File.11「相棒・疑心」

 「なっ、必ず合格って、冗談じゃないよな?」


 「ミーは嘘なんてついていませんわよ?何と言っても、かつてクロッカスの第一線で――」


 「あーはいはい、わかったわかったよ」


 ホントに面倒くさいやつだな……

 

 とはいえ、”必ず”って言うくらいなら、何か根拠でもあるのだろうか。


 いや、問題はそこではない。


 「まずその見た目、どうにかならないのか?お前が試験用クローじゃないことは猿でも解るぞ」


 「ふふんっ、その心配は無くってよ?」


 すると次の瞬間、まばゆい光とともにアカツキの外見がじわじわと試験用クローへと変化していったのだ。 


 「うおーっ!瓜二つじゃねぇか!喋らなかったら絶対区別つかないぞっ!」


 「えっへん!ですわっ!だから心配は無用だと言ったでしょ?何と言っても、ミーの特技は”擬態”ですわよ!」


 「ギタイ……?」


 「えぇ、先程も草臥くたびれたバレーボールに擬態していたが故、”貴方がた”はミーの姿を見つけられなかったのですわよ!」

 

 「なる……ほど……」


 まあ簡単に言えば、コイツにはカメレオン的な能力が備わっているってことか。それに加えて体の形まで自由自在に変えられる――実に便利な機能だな。どうりで、マップを移動したところで誰にも見つからないってわけだ。


 他にも聞きたいことは山程あるが……


 「あんまり長居してると牡丹田さんに怪しまれるし、急いで広場に戻るぞっ」


 「ゲッ」


 俺の発言のどこに引っかかったのかは分からないが、さっきまであれだけ調子に乗っていたアカツキの動きがピタッと止まった。


 「……なんだ変な声出して」


 「なっ、なっ、何でもありませんことよ!さあ、ヒイロ!早く行きますわよっ!」


 アカツキは明らかに動揺しているが、それよりもコイツが本当に試験用クローとして登録されているのかどうか、確かめる必要がありそうだ。



————————————————————◇◆



 アカツキとの茶番のせいで、俺は一番最後に広場へと到着した。牡丹田が手元で時間を気にしつつ、俺たちの姿を確認してマイクを手に取る。


 「どうした96番、随分と遅かったじゃないか。速やかに集合するように通達したはずだが?」


 「いやっ、その、道に迷ってしまって……すいませんっ」


 俺はテキトーな嘘をつき、牡丹田に対し頭を下げる。一方のアカツキは、試験用クローにふんすることに徹しているようで、俺の後ろで静止したままだ。上手く誤魔化せているだろうか……


 「まあいい。先程通達したように、最終試験に進むのは、ここにいる100名だ」


 どうやら、アカツキは試験用として登録されているクローで間違いなさそうだ。それにしても、何でコイツだけ――もしかして、他にもアカツキのように紛れ込んでいるヤツがいるのか?だとしたらセキュリティが脆弱すぎるけどな……


「その前に、あちらの簡易テントにて君たちに朝食を用意してある。休憩がてら自由に召し上がってくれ。30分後に最終試験を開始する。以上だ」


 広場の簡易テントには、長机の上に軽食とお茶が置かれていた。俺はサンドイッチとペットボトルのお茶を受け取ると、空いているベンチに腰掛けた。


 一方のアカツキは俺の隣に鎮座している。


 「ついに最終試験か……」


 「不安ですの?」


 「おいっ、怪しまれるから話しかけるなよ」


 「もーっ、つれない男ですわ」


 俺は一息ついて、ペットボトルのお茶を飲み干す。


 「ぷはっ!……まあ、不安が無いって言ったら嘘になるな。ここまで残れたのも奇跡みたいなもんだし、あとはお前を、自分を信じてみるよ」


 「えぇ、ミーにお任せあれ、ですわ」


 「しゃあ」と一言気合いを入れ、俺は集合場所へと戻る。


 時刻はようやく6時を回った。空は明るくなり、会場にも徐々に日の光が差し込んできた。


 さあ、いよいよ最終試験だ。



————————————————————◇◆



 「それでは、ただいまより最終試験、”模擬戦闘試験”を開始する。君たちがペアリングしたクローと協力し、この先の人口森林を探索してもらう」


 昨晩はよく見えていなかったが、広場に設置されている厳重なバリケードの奥には壮大な森林が広がっている。マップを見るに、学校裏の空き地が全てこの人工森林だとすると、かなりの規模であろう。


 「森林内には、トキシーに扮したクローが多数待ち構えている。そいつらを倒す度にポイントが加算され、最終的に100ptを獲得した者から順に勝ち抜けとなる。トキシーの種類によって獲得できるポイントも異なるので、作戦を練りつつ探索すると良いだろう。他の受験生と協力しても構わないが、注意点としては、トキシーのHPヒットポイントをゼロにした者にのみ、ポイントが与えられるということだ」


