羽元詩柚について

ゆうちゃんの過去について

知っている人がいないか呼びかけた。

すると、多くの人が教えてくれた。

うちが高校1年生だった頃

最も仲良かったといっても

過言ではない人…

小津町花奏ちゃんの名前が上がった。

何故花奏ちゃんが

ゆうちゃんの過去を知っているのか

てんでわけがわからないけれど、

教えてくれた人皆が

花奏ちゃんの名前を出すものだから、

聞かないわけにはいかない。


すぐさま本人に連絡を取りたかったが、

数年前、今のうちたちと同様に

不可思議な出来事に

巻き込まれていた関係で、

もしかしたら精神的に不安定であるかも

しれないらしい。

学校ですれ違っていたところ

そのような素振りはなかったけれど

念には念を、ということだろう。


花奏ちゃんの友人の方を教えてもらい、

その人を間に挟むことになった。

名前を、三門歩さんと言う。


いつも連絡をする程度では

緊張しないというのに、

指が震えるのではないかと思うほど

自分の書いた文を読んで、

おかしくないか訂正してを

何度か行っていた。


メッセージを通して

三門先輩に軽く事情を説明した。

話し合いを経て、

数日後、花奏ちゃんと三門先輩が

揃っている状態で、

電話で話を聞くという方向に落ち着いた。


湊「…。」


もうすぐでその時間がやってくる。

帰省し続けてから何度目だろう、

頭まで布団を被った。

外に出ればいいものの、

やはり田舎の中では怖いので

都度都会の方まで向かった方が安全

…なんて回りくどいことをするも

どうせ疑われるのだ。


やる前から諦めることが

多くなってしまった。

ここ数ヶ月での自分の変化に

後ろめたさを覚える。

その時、静かにスマホが光を放った。


受話器のマークが浮かんでいる。

すぐさまボタンを押した。


花奏『あ…湊?今大丈夫?』


湊「うん、平気!やーん花奏ちゃん久しぶり!」


花奏『久しぶり。元気にしとる?』


湊「めたんこ元気!花奏ちゃんこそどう?てか今受験だよね?忙しくない?」


花奏『ひと段落ついたところなんよ。まだいくつか残ってるんやけど、本命は過ぎたで。』


湊「よがったよがった…絶対受かってるから大丈夫!ずしっと構えて自信持って次の受験地に向かうのだ!」


花奏『あはは、そう言われたら安心してきたわ。ありがとうな。』


湊「どいたましてー!」


無事3年生になった花奏ちゃんは

今や自主登校期間のはず。

だからうちが学校に

行っていないこともきっと知らない。

何も知らない…とうちが勝手に思っている

友達と何も考えずに話すのは

幾分か心が軽くなる。


そうだ。

高田湊ってそういうやつだよね。

のらりくらりとその場その場で

適当に笑ってやり過ごしてたじゃん。

最近やけに真面目すぎて

どれが表にしたかったやつか

わかんなくなってたや。

やっぱりこっちの方がしっくりくる。


湊「わけあってひそひそ声だけど許してねん。」


歩『がさごそ音がすごいんだけど。』


湊「わー!三門先輩っすか?お久しぶりです!布団の中だからかもです、申し訳ない!」


花奏『なら私らも騒がへん方がええか。」


湊「スピーカーにはしてないからそっちは大声で歌ったって大丈夫だよん。」


花奏『流石に歌わへんよー。』


笑い声がする。

口元を軽く指先で隠して

口角を上げている姿が

自然と想起された。


思い出話と近況の話に

花を咲かせたいところだったが、

三門先輩と、特に受験期の

花奏ちゃんの時間を奪うとよくない。

「早速で申し訳ないんだけど」と

ひとこと挟んで本題に入る。


湊「今日電話したのはゆうちゃん…羽元詩柚ちゃんについて聞きたかったからなの。それは三門先輩から聞いてる?」


花奏『うん、聞いた。』


歩『私を挟めって言うんだから、内容は何となく予想つくよ。』


湊「…?」


花奏『…あれよな、詩柚さんのことだけでいいんやもんね…?』


湊「え?あ、うん!でもゆうちゃんと知り合ったきっかけとか、その辺りの周辺情報もあると嬉しいよん!」


歩『ま、こちらもさほど隠す意図はないし、話せることは話すつもり。』


湊「ありがとうございます!えっと…まず、ゆうちゃんと知り合いになったのがいつか聞きたいな。」


花奏『きっかけな。』


湊「うん!」


花奏『…私、昔田舎に住んでたんよ。』


湊「……え?」


花奏『詩柚さんのいる田舎。』


湊「え、ごめんちょいと待って。」


花奏ちゃんが田舎に、

今うちがいる町に住んでいた?

