第57話 公務員、初めて迷宮に足を踏み入れる
朝。
柔らかな陽の光がカーテンの隙間から差し込み、部屋を明るく照らしていた。
「……ふぁ……よく寝た」
久しぶりに安心して眠れたおかげで、体が軽い。
どうやら、二人もすでに起きて準備を始めているようだった。
「カズトさん、おはようございます」
「おはようございます、和人様」
「おはよう。よし、今日はついに迷宮探索だな」
俺は軽く伸びをしながら、ベッドから立ち上がる。ついに、異世界に来て初めての本格的な迷宮探索が始まる。
宿の食堂で簡単な朝食を済ませた後、俺たちは装備を整えた。
「今日はいったん2階層に行くまでを目標にしつつ、無理せずにいけそうなら先に行ってみよう」
俺たちは宿を出て、迷宮へ向かうため北口へと足を進めていた。
「朝の空気が気持ちいいですね」
セリーヌが軽く背伸びをしながら、気持ちよさそうに息を吸い込む。
確かに、まだ人通りの少ない町の朝は、どこか清々しい雰囲気がある。
「うん、眠気も吹き飛ぶな」
町の北口は常に門が開いておるので、早朝から外へ向かう商人や冒険者の姿がちらほらと見える。
そのまま、しばらく北に向かって歩く。
目の前に広がるのは――以前俺たちが潜伏していた山の入り口。
「初めに山に向かった時は、すごく緊張してました……」
アルメリタが懐かしそうに呟く。
山は俺たちが身を隠していた場所であり、ここで生活しながら強くなった。あの時と比べて、今の俺たちは確実に成長している。
「さて、ここから迷宮の入り口まではすぐそこだ」
迷宮の入口は山を登らずに進むルートにある。
岩肌にぽっかりと開いた大きな洞窟がそれだ。
道は整備されているので歩きやすく、思ったよりもすんなりとたどり着けそうだ。
「やっぱり迷宮は人の出入りが多いですね」
山道を歩く途中、俺たちの前後にも冒険者の姿が見える。
おそらく、これから迷宮に挑む者たちだろう。
やがて、俺たちの前に巨大な洞窟――迷宮の入口が姿を現した。
「ここが……迷宮……!」
セリーヌが息を呑む。
目の前に広がるのは、暗闇へと続く漆黒の入り口――リュベリア大迷宮だ。
まるで異世界へと続く門のように、冷たい空気が流れ出している。
「さて……いよいよ迷宮デビューだな」
俺は一歩、洞窟の中へと足を踏み入れた――。
迷宮の中に足を踏み入れると、ひんやりとした空気が全身を包んだ。
外の春の陽気とは打って変わって、湿り気を帯びた冷気が肌にじわりと染み込む。
「……思ったよりも寒いな」
「ええ、迷宮内は基本的に気温が低いですから」
「ふぅん……でも、なんか静かですね。魔物の気配も感じないです」
アルメリタが耳をピクピクと動かしながら周囲を警戒する。
確かに、外の森とは違い、風の音も木々のざわめきもない。聞こえてくるのは、俺たちの足音と、遠くから響く水滴の落ちる音くらいだった。
「まあ、まだ入口付近だからな。深く潜れば、嫌でも魔物の気配が強くなるだろう」
とはいえ、油断は禁物だ。
俺は軽く深呼吸して、慎重に足を進めた。
迷宮の内部は、まるで古い地下遺跡のような雰囲気を持っていた。
壁は均等に削られた岩でできており、時折、魔法の光を放つ石が埋め込まれているが、全体的に薄暗い。天井は高めで、圧迫感こそないが、迷宮独特の閉鎖感はやはり拭えない。
「ちょっと暗くて、視界が悪いですね」
セリーヌが盾を構えながら、まわりを見渡す。
「私の目だと、これくらいでも大丈夫そうです」
アルメリタは夜目が効くようだ、頼もしい。
「よし、まずはライトをつかうぞ」
眩しすぎないように、適度に光を調整する。これで、俺の周辺ははっきりとお互いの顔が見えるような明るさになった。
「さらに、マッピングを使ってみるか……《マッピング》発動!」
意識を集中させると、俺の視界の片隅に、淡く光る迷宮の地図が浮かび上がった。表示されたマップには、俺たちがいる場所を中心に、目が見える範囲とこれまで歩いてきた道がプロットされている。
「これは使えるな。進んだ道がわかるから、次回以降は全く迷わなくなるし、帰り道も明確だ」
「カズトさん、これってどのくらいの範囲まで見えるんですか?」
「今のところは、俺を中心に目に見える範囲だな。自動的にマッピングされているようだ」
「なるほど……。今後の探索が楽になりそうですね!それに、ライトのおかげで私も安心して進めます。ありがとうございます」
セリーヌが感心したように頷き、感謝を述べる。
これなら他の冒険者が苦労している視界の暗さや道迷いのリスクを大幅に減らせる。特に帰り道への警戒を減らせるのが大きい。
「本当に便利な能力ですね。カズトさん、やっぱりすごいです!」
「へへっ、まあ、役に立つなら嬉しいけどな」
アルメリタとセリーヌが素直に褒めてくれるのが、なんだか気恥ずかしい。戦闘ができない分、良いサポートができるのは嬉しい。
戦闘に関しても、少し考えないとな……。
「……魔物の気配です」
アルメリタが鋭く前方を見つめる。
マッピングにも、小さな赤い点が表示された。
「どうやら、前方の角を曲がった先にいるな」
そっと覗き込むと、そこには――
ゴブリン
お馴染みの全身が緑色の、身長120センチほどの小柄な魔物だ。
手にボロボロの木の棍棒を握り、獲物を探すように辺りをウロウロしている。
「……うん、もうおなじみのゴブリンだな」
「カズトさん、どうします?」
「まずは、いつも通りセリーヌに構えてもらおう」
「はい、任せてください!」
セリーヌが剣と盾を構え、静かにゴブリンへと歩み寄る。
ゴブリンも彼女の気配に気付き、ギャアギャアと甲高い声を上げながら襲い掛かってきた。
「はっ!」
セリーヌは冷静に盾を前に出し、ゴブリンの攻撃をガツンと受け止める。
衝撃でゴブリンが怯んだ瞬間、流れるような動作で剣を振るった。
ズバッ!
「……え?」
一撃でゴブリンの首が飛んだ。
「セリーヌ……強いな」
「いえ、このゴブリンが弱すぎるだけですよ」
剣を軽く払って血を落としながら、セリーヌはどこか申し訳なさそうに言った。
「……とりあえず、魔石を回収して先へ進もうか」
その後も、俺たちは進み続けたが――
どこまで行ってもゴブリンしか出ない。
「ゴブリンですね」
「またゴブリンですね」
「今度もゴブリンですか……」
遭遇する魔物、全てゴブリン。
そして、出てきた瞬間にセリーヌが一撃で倒してしまうので、ハラハラも何もない。
「なんか、敵が弱すぎて拍子抜けするな」
「まあ、1階層ですからね。初心者向けの狩場でしょう」
「私たちには物足りないですね……」
「5階層から上位種が出るらしい。2階層を目標にしていたけど、流石にもう少し進んでも良いな。どうだ?」
「「もちろんです!」」
二人とも声を合わせて返事をする。
「よし、ならばどんどん進んで、さっさと5階を目指そうか!」
俺たちは淡々とゴブリンを狩りながら、次の階層へ進む準備を整えた。
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