第4話 束の間の談笑



「………お願い。早く、村から出ていって。」


予想だにしない桜夜の発言に、俺は言葉が出てこない。


「……は……?」

「ちょ、桜夜ちゃん???」


呆然とする俺と、驚いて聞き返す雅仁。

彼女の目にどう映ったかは分からないが、桜夜は真剣な眼差しでこちらを見ている。


「出ていけって……そんなこと、出来るわけないだろ!俺は、お前が生贄になる前に助けようと思ってここに来たんだぞ!」

「…………」

「そもそも、なんで命を投げ捨てるような事を受け入れてるんだよ………」


感情が大きく揺れる。

つい、声を荒らげてしまった。

桜夜は俯いたままだ。


「……水神祭まで、あと九日もないんだぞ………」

「………凪沙くん…………」


狼狽える俺を、桜夜は再び見つめる。


「……理由は…上手く言えないの………だけど…お願い…何も聞かずに……出ていって欲しい……。」


桜夜の、声が震えている。

本心か否か判別できないほどに。

俺も、震えた声の桜夜を前に、何も言えなくなってしまった。


「………。」

「…………ねぇ、桜夜ちゃん。」


ふと、雅仁が口を開いた。


「……二人の会話に割って入ってごめん。だけど、凪沙の話も聞いてやってくんねぇかな…?」


俺も桜夜も、雅仁の方を見る。


「……えっ………」

「桜夜ちゃんの抱えてる事情は知らないよ?だけど、凪沙はなけなしのお金で桜夜ちゃんのこと迎えに来たんだ。俺はついでなんだけどね。」


真剣な顔で話を続ける。


「それだけ、桜夜ちゃんのことが心配で、大事に思ってるんだよ。お願いだ、そんな凪沙の気持ちも汲んでやってくれないかな?もちろん、できる限り桜夜ちゃんの指示には従うから。ね?」