そんな話、聞いた事がない。


湊「それっていつの…何年前のこと?」


花奏『えっと…5年くらいかな。』


湊「…ってなると…。」


うちが中学生の頃?

でも、転入生なんていなかった。

どうしてか首を捻っていると

その答えはすぐに返ってきた。


花奏『…湊には多分話してなかったよね。私、1回高校中退してるんよ。だから年数が合わへんくなるんやと思う。』


湊「…!そう、だったんだ。」


知らなかった。

でも、この手の話題は

確かに話す相手を選ぶ。

これまで隠してきたのも

…意図的かはさておき…

理由は痛いほど分かる。


花奏『だから、私が高1の時…詩柚さんは何年生かわからなかったんだけど、多分先輩としてその学校におった。本当短くて…半年くらいやったんやけど、夏休みの時は高校で一緒に過ごしてた。』


5年前、となると

ゆうちゃんが高校3年生に

なるあたりだろうか。

その夏はゆうちゃんが中退する少し前。

当時うちは中学2年生。

そういえば、いつかの夏

…それこそ5年前は

ゆうちゃんは家にあまりいなかった気がする。

だからか、と今になって

理由がわかってすっきりした。


当時、うちはとっくに物心はついている。

なら、どうして覚えていないのだろう。

半年間…引っ越してきた人がいたら

それなりに話題になるはずなのに…。


…そこまで考えてふと息を止める。

あれ。

あの時…うちも自分とゆうちゃん、

そしてお母さんのことで

手一杯だったけれど、

思い返してみれば

誰かが引っ越してきた…

という話はあった気がする。

どんな人か会いに行きたかったけれど、

ゆうちゃんと一緒に

帰る決まりだったから、

遊びに行こうにも行けなかったんだ。


歩『田舎って言うけどそんな広いわけ?2人が出会ってないの変じゃない?』


湊「うちも今そう思ってました…もしかしたら、ゆうちゃんが引き離してたのかもって…。」


花奏『引き離す…?』


湊「うち、その前後ぐらいから上京しようと思って、宣言してたり方言無くしたりしてたの。ゆうちゃんは、うちに田舎に残って欲しいと思ってたはず。…だから、花奏ちゃんと会わせると、更に外に出たくなるんじゃないかって…考えたのかも。」


