第3話 アスファルトの上で
「氷、だと……?」
ガルディウスは終始困惑した。
ガソリン爆発を凍らせた能力を暴霊は知らない。
「ガソリンの発想は悪くなかったが、逆効果だったな。利用されると思わなかっただろ」
ユーゴは虚空に手をかざし、何かを呟く。
「――ォ」
触れていたのは気化したガソリンそのもの。
ガスは変質して氷へ。ユーゴの手から氷が伸び、氷のツルとなってガルディウスを掴む。
「高低差、さっきよりアドは低いな?」
「ッ、おっせぇんだよ!」
近くの植木鉢がガルディウスに飛ぶ。
鉢は激突でツルを砕く。解放後に即彼は一歩後退した。
(魔方陣はなかった。なら炎熱、温度を操作するスキルか? 弱体化で能力が変化……いや、それは有り得ない)
ガルディウスの思考速度はユーゴに及ばない。
その間にもユーゴは氷のツルを増やした。
「だが、それなら関係はねェ!」
ガルディウスは腕を振り上げる。
「押し切ってやらァ!」
無数の武器が空を埋め尽くした。
刃物類、細かな機械パーツ、鉄柵に石ころ。隠していた武器が一斉にユーゴ頭上に浮遊する。
鉄の雨が降る一秒前。
「弱体化しても、それぐらいは飛ばせるよなぁ!」
ユーゴは天をなぞり、氷のドームを築いた。
降り注ぐ鉄の豪雨。細かなパーツが天井を削る。
尚もユーゴは天井に触れ続け、削られた傍から補強する。
「来てみやがれ、謀略王ォォォォ!」
「今殺してやるさ、暴霊ッ!」
薄氷が割れる寸前、掌から火炎が打ち上がった。
鉄の雨を飲む火力。焔は膨張した空気と共に武器を辺りへ弾き飛ばす。
上昇気流が吹き荒れた。
「これじゃ撒いたガソリンも意味がねぇか。でもな!」
壊れかけのアクセルが沈み、トラックが数メートル前進。
その慣性でよろめいたユーゴに隙が生じる。
「一つ分かったぜ、お前の弱点が」
ガルディウスは石ころ一つを投擲し、あえなく氷壁に阻まれる。
だがそれは暴霊の読み通り。
「――『手で対象に触れること』が発動条件、ってのは致命的だな?」
「……ハァ、気付かない訳はないよな」
ユーゴは手が離すと、触れていた氷壁もたちまち崩れる。
ガルディウスは満足そうに声を漏らす。
手で触れる必要のある近距離能力と、非接触の中遠距離攻撃。アドバンテージはガルディウスにある。
「つまり、この絶対的な距離は埋まらねぇってわけだッ!」
パンッ、と両手を鳴らす。その合図で建物上から自動車が飛び出した。
今度は四方の真上から軽自動車が落ちて来る。
「チィ……!」
「手の内は明かしたァ! この地の利のアドバンテージはもう覆らねえ!」
氷では防ぎ切れない質量と火力が落下。
衝突後、大型トラックは原型を失った。
隣接する建物が崩れる大爆発。高く上がった火柱と、飛び散る部品がトラック全体を飲み込んだ。
にも関わらず、
「……は?」
「すまねえな。わざわざ炎熱対策してくれてたのに」
「どう凌ぎ切りやがった、ユーゴォッ!」
噴煙の中で人影は立っていた。五体満足で。
僅かな火傷と煤汚れのみ。青年の不敵な眼差しは変わらない。
道路に空いた人が入れる深さの穴から跳び上がり、敵を仰ぐ。
穴の縁はアスファルトがデロリ爛れている。
「地面が、溶けッ……なんだその溶け方は? 熱で溶けたんじゃ、ない」
穴は窪みやマンホールでもなく、今溶けて生まれた穴だ。
(馬鹿な。アスファルトの融解温度は二百度以上。炎で溶かすのはまず不可能――)
「酸、か……?」
予想外のエッセンス。その登場でここまでの仮定が崩れる。
「顔色が悪いぞ。オークのレバーでも当たったか?」
「クソ、がッ!」
再び念力で震え出す金属片。それらが地面から離れぬうちに、ユーゴは凍結させた。タッチパネル操作に似た動きで指を宙に躍らす。
「借りがあるからな。これだけは教えてやる」
謀略王は手札を解禁する。
「――化学反応、に似た現象を強制発生させる。それが俺のスキル【
「化学反応の、強制。法則超過系スキルか!」
「大層なもんじゃない。火力不足で、使い勝手も最悪。決定打に欠ける。だが……」
ユーゴはゆっくり進んだ。
鉄の破片を構えたガルディウスに目もくれず、階段前まで進んで立ち止まる。
そのまま屈み、石階段の一段目に触れた。
「使い方ひとつで、切り札になる」
触れた指先から路地の階段は崩壊した。
瞬く間に砕け、下段から粉々の土くれに還る。
「くだけっ――」
ガルディウスの足場が音を立てて沈んだ。
「これで逃げれると思うなよ?」
塵となって沈下する土地。
ガルディウスにあった距離と高低差のアドバンテージが瓦解する。
直後、暴霊の鼻を燃料の匂いがツンと突き刺した。
「ガソリンの、匂いッ……!」
「風が回ってきた頃だ。良いタイミングだろ?」
ガルディウスの体に霜が降りる。
土地が沈み、ガソリンのガス溜まりまで彼は落ちたのだ。
彼を包むガソリンのガスに、ユーゴは触れている。
「ガソリンを触媒に、凍結を!」
「地の利がどうとか言ってたが、差を帳消しにさせてもらった」
落ちる男と、大地を踏む青年。距離は二メートルまで迫る。
スローな世界の中、ガルディウスは最後の抵抗を繰り出す。
「殺せた気でいんなよ――!」
布を破り、パーカーから最後のナイフが飛び出した。
狙うは心臓。刃がユーゴの胸へ直撃する。
「勝ッ――」
「だからその程度、予想してるに決まってんだろ」
金属が悲鳴を上げ、刃は砕かれた。
金属光沢を帯びたワイシャツ表面で。
(こいつ、服にまで化学反応を――)
「【
それは炭素化合物。大地の高温高圧で生む最硬物質。
「ダイヤモンドの防具程度、作るなんて訳ないさ」
現代だからこそ生まれた切り札。即席で最硬の防刃チョッキだ。
「……はッ、認めるぜ。この勝負はお前のもんだ」
敗北を受け入れたガルディウスは微笑み、瓦礫へ飲まれていった。
「……元魔王幹部の最期にしては地味だな。ガルディウス」
瓦礫に潰されたガルディウスはゴポゴポと肺を鳴らす。
依然ユーゴは冷徹に見下ろし、魔王幹部として振舞う。
「お前の死に場所は魔王城の床でも、異世界の土でもない」
黒き月が昇る下、謀略王は野望を打ち砕く。
「硬くて冷たい、現代のアスファルトだ」
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