11:土の下には
温室から出て、そこから続く小道を歩く。
黄昏時の木漏れ日が道を照らし、今までとは違う幻想的な空気を漂わせていた。
「シエット、まだ眠っていますね」
「普段はお昼寝をしている時間でもあるからなぁ」
「お昼寝かぁ…」
「君はしないのか?」
「身体は疲れるんですけど…精神的に昼寝を拒んじゃって。記憶が戻る以前はお昼寝をしていたのですが…」
「今はしていないと。身体年齢と精神年齢が解離している弊害か」
「そうですね」
眠気を覚えても、頭の中で「まだ寝る時間ではない」と自分を律してしまう。
昔から…特に、高校生になってからは「寝るのは夜だけ」だと、自分でルールを定めていた。
その弊害がこんなところに来てしまったらしい。
自分を律した強い暗示は、こんなところで休息の邪魔をする。
けれど、そうでもしなければ…私は…。
「…きっかけは、友人を自死で失ったことか?」
「それもありますが、高校は奨学金…国からお金を借りて進んだので。模範的な優等生じゃないといけなかったんですよ」
最初から最後まで息苦しい学生生活だった。
それでも、
お父さんもきっと、私が本来向かうべき場所だったところで見守ってくれていたはずだ。
そのことは、忘れてはいけない。
「苦労をしていたようだな」
「色々ありましたからね…
話している間に到着した先。
蔦が巻かれた二つの石版には、その下に眠る人物の名前と出生日、そして命日が彫られている。
マルコ・ピステル…出生日と命日がほとんど変わらない方は、シエットの弟が眠っているらしい。
では、その隣が…リーシェ・ピステルの墓か。
マシューの真似をしつつ、お墓参りを済ませる。
墓前に膝立ちを行い、花を添え、両手を合わせて祈り…ゆっくりと立ち上がった。
お墓から少し離れた場所で砂埃を払い落とし、これで一連の流れが完成するようだ。
「そういえば、このお墓の周辺…花が沢山咲いていますね」
「リーシェが好きだったんだ。ヴァイオレットの花」
「…」
「君は嫌いか?」
「いえ、嫌いではないんです。先程、シエットがこの花の名前をオウカ先生に教わったと言っていて…」
「ふむ。確か、ヴァイオレットは…東桜国では」
「すみれ…。前世の名前になるんです。漢字は異なりますがね」
「なるほど。何も知らないシエットに、急に名前を呼ばれた気がしてびっくりしたか?」
「びっくりまではしなかったんですけど…複雑でしたね」
しかし、それと同じぐらい…もう二度と呼ばれないと思っていた名前で、また呼んで貰える日が来たこと。
それが一番大事な親友が紡いだ言葉であったことは…とても嬉しく思う。
「なるほど。しかし、花の名前が人の名なのか。どういう意味で?花言葉から?誠実とか、希望とかいい言葉があるから」
「それも理由の一つで…純粋な子に、鈴の音の様に優しい子で…と聞いています」
「じゅんすいにすず…。東桜国の名付けは、漢字という文字を使用すると聞く。君の名前もそれを用いるのだと思うが…僕は残念ながら詳しくなくてね…」
「異国の言葉です。仕方ないですよ。しかし、漢字があることに驚きです」
「詳しいことはオウカ先生に聞いてみるといい。東桜国の出身だ。武術の稽古で世話になることがあるだろう」
「わかりました」
そうだ。シエットも言っていたとおり…オウカ先生という東桜国出身の武術家と関わる機会がある。
漢字の他にも、何かないか聞いてみたいな。
「そういえば、シエットの名前の由来って何なんですか?」
「シエットの?んー。実のところ、僕は名付けに関われていなくて。意味自体は分からないんだ」
「関われていないというのは?」
「リーシェとお義父様が勝手に決めていてね。相談も無しに決められるのは親として癪だと抗議した」
「聞き入れて貰えたんですか?」
「そういうのは、次回以降にしろと言われた。シエット以外なら好きに決めさせてやると」
「…変ですね。方針なのは理解しますが、リーシェ様も何も言わずに従うだなんて」
「本当だよ。でも、当時の僕はどうしても納得できなくてね…今だから懺悔するんだが、出生届の名前を一部消して提出したんだ。だからシエット」
大人しい顔をして、大胆なことをしてくる。
腹いせで娘の名前の一部を消すってどんな神経をしているんだ…。
しかし、そのおかげでシエットはシエットになったのだ。
何を消したのかは知らないが、少なくとも私は今の名前が可愛いと思っている。
「ちなみに、何をどう消したんですか」
「「アル」部分のインクを滲ませて、なかったことにした」
流石に「シエットアル」ではないだろう。
だから、アルは自然と最初の二文字になる。
しかしそうなると…嫌な符号が浮かび上がってくるのだ。
「最初、シエットの名前はアルシエットになる予定だったんだ。どうしてもこの名前じゃないとダメだって言われて…おかげさまで、今お義父様と冷戦状態でね!」
可愛いとは思うんだが、何となく嫌でなぁ…なんて、呑気に語るマシューの声が遠くなる。
シエットが本来名付けられる筈だった名前はアルシエット。
これがただのアルシエットならば警戒しなかった。
しかし、悠久都市のアルシェという作品に出てくる登場人物がアルシエットなら別だ。
私は「悠久都市のアルシェ」という単語の意味に辿り着けないまま死んでいる。
もしも、もしもだ。
そのアルシェに該当するのが、アルシエットなる人物であり…文明に関わる人物ならば、話は大きく変わってくる。
なぜ、ピステル家はシエットにアルシエットとつけたがった?
この理由は、追求しておいた方がいいのではないか?
そう…心が訴えかけてくる。
「…(マシューさん)」
「…(なんだ、アイコンタクトは封印…)」
「…(少し、引っかかることができました。詳細は手紙でお知らせします)」
「…(わかった。できることは?)」
「…(何をすべきか、現段階ではなにも)」
「…(わかった)」
アイコンタクトで指示を送った後、私達はお墓を後にする。
舞台となる不老不死文明の遺跡を含め…埋められている謎は、まだまだ深い底。
けれど一つずつ、ゆっくりと。
日の目を見るために、地を昇り…姿を現した。
まだまだ始まりに過ぎない。
これはまだ、初めの一ピースが…発掘されたに過ぎないのだ。
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