歩『監禁せずに会わせないってできんの?』


湊「うちが帰る時は絶対にゆうちゃんと一緒だったから…」


歩『絶対…?何があっても?』


湊「はい。」


歩『なるほどね。…んで、夏休みの間は高校の部屋の中で花奏と2人きりでいたと。…まあ会わせたくない人の挙動か。』


花奏『あの時に湊と会ってたら、また全然違ったんだろうなって思う。』


湊「うちももっと早くに出会ってたかったなー!」


出会える可能性はあったんだ。

5年前…中退した、と言っていたし

半年で引っ越したあたり、

町に馴染めなかったのだろう。

余所者であれば

何を言ってもいいと思っている人が

一定数いるのは知っている。

よその人に悪いことをしたって、

その周囲の世帯や交友関係のある人を連れて

大規模に陰湿に

やり返したりなどできないから。


…多分、三門先輩を挟めと言ったのは

この辺りの出来事が

原因なんじゃないだろうか。

もしうちが話しかける事ができていたら。

それで馴染めたとされたなら。

中退もせず過ごせたのかな。

…けれど、半年でこの町を出れたのは

不幸中の幸いだと思ってしまう。

黒川さんやてんてん、役所のおっちゃん、

ゆうちゃん、うちの家族みたいに

いい人もたくさんいるけれど、

口汚い人や荒っぽい人も多い。

昔から関わっている人たちならまだしも、

外から入ってきて

それらを見分けるのは難しい。

苦手だと思う人にも

きちんと過去があってそうなっていると

理解するにも時間がかかるんだもの。


花奏『そういえば、詩柚さんとこの前偶然会って話したんだ。』


湊「ゆうちゃんと…?あ、学校同じだから…。」


花奏『そう。いろいろあってその時歩もいてね。…詩柚さんと湊が幼馴染って聞いて、すごくびっくりしたよ。』


湊「いやぁ…うちも今めたんこびっくりしてる。」


歩『そこまで繋がるのかって感じだったしね。』


湊「本当ですよー!世間って広いようで狭いっすねー。」


花奏『だね。』


湊「ゆうちゃんと出会ったきっかけはわかったし…じゃあ、ゆうちゃんと話したこととか、覚えてたりする?」


花奏『えっと、ちょっと待ってね。』


そういうと、

原稿用紙を見るかの如く

紙を波うたせるような音がした。


花奏『ほぼほぼその夏休みの間しか関わってないし、互いに無言の時間も多かったから、話したことは物凄く少ないしあんまり覚えてない。ごめん。』


湊「ううん、知れるだけでめたんこありがたいよ!」


花奏『じゃあ…まず、ね。』


花奏ちゃんが細く息を吸った。





°°°°°





深見「何かね、話題が小津町さん達のことで持ちきりなの。大人は特にさ。」


花奏「…。」


深見「ほら、あなたのお父さんが新しい事業持ち上げてる、みたいな。」


花奏「…。」


深見「それで倒産するかもって会社もあって、結構ごたごたしてるみたいなの。」


花奏「…。」


深見「まあ、私は聞いただけだから分からないけど。」





°°°°°





花奏『…みたいなことを言ってた気がする。』


湊「…事業?それってどんなのか聞いても大丈夫?」


すると、花奏ちゃんは

やや間をもって「うん」と言い、

ざっくりと建設系だと教えてくれた。

不意にそれとなく嫌な感じが残る。


ここからはもしもの話だ。

ゆうちゃんの家を再度見ていないし、

お父さんの情報についても

詳細は把握していないが、

もしうちのお父さんと

ゆうちゃんのお父さんが

いた会社なのだとしたら。

上に登り詰めようと切磋琢磨していた

優秀だったであろう2人が

唐突に、きっとほぼ同時期に消えた。

大輔さんに至っては

もう少し前からアルコール関係で

体を悪くしていたみたいだし、

会社全体が弱るのも想像できる。


花奏ちゃんのお父さんは

当然その事情を知るはずもない。

現場は相当環境も効率も悪くなっていたはず。

善意で持ちかけた提案は、

町の人にとってはきっと

大輔さんとうちのお父さんが

築き上げてきたものを

踏み躙るもののように見えてしまう。

…余計、花奏ちゃん一家に

矛先が向くのも理解できてしまう。


…流石に飛躍しすぎかな。

不安になりつつも、口を開く。


湊「そうなんだ。ありがとう。」


花奏『ううん。』


湊「他にあったりする?」


花奏『他は…。』





°°°°°





深見「この町出よっかな、いつか。」


花奏「…。」


