終了まで残り1時間を切った丁度その時、俺を落とした穴が再び鈍い音を出しながら開き始めた。
すると、その穴から2つの物体が落下し、俺を見つけるや否や、2つ同時に顔面へ飛びかかってきた。俺は反射的に「シールド!」と唱えて盾を展開する。
飛びかかってきた物体は盾に弾かれ、その場にひっくり返った。起き上がるために体をよじりながら、胴体から生えた八本の足をワサワサと動かしている。この気持ち悪い動き、既視感があるぞ……
ソイツらの頭上には、《Spider Toxic 10pt 100% ■■■■■■■■■■ 》と表示されている。
やはり
2体の蜘蛛型トキシーは、起き上がると今度は部屋中を縦横無尽に駆け回り、そのうちの1体が天井に向かって糸を射出した。すると、己の体を振り子のように前後に動かし、勢いをつけて俺の顔面目がけて飛びかかる。
「うぉ速っ、グハッ!!」
俺は盾の展開が遅れ、そのまま地面に背中を打ちつけてしまう。
そして俺の顔面に乗っかった蜘蛛型は、俺の首筋あたりを目がけて尻から粘液を射出した。
「うわ汚ったねぇ!!って、ペイント弾?」
俺の首筋を中心に赤色の液体が
この調子だと、またアカツキがダウンしてしまう。俺は咄嗟に顔面に乗っている蜘蛛型を払い除け、2体との間合いをとり、再び盾を展開する。
そしてヤツらの動きを観察していくうちに、俺は攻略法を見いだした。
2体の蜘蛛型は基本、交互に攻撃を仕掛けてくる。それと、顔面に襲いかかる瞬間に体を一際大きく振り上げることも分かった。盾で防ぐことができれば、クモ型はひっくり返り5秒間ほど隙ができる。その間に剣でダメージを与え続ける。
上手くいくかは分からないが、ものは試しだ。俺は次に攻撃をしてくるであろう蜘蛛型の動きを凝視しつつ、アプリ内の剣ボタンに指を添える。
そして、蜘蛛型が体を大きく振り上げた瞬間、俺は身構えてヤツの攻撃を待つ。
ガギィンッ!!
俺は蜘蛛型の攻撃を防ぎ、即座に剣ボタンを押し込む。アカツキは剣へと姿を変え、俺は柄(つか)を握りしめ、ひっくり返った蜘蛛型の腹部目がけて剣を振り下ろす。
ジャキジャキーン!!
2発当てたところで蜘蛛型のHPは尽きた。攻撃性能が高い分、体力は低く設定されているのだろう。
コツを掴んだ俺は、2体目も同じ要領で討伐することができた。
《受験番号96番:御角陽彩 10pt 獲得 残り 45pt》
「ふぅ、ざっとこんなもんだなっ!」
「えっへん!ですわっ!ミーの美しき剣と盾、見惚れてしまうでしょう?」
「あーそうだな、メロメロだしキュンキュンだぜ」
テキトーな返事をしたところで、部屋内に『ピンポーン』という効果音が響き渡った。すると、落とし穴から一本の太い綱が垂れ下がってきたのだ。
「……まさかこれを登れって言うのか?」
「ヒイロ♡ファイト♡ファイト♡ガンバレ♡」
こいつ、マジでウゼェ……
アカツキの
「ウグッ、もう……ちょい……!」
今度は綱に脚を絡め、残り2,3mを歯を食いしばりながら登っていく。
そしてついに、落とし穴の始点に腕を掛けることができた。
「はぁっ……はぁっ……ここ数ヶ月間の筋トレがこんな所で役に立つとはな……」
余計なギミックのせいで無駄に体力を消耗してしまったが、最終試験もここから佳境に差し掛かる。休んでいる暇は無さそうだ。
「それよりも、白百合さんは何処へ行ったんだ?」
彼女が一人だけでこの薄暗い巣窟を探索できるとは考えにくいが、万が一俺を探しに何処かへ行ってしまったのだとしたら、一刻も早く合流する必要がありそうだ。
それと、ひとつ気がかりなことがある。
「トキシーの巣窟が解放されてから40分以上が経って、合格者は未だに一人も出ていないのか……」
もしも、俺の勘が正しいとすれば……
「この後も、特大イベントが待ち構えているんじゃないのか?」
「ヒイロにしては、冴えていますわね」
「ってことは……」
ピロリン
またしてもメモリングに一斉通知が届いた。
《最終試験 残り時間45分 ”高配点トキシー” 出現 & トキシーの巣窟 ”高難易度エリア” 解放 高難易度エリアへの経路は道標(みちしるべ)を参考にせよ》
「高配点トキシー、それに高難易度エリア……!?」
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