病の心得
鈴川 ナッセ
病の心得
とあるところに二人の農民がいた。名はホックとジェニグ。二人は兄弟であった。
弟のジェニグは病気だった。近頃、王国内に蔓延している流行り病である。特別、死んでしまうということはなく比較的早く治るのだが、これにかかってしまうと体がだるくなって治るまでベッドから出られなくなってしまうという、少し珍しく、それでいてたちの悪いやつだった。
さて、二人は農民なわけだから年貢を納めねばならない。年貢、といえば歴史的に見て病気や不作に関わらず一方的に徴収されるものだという印象があるが、この王国では一風変わっていた。それというのも、この国では病気のものを助けることが果てしなく評価される、という風潮があったのである。どうやらいい国のようだね。みんなこぞって困って見える病人を助けてはその話をほかの人に話して誇るのだった。これによって、ジェニグは病気だからと年貢が免除されていたし、ホックも彼の看病を厭わなかった。ジェニグの言うことをまるで犬みたく何でも聞いていた。これにジェニグは病気のけだるさもすっ飛んでしまう位に愉快になるのだった。
ジェニグが病気にかかってから三か月。病気は回復し、長い寝たきり生活は終わった。ところがどっこい、今度は兄のホックの方が病気にかかってしまった。弟のがうつったんだね。こうなれば立場はまるっきり逆転してしまった。ジェニグは畑仕事をして年貢を納め、やれ着替えだの、やれ冷たい水だのとホックの看病で大忙し。ジェニグは国の習わしに従ってホックが自分にしてくれたようにかいがいしく働いた。でも、畑で汗を流す度に、疲れたなとホックの寝ている枕元の椅子に腰かける度に、あの気楽に寝ていれば他の人が何もかんもやってくれていた時のことが頭をよぎるんだ。そして、あぁ、戻りたいなぁ、と思うのだった。
ある日、ジェニグは考えた。もう一度病気になれないだろうか、と。しかし、一度かかって治してしまった以上、再びかかるのは難しい。いったいどうしたらよいものか。堕落の麻薬に犯された脳をひねって悩んでいると、一つの考えが浮かんだ。そうだ、気の病、というものがある。体じゃなくたって精神を病んだと思わせられればまた同じ生活に戻れるんじゃないか。きっとそうだ。
そこで、ジェニグは一芝居、打つことにした。ホックの寝ている部屋に来て、枕元に置いてある消毒用の酒の入った酒瓶を手に取ってこう叫んだ。
「おれは気が狂った!」
そして、間髪入れず瓶を開け、中身をごくごくと全部飲んでしまって、
「気の病も立派な病気なのさ!さぁ、ホック。おれの言うことを聞いてもらおうか!」
言い終わるか否かのうちにジェニグは足元がおぼつかなくなって、正面からその場に倒れ、そのまま急性アルコール中毒で死んでしまった。
病の心得 鈴川 ナッセ @0g27klm
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