「…………。」

「お願いだよ。」


雅仁は桜夜に頭を下げる。

いつもの雅仁を見ている俺からすると、なんとも異様な光景だった。

桜夜は少し悩んで。


「………分かりました。」

「……!」

「……ごめんなさい、私も少し焦ってしまって……出て行けと言ったのは謝ります。」

「桜夜………」

「……でも、絶対にこの布作面は着けたままでいて……ご友人様も………寝る場所はここを使っていいから……」

「……ありがとう、桜夜。」

「ありがとうね桜夜ちゃん、そうだ、ご友人様だとなんか寂しいから、雅仁って呼んでよ!」

「…雅仁……さん?」

「うんうん!やっぱり名前で呼ばれた方が、俺も嬉しいからさ!」


ニカッと笑う雅仁。

少し淀んだ空気が晴れて、俺も少しほっとする。


「そうだ、凪沙!」

「ん?」

「せっかく久しぶりに会えたんだから、二人で色んな話してこいよ、俺この辺ぶらついてっからさ?」

「雅仁さん…?!そんな、ぶらつくなんて危険なこと…!」

「ちゃんと布作面…だっけ?これは着けてくからさ。俺、大学園で宗教について学んでんだ、村のこともっと知りたくてさ?」

「……危険な橋は渡んなよ、雅仁。」

「わーってるって!んじゃ二人でごゆっくり♪」


そう言って雅仁は立ち上がり、小屋を出ていった。

少し心配だが、要領がいいアイツなら何かあっても大丈夫だろう。


「……これ…………」


桜夜がこちらに手を伸ばしながら口を開く。

触れてきたのは、店長から貰った羽織だった。


「……買ったの?」

「あぁこれ…働いてるとこの店長から貰ったんだ。お守りだってさ。」

「そうなんだ……これ、とても手触りがいいんだね。」

「おう、着心地いいぞ。うちの店、絹織物を売ってるんだが、割と評判の良い店なんだぜ。」

「そうなの…私も巫女服以外を着てみたいな…」

「いつか連れてってやるよ。」

「……………」


未来の話をすると黙る桜夜。

その表情がとても切なくて。


「……なぁ、そんな顔しないでくれよ。」

「……ごめん………」


そっと、桜夜の手を握る。

この俯いた顔を、笑顔にしたい。

独りよがりかもしれないけど、そのために俺は来たのだから。


「なぁ、桜夜。」

「……?」

「良かったら、俺の話聞いてくれよ。村の外の話。」

「村の、外………」

「久しぶりに会えたんだ、色んな話しようぜ?」

「……うん、そうだね、お話聞かせて?」


それから俺達はたくさん言葉を交わした。

まるで会えなかった時間を埋めるように。


都には、村では見られないものが沢山あり、引っ越してから戸惑ったこと。

就職先に悩みながら入った店で、自分で編んだ帽子を褒められ、店長にスカウトされて就職したこと。

同級生である雅仁が初めての男友達で、共にご飯に行くと時間が溶けるほどに楽しいこと。


桜夜の知らない、楽しい外の世界のことをたくさん話した。

次第には桜夜もだんだん笑顔になっていき、微笑みながら俺の話を聞いてくれていた。


「とても楽しそうに過ごしているみたいで、ほんとに良かった。」

「あぁ、毎日大変だけど充実してるよ。」

「その話を聞いて安心したわ。」

「そっちは?」

「…村の中は特に変わりはないの、実りが少なくなっただけで。」

「………そうか。」

「でも、そうね……最近は、凪沙くんのお母様がよく神社に参拝しに来るわ。」

「母さんが?」


母さんが参拝するなんて珍しい。

俺がまだ村にいた頃は、腰が痛いからと参拝に行くところは見たことがなかったのに。


「うん、お父さんとよく話してるのを目にするわ。何を話してるのかは……分からないけど。」

「なるほど……。」

「うん……。」

「……まぁ、信仰心が深いのはこの村の誰もがそうだから、今更驚かねぇけどな。」

「あはは……まぁそうだね。」


また少し、不安の過ぎった表情になる桜夜。

どうしたら、その顔を笑顔にしてやれるんだろう。

水神祭まであと少ししかないこの時間を、どうやって使えば?

桜夜の為なら俺はなんでも出来るのに。


「………なぁ桜夜。」

「……?」

「もし、無事に二人でこの村から出ていくことが出来たらさ。」


もしも。

ほんの少しの可能性の未来が、明るいものだとしたら。


「今まで出来なかったこと、全部やろう。都でしか出来ないことも、全部。」

「……なぎさく」

「都には、遊ぶところが山ほどある。それに、桜夜の好きな服を買おう。巫女服も似合うけど、絶対洋服も似合うから。」


そんな希望論みたいな話。

でもそんな未来を捨てたくないから。


「……だから、一緒に生きよう。」

「……!」

「…………桜夜も、未来を捨てないでくれ。」


桜夜の目を、真っ直ぐ見つめる。

少し戸惑っているようで、瞳が揺れ動いていた。


「俺に出来ることなら何でもするから。」


紛れもない本心。

彼女と過ごせるなら、どんな未来でも構わないから。


「………ありがとう、凪沙くん………」


彼女は少しして、俺に寄り添いながら微笑んだ。

この笑顔を守っていきたいと、そう思った。





◇◇◇◇◇◇◇


雅仁side



小屋を離れてから、俺は村の全体を見にブラブラと歩いた。

僻地の村、とはよく言ったものだ。

都のように最新技術はないし、遊べる場所なんて以ての外。

まぁ、予想はしていたけど。


「………資料館みたいなとこがあればいいんだけどなぁ………」

「……あの、あなたは………」


声を掛けられて振り向くと、見た事のある年配の女性が立っていた。


「えーと………?」

「凪沙の母です…貴方、凪沙と一緒にいた男の子よね…?」

「あぁ、凪沙のお母さんか!こんちは!」


凪沙のお母さん。

少し弱々しそうに見えるけど、髪色はもちろん、目元や口元が凪沙そっくりだ。

そうだ、この村の人なら資料館のような場所を知ってるかもしれない。

そう思って、俺は声を掛ける。


「あそうだ!ちょうど良かった!凪沙のお母さん、この村に、歴史の資料がある場所とかあります?」

「この村の……?」

「そうですそうです!俺、大学園って学校で勉強してて、その足掛かりにと思って凪沙にお願いして着いてきたんすよ!」


半分本当、半分嘘。

だけど、きっと信じてくれるだろう。

凪沙のお母さんは少しうーんと考えて。


「……資料なら、家にもあるわよ。掃除できていないから綺麗かは分からないけれど、それでいいなら寄ってってちょうだい。」

「いいんすか?!」

「えぇ、学生のお勉強の手伝いが出来て嬉しいわ…!」


資料が凪沙の実家にあるなら好都合。

桜夜ちゃんを助けたい、という思いは凪沙のお母さんも一緒みたいだし、一石二鳥だ。

俺は、お母さんについて行くことにした。









「ゆっくりしていってね。」

「ありがとうございます!お邪魔しますね!」


靴を揃えて家にあがらせてもらうと、古くからある家屋という感じの古い紙の匂いがした。


「家にあるものならなんでも見ていいから、見たい資料があったら言ってね?」

「お言葉に甘えて♪」


俺は一冊ずつ、本を読ませてもらった。

この村の歴史。

桜夜ちゃんの言った通り、昔は生贄制度というものが蔓延っていたらしい。

なんともまぁゾワッとする内容だ。

少し寒気がした。


(凪沙がこの村を捨てたかった理由も分かる気がするなぁ………うん?)


何気なく棚の方へと目線を向けると、ある冊子が目に留まる。


(………生贄の……条件………?)


どうやら、生贄になるには相応の条件というものがあるらしい。

なんだそれは、と、思わず手に取って捲ってみる。

そこには。


「…………え。」


衝撃の事実が書かれていたのだった。




続く_____

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泡沫の巫女姫を希いて cat @cat0339

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