深見「…私とずっと一緒に育ってきた、妹みたいな子がいるんだけどね。その子が言ったの。この町を出るって。」


花奏「…。」


深見「その子、こっちの訛りで話さなくなって、標準語になったんだ。」


花奏「…。」


深見「私もついて行こうと思ってさ。だから標準語勉強中。どう?上手い?」





°°°°°





花奏『みたいなこと…とか。』


湊「あぁー…この頃には、なんだ。」


花奏『…でも、あと話したことと言えば…。』


湊「…?」


花奏『人を信頼するのは難しいって話ぐらい。』


湊「なるほど。」


花奏『…詩柚さんと話した過去で言うとそれくらいしかないや。…あんまり参考にならなかったかもね。』


湊「んなことないよ!なんかいろいろ合点が一致して怖いくらい。」


花奏『ほんと?ならよかった。』


湊「そっかぁ…。」


当時のゆうちゃんの

夏の不思議な過ごし方や

過剰な保護の理由はわかった。

だけど、例の殺人事件に

関係するかと問われると些か怪しい。


あまり繋がりを

見出せずにいると、

花奏ちゃんがまた口を開いた。


花奏『あとね。』


湊「うんうん!」


花奏『…詩柚さんとの話で出たわけじゃないんだけど、他の人との間で話題になった事があって。』


湊「それってどんな?」


花奏『…話そうか迷ったけど、詩柚さんについて知りたいって事なら、必要かと思って。…町に出回ってたみたいなこと言ってたし、もう知ってるかもだけど。』


今でも迷っているのか、

言葉がまとまっていないよう。


何だろう、

町に出回ってる話なら

よく眠っちゃう話かな。

当時ゆうちゃんは高校3年生だし、

既に睡眠のバランスは

崩れているはず。


しかし。

想像というのはあくまで想像であり

最も簡単に否定されるもので。


花奏ちゃんは

息を振り絞って話してくれた。





°°°°°





森中「お前は知らへんかもしれんけどな、ここに住んどった父親、とんでもないやつやってんな。」


花奏「…?」


森中「娘の友達に手を出したり、この町の女に手を出したり。」


花奏「…。」


森中「それ、何人にまで被害が及んだと思う?」


花奏「…。」


森中「逆に聞こうか。うちや家族、学校の奴ら。何人免れたと思う?」


花奏「…。」


森中「1番の被害者はこの家の娘やな。」


花奏「…っ!」


森中「ほんまに可哀想。」





°°°°°





花奏『……その話をされながら連れて行かれた場所が、詩柚さんの家だった。』


その瞬間。

どく、と心臓が跳ねて、

周囲の音が消え去ったように思えた。


湊「………え?」


詩柚。

ゆうちゃん。


……。

……。

…ごめん。

全然上手く飲み込めない。


待って。

今、何て?


頭の中で反芻する。

父親。

ゆうちゃんの父親が悪い人。

娘の友達に手を出したり、

町の女性に手を出したりした。

沢山の人が被害に遭った。


1番の被害者は、その家の娘。

1番の被害者は、ゆうちゃん。



被害者。



手を出すって?

まさか。



その単語が、ひとつ浮遊する。

うまく掴めない。

理解が、追いつかない。


湊「…………そ……。」


そんな話、

聞いたことない。


1度も聞いたことない。

町の人からも、

お母さんからも、

ゆうちゃんからも。

聞いたことない。


聞いてない。


何それ。

何それ。

何それ?


聞いてないよ。

ねぇ。


話してくれなかった。

何で話してくれなかったの。

あの時。

あの日々、

ずっとあなたが辛そうだったのは

このせいだったの?


黙ってたことってこれ?

いつから?

いつまで被害に遭っていたの。

嫌なことをされて抵抗できなかったの?

それでも…どうにかして

誰かを頼ることはできなかったの?

どうして。

どうしてもっと早く

周りに相談しなかったの……?


…娘の友達って。

…。

…。


湊「…………うち……?」


だから。

だから、相談できなかったの?

うちに何も話してくれなかったの?


ゆうちゃん。


もしかして。

「守る」って、これ?


もう2度とうちに

よくない手が伸びないように、

ずっと一緒に帰ってくれたの?

目を離さないでいたの?

上京してまで、

ついてきてくれたの?

留年の話は定かじゃなくとも、

4年間ずっと一緒にいようとしたの?


だから、付き合おっかって言ったの?


