第20話

 ほんの数秒。


 私はサリアさんに優しく包まれていた。


 しかしサリアさんはすぐに立ち上がり、まえで戦う2人を鋭い目で見つめた。


「ラグナル、なんでリアがここにいるんだい。どういうことかな?」


 ラグナルはネビュロスの攻撃を受けつつ、舌打ちをした。


「はぁはぁ、てめぇも俺を後方に追いやっただろ。しかもそれがガキのおりと来たもんだ。そりゃあ、前に出るってもんだろうがよ!」


 2人のやり取りに困惑した。


 どういうことだろう。


 サリアさんとラグナルさんが知り合い?


 対極に位置するような2人が、いったいどうして?


「リアはずいぶん疲弊しているようだけどね。お守りではなかったんじゃないかな?」

「ッチ、昔に比べて可愛げがなくなったなぁ、おい」

「……私は前に進んでいるんだよ。あのときから時間を止めて、ずっと死に場所を探している君とちがってね。いまの君を見て、あの2人はどう思うかな」


 気が散ったのか、ラグナルはネビュロスの一撃を全身でうける。


 地面に叩きつけられたが、ヴィオラの防御魔法のおかげだろう。


 あまりダメージを負ったようには見えなかった。


 ラグナルがサリアさんを睨みつける。


「……てめぇ……! 助けに来たんじゃねぇのか!? あぁ!?」

「もちろん助けに来たんだよ。とはいっても逃げるわけじゃない……私はネビュロスをもう一度、倒すつもりで来たんだけどね」


 耳をうたがった。


 ネビュロスを倒す?


 この絶望的な状況でどうやって?


 サリアさんの整った顔を見る。


 海のように青い目は、真剣だった。


 ラグナルも思うところがあったのか、ひくい声でうなる。


「……と同じようにいくってか?」

「そうだと私は思っている」

「あのときとは違ぇぞ。もうレオンはいねぇ、遺物もねぇ……」


 ふと、ラグナルの目が泳ぎ、私で止まった。


 魔力も練れず、へたり込んでいる私がなんだというのだろうか。


「おい、まさか……このチビがレオンと遺物の代わりになるって思ってんのか?」

「代わりではないけどね。でもあの光魔法をみて確信したよ。リアの魔法はネビュロスに届くって。そしてあの一撃をうけて、傷を負っている今このときこそ、ネビュロスを倒すチャンスだ、とね」


 ラグナルとサリアさんの視線が交錯こうさくする。


「……本気か?」

「私はいつでも本気だよ」


 レヴィが吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。


 風がうなりをあげる。


 ネビュロスの身体の一部が、ふたたび私たちへと迫りくる。


 何度目かの舌打ちをしたラグナルが、前に出てネビュロスを止めた。


「……わぁーったよ。好きにしな。だが、てめぇは死ぬんじゃねぇぞ、サリア!」

「だれも死なせるつもりはないよ。でも、もうしばらく頑張っていてくれ、ラグナル」


 吹き飛ばされたレヴィがいつまでも起き上がって来ない。


 どうやら気を失っているらしい。


 ヴィオラが駆けよって治癒魔法をかける。


 防御魔法と治癒魔法。


 2種類の魔法を平行して制御するのは、かなり難しかったはずだ。


 さいごに私と訓練をしていたときは、できていなかった。


 必死すぎて気づいていないのかもしれないが、この土壇場どたんばで成長したんだろう。


「リア。私とラグナルの話は聞いていたかな?」

「は、はい……でも私に残された魔力はそんなにないですよ……」

「だろうね。だからこれを飲んでほしい」


 サリアさんが腰に下げていた袋から、小瓶を差しだす。


 青くて透き通った液体だ。


「軍からだまって持って来たんだよ。遺物。数百年前に作られた貴重なものだ。魔力を回復できる、という噂なんだけどね」

「……数百年前……ですか」


 胡散臭うさんくさいものを見る目で、小瓶をながめる。


 腐ってない?


「腐ってるって気にしているのかな?」

「そりゃあ、まあ気になりますけど」

「大丈夫だよ、リア。私も舐めてみた。問題なかったよ」

「……そうですか。ずいぶん勇気がありますね」

「それはね、私の大事なリアが飲むんだ。毒見くらいするさ」


 サリアさんが優しく笑う。


 これだけで嘘ではないということが伝わってきた。


「飲んでくれるかな?」


 ゴォン、という轟音ごうおんがあたりに響く。


 ラグナルがネビュロスの一部を受け止めた音だ。


 迷ってる暇なんてない。


 サリアさんから小瓶を受け取ると、一気に飲み干した。


 ほのかにあまい香りが鼻をぬけ、舌がすこしだけしびれる。


 飲み干すと同時に先ほどまでの眩暈めまいが嘘のように治っていた。


 私はすぐに立ち上がって魔力を少しだけ練ってみる。


 問題ない、魔力も練れる。


「……やれそうです」

「そうか、それはよかった。賭けではあったが、役に立ってよかったよ」

「賭け……ですか……?」

「そうだね。でもその話はあとだよ。まずはネビュロスを倒そう」


 私がうなずくと同時に、サリアさんが短く詠唱する。


「無限の爆発、解き放て! インフィニバースト!」


 その瞬間、ネビュロスの身体が無数の爆発に包まれていく。


 前世の記憶をもつ私からすると、無数の爆弾が一斉起爆されたような魔法と言えばいいんだろう。


 使っているのを見たことがない魔法だった。


 しかし範囲、威力、どちらをとってもネビュロスを足止めするには十分だった。


「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 ネビュロスの苛立たし気な鳴き声が響きわたる。


「ラグナル! 頼んだよ!」

「人使いが荒ぇぜ……!」


 ラグナルがふたたび大きく剣を振るう。


 剣線が光り、空気が震え、天を割った。


 ネビュロスが雄たけびを上げた。


「リア、魔法の準備を」


 サリアさんの目が、私に向けられていた。


 体が熱くなるのを感じる。


 この1年で何度も見てきた、セリナの無表情な寝顔が頭をよぎる。


 ネビュロスは――私が、ここで倒す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る