 最終試験はスコア形式か――昨晩のVRゲームを思い出すな。しかし、ポイントの分配がされないとなると、迂闊うかつに協力できない。何ならトキシーを倒す直前に他の受験生に横取りされる可能性だってある。


 俺は白百合の後ろ姿を遠目に見る。やはり彼女の手助けをしつつ2人で200ptを獲得するのが得策なのだろうか。それとも様子見をしてからの方が良さそうか――考え物だな。


 「では、試験用クローの使用方法を簡単に説明する。試験用クローは(剣、光線銃、盾)の3種類に変形が可能だ。メモリングをクローにかざした状態で、それぞれ(ソード、レイガン、シールド)と唱えるか、メモリングにインストールされているアプリケーション内で選択する必要がある。状況に応じて使い分けてくれたまえ」


 試しにメモリング内の「With Clowウィズ クロー ver.test」というアプリを起動すると、ペアリングしたクローの型番や武器の詳細な使用方法が記載されている。試験用ということもあるのか、最低限の機能だけ搭載された、非常に簡素な作りだ。あとで詳しく見ることにしよう。

 

 「トキシーは攻撃を仕掛けてくるが、人間に危害を与えることは無いから安心してくれ。ただ、一定のダメージを受けるとクローに行動制限がかけられる。また、森林には様々なギミックが用意されているので、注意深く探索するように。最終試験の制限時間は180分だ」


 説明が終わると、牡丹田は人口森林へと繋がるゲートを解錠し、俺たち受験生を誘導する。


「試験開始と同時に、トキシーの位置情報と森林のマップが表示されるのでよく確認するように。万が一、身の危険を感じたらアプリ内の”SOSボタン”を押してくれ」


 二次試験までとは違い、最終試験はかなり長期戦だ。かつ、不確定要素も多いことが予想される。乙桐が数ヶ月前に言っていた、「運動能力・判断力・協調性などが問われる試験」というのにも納得がいく。


 そして、牡丹田が右手を大きく振り上げた。


 「――では、最終試験、始めっ!!」



————————————————————◇◆



 ここは、ヒュドール学園高等部生徒会室。


 早朝6時、広々とした室内に少女が二人、簡素な朝食を摂りつつ、プロジェクターで映し出された映像を眺めている。


 「いよいよ最終試験だねっ♪」


 「……ですね」


 「レエナちゃんは、どの子が気になるのかな?」


 「私は別に――」



 ガチャッ――



 「あら、指揮官、おはようございます♪」


 「ああ、翡翠ひすいに、桔梗ききょう、朝からご苦労だ」


 ノックも無しに生徒会室へと足を運んだのは、クロッカス総指揮官の牡丹田朱里だ。いつも冷静な彼女にしては珍しく、何やら浮き足立った様子で二人の元へと近づく。


 不審に思った翡翠は牡丹田に問いかける。


 「指揮官、どうかされたのですか?最終試験の最中ですが……」


 「早急に調べたいことがあってな。パソコンと受験者リスト、少し借りるぞ」


 「えぇ、よろしいですわよ」

 

 牡丹田は翡翠から受験者リストを受け取ると、部屋の隅に置かれた椅子に腰掛け、パソコンを起動して管理者用のページを開く。


 二人の少女も、牡丹田の真剣な様子を遠目で眺める。


 しばらくして、牡丹田が大きく溜息をこぼし、目頭を強く押さえた。


 「あいつ……やはりか」


 「指揮官……?」


 「いや、君たちには関係ない。気にしないでくれ」


 牡丹田は調べ物が終わると速やかに立ち上がり、「邪魔したな」と一言述べ生徒会室を後にした。


 「指揮官、いつもと様子が違ったね……あっ」


 「蘭さん?」


 牡丹田に貸していた受験者リストの入ったタブレット端末の電源を入れた翡翠は、目を丸くすると、その画面を桔梗に見せる。


 「どうやら、この子のページを見ていたみたいなの」


 「96番……この方って、確か蘭さんの――」


 「ええ、この子と何か関係があるのは間違いないわ。指揮官もあまり触れて欲しくなさそうだったし、ちょっと観察する必要がありそうだねっ」


 「それは、この方に一目置いているからでしょうか?」


 「うーん、それもあるのかな?ふふっ♪」


 翡翠は再びプロジェクターの前に腰掛ける。受験番号96番、御角陽彩の動向に釘付けのようだ。


 一方で、桔梗は二次試験までの速報データに目を通している。


 「一次試験、二次試験ともに滑り込みの合格。この危なっかしさ、吉と出るか凶と出るか……」


 「何だかんだ言って、レエナちゃんもこの子に興味あるんだ♪」


 「……ただの考察です。あくまで私はこの試験をフラットに見させていただきますので」


 顔色一つ変えず、桔梗は淡々と本音を口にした。


 「レエナちゃんのそういう真面目なところ、私は好きだよっ」


 翡翠はうっとりとした表情で、桔梗の凛々しい横顔を遠目で見つめた。

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