ねぇ。


彼女のこれまでの不可思議で

過保護な行動全てに

キャプションがつけられたように、

意味あることだとわかってしまう。

ただの過保護じゃない。


もしも花奏ちゃんの話が本当なら、

ずっと。

ずっと、ずっと。

守ってくれていたんだ。


昨日、時間を返せと思うなんて

言ってしまったことに酷く後悔する。

だって、そう思っているのは

そう思うだけの権利があるのは

ゆうちゃんじゃないのか。

布団をぎゅっと握りしめる。

しわになって、布を通して

自分の爪が手のひらに食い込んだ。


湊「……その話の…娘の友達って…誰か聞いた?」


花奏『ううん。』


湊「…そ…っか。」


花奏『…私も詳しいことはわからないけど、2人が幼馴染って聞いて…湊も傷つけることになるかとも思って、迷ってた。ごめん。』


湊「大丈夫。…全然、うちさ、本当にそのこと知らなくて…てか、手を出されたかも…みたいな話も全く覚えてないんだよね。」


そう。

手を出された、と話すが

うちにはその記憶がない。

全くない。

異性関係で嫌な思いをした記憶が

何ひとつとしてないのだ。

だから本当にうちのことなのか自信はない。

…けれど、当時のゆうちゃんの交友関係から

うちである可能性は高い。


歩『…衝撃の強いことって忘れるようになってるから、あんたもそうなんじゃない?』


湊「……。」


あんた「も」と言う言葉が引っかかる。

この話に入る時、

紙を拾い上げる音がしたのは

そのせいだろうか。


花奏『思い出せないんだったら、そのままがいいよ。』


湊「……うん。…でも、絶対に必要な話だった。ありがとうね。」


花奏『ううん。』


「ありがとう」ともう1度溢す。

花奏ちゃんがいなかったら

きっと誰も教えてくれなかった。

思い返してみれば

ゆーきお姉さんも言っていたっけ。





°°°°°




友紀「あのこと、ほんまに大変やったな。湊んとこと深見んとこのやつ。」


湊「……え?」


友紀「え?って。……あー…今回長く帰省してるのって、その話があったからじゃないんや?」





°°°°°





純粋に、大輔さんとうちのお父さんが

いなくなったことを

指していた可能性もあるが、

今思えば大輔さんに

手を出されていた話であるとも取れる。

そして、今になって

役所のおじちゃんの反応にも納得いった。





°°°°°





「あぁ、深見さんとこの。あれ、今は苗字変わったんやっけか。」


湊「っすねー。ゆうちゃんから、家族がどんな感じなのか、もし暇だったら聞いてほしいって言われてて。」


すると、おじちゃんは

訝しげに眉を片方吊り上げた。


「…深見さんとこの娘さんが?」


湊「そう!」


「まぁ、時間経ったもんなぁ。もうそろそろ出てきたっておかしくないしな。」


湊「…やっぱり行方不明のまま?」


「やなぁ。捜査もそんな長引かへんかったし、探しきれてなさそうやけど…まぁ仕方ないわな。」


湊「忙しかった感じ?」


「いやぁ、詩柚ちゃんとこの父ちゃんの大輔はな、めちゃくちゃ仕事できるやつやってん。キミのとこの亮と一緒にあの会社の上登り詰めるんや言って、切磋琢磨しよっててな。」





°°°°°





それから大輔さんの過去のお話になった。

おじちゃんからしてみればおかしいことだ。

だって加害者である大輔さんの現状について

ゆうちゃんが知りたいと思うはずもない。

行方不明の捜索も短く終わったのは、

被害者が他にもいたからじゃないのか。

ちゃんとしているていで捜索はしたけれど、

失踪して内心ほっとしている人も

大勢いたんじゃないのか。


町全体で隠してたんだ。

それか、無かったことにしたくて

話を合わせずともみんな黙っていたんだ。


嫌なほどゆうちゃんの苦しみを

想像してしまう。

「消えたい」と話した日々も

「付き合おう」と言った背景も、

日時場所問わず眠ってしまう理由も。


…。

…。


最後に花奏ちゃんと

少しだけ言葉を交わす。

放心状態になってしまい

上手く話せなかったけれど、

ひたすらありがとうと伝えた。

そして。


花奏『もし、さ。学校行きづらかったら呼んで。一緒に行くから。』


湊「うん、ありがとう。また話そ!受験応援してる!」


誰かからうちが不登校だと聞いたのだろう。

自主登校期間だし

知らないと思ってたのに。

なーんだ、と諦めのため息が溢れかける。

同時に優しい言葉に胸が温まった。

しかし、それ以上の混沌とした気持ちは

鎮まることはない。

そして、電話を切った。


湊「……。」


ゆうちゃんは。

……。

…。


頭の中の考えがまとまらず、

布団を飛び出して窓を開ける。

冷たい風が頬を叩く。

窓の外に広がる田畑と畦道。

遠くに見える学校。

そして、ここからは見えないけれど

もう少し先に存在しているゆうちゃんの家。


湊「……っ。」


馬鹿。

困惑した脳の隅で

そんな言葉が脳裏をよぎった。

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