叶った願いについて
いろは『もしもーし。ごめんねー急に電話しちゃって。』
湊「ううん、平気よん!」
いろは『最近どうー?』
湊「まぁ…いろいろ調べてる途中!この前は無理なお願いだったのにありがとうね。」
いろは『ううんー。お安いご用だよー。』
七ちゃんといろはに
調査をしてもらってから
もう1週間が経とうとしていた。
帰ったら1度会って
お礼をしなきゃなと思う反面、
いろはと1対1で話すのは
後ろめたくもあった。
彼女と話していると
自分の悪い面ばかり見えてくる。
今日は七ちゃんを挟まず
2人だけでの通話だった。
いろは『何か新しいことはわかったりしたー?』
湊「たはは…全部を聞く勢いじゃないですかい!」
いろは『あそこまで聞いて調査もしたら、結末は気になるよー。』
湊「んー…それもそうだよねー。」
いろは『答えは出そうー?』
湊「微妙。だけどもうちょい粘ってみるよん。」
いろは『わかったー。学校、早めに戻っておいでねー。』
湊「え?あはは、普通に忘れてた!」
いろは『そんなー。湊ちゃんがいなくて寂しいよー。』
湊「嬉しいこと言ってくれるねい!でも学年違うしそんな会ってなかったくない?」
いろは『たまーに会って声かけてくれるのがいいんだよー。でもそれは今は絶対にないから、寂しいなーって。』
湊「でへへ。」
いろは『本当に寂しがってるんだよー。』
湊「はーいはいはい、気が向いたらね!」
いろは『待ってるよー。』
湊「あいよ!んで、今日は何の用事のお電話だったの?」
いろは『あー、うん。あのね。』
電話越しにささやかなノイズの音がする。
きっといろはの家でも
暖房がついているのだろう。
布団の中でスマホを持つ手を変えた。
いろは『やっぱりさ、ちゃんと話したいなーと思ったんだー。』
いろはは落ち着いた声で、
宥めるようにそう言った。
湊「ちゃんと話すって…事件のこと?」
いろは『ううん。』
湊「え、違うの?」
いろは『どちらかというと湊ちゃんのことかなー。』
湊「うち?」
いろは『うん。言われちゃったんだよね、湊ちゃんの意見を聞いてこいーって。』
湊「…全然話が見えてこないんだけど」
いろは『まあまあ、一旦聞いてよー。』
湊「わかった…その後怒涛の尋問だけはやめてちょ?」
いろは『多分そうなるから覚悟しててねー。』
湊「うへえ。」
いろは『まずねー…ごめんなさい。湊ちゃんや他の人に興味がないこと…興味持てないから仕方ないじゃん、で済ませようとしてた。』
いろはが、雪の降る音のように
静かにそう伝えてくれた。
調査をお願いする前の
いろはとの電話を思い出す。
°°°°°
湊「……たいしてうちのことに興味ないくせに。」
°°°°°
そのことが彼女の中で
引っかかり続けていたらしい。
うちもうちで
思い出さなかったわけではないが、
事件に引っ張られて
幾分か忘れかけていた。
改めて思い返すと
本当、なかなかに嫌なことを言ったと思う。
湊「それは…うちのほうこそごめん。」
いろは『いやいやー、あの時はぐさっと刺された感じだったよー。図星ってやつー。』
湊「でも…興味持てないっていうのは実際仕方なくない?無理して持つものでもないし…。」
いろは『でも、工夫はできるんじゃん?私なりに頑張って、興味を持とうと思ったんだよー。』
あの自由気ままで
興味の矢印がいつも
自分に向かっているいろはが?
俄かに信じがたい話だが
黙って耳を傾ける。
いろは『何色が好きなのかなとか、好きな食べ物とか。でもそういうことには惹かれなくて。』
湊「ほほー。」
いろは『でもね、調査のこととか、夏2人で時間と並走した時に話したこととか…そう言ったことは自然と知りたいなって思ったのー。』
湊「…。」
夏前。
いろはのおばあちゃんの家に
1週間ほど滞在した時に話したこと。
…といえば、いろはの絵のことばかり
思い浮かんでしまうが、
夜に話した恋バナだったり、
うちの住んでいた田舎の話や
スマホを持つまでの
経緯の話だったりするのだろう。
息を吸った。
僅かに震えた。
いろは『私は湊ちゃんが隠してることに興味があったみたい。今回だってそう。』
湊「まあ今回の一連の事件は確かに不思議なところは多」
いろは『隠してるっていうのは追ってる一連の事件のことじゃないよー。湊ちゃん自身も覚えてないし知らないからこうして調べてるんだしー。』
事件のことであってよ。
と、心の中で声を上げる。
でもいろはは続けた。
いろは『事件を知って、どう思ったかとか。今湊ちゃんは何を考えてるんだろうーとか。そういったこと。』
湊「…。」
いろは『明るい話じゃない時は感情も考えも丸ごと全部隠すでしょー。』
湊「そうかなー。」
いろは『私からみるとそうだよー。例えばだけど、友達同士が誰かの悪口を言ってるのを聞いちゃって、同意を求められた時に「あー」だけで返す、みたいな。もちろん乗って悪口は言わないし、「私はあの子のこと好き」とも言わないの。』
湊「…。」
心当たりしかなかった。
今いる自分の輪を崩したくもない。
それに加えて、理由も事情もなしに
人を蔑み貶めることもしたくない。
結局全てをなあなあにする返事だけして
話題を変えて笑っておく。
それが1番丸く治る方法だった。
でも、それ自体は
悪いことではないはずだ。
いろは『だから、湊ちゃんはいつ誰に自分が思ったことをそのまま話してるんだろうなーって気になっちゃった。』
湊「友達とかに愚痴っぽく適当に話してるよん!」
いろは『そうは思えないけどなー。』
湊「まさか…友達いないでしょーって言おうってのかぁい!」
いろは『あはは、もちろん違う違うー。…だって事件の話、私と七ちゃん以外にしてないでしょー?』
湊「そりゃあ…簡単にぺらぺら話せることでもないし。」
いろは『それだよ。』
湊「…?」
いろは『今回みたいな重た目なことがあった時、頼ったのは私や七ちゃんのところだったじゃん。クラスの友達ではなかったでしょ?』
湊「…だね?」
いろは『最初の避難先がここだったんだよね?』
湊「…。」
最初の避難先という言葉が引っかかる。
きっとこれまで、避難先にしていたのは
ゆうちゃんやお母さんのところだったはず。
それなのに、今回は事が事で
話をする事ができなかった。
…今回は?
その他のことは?
愚痴っぽい話や失敗談は
友達との間で軽く流すようにできる。
けれど相談となって
頼った場所といえば?
それこそ、留年になった時は?
…誰にも話さなかったよね。
事後報告で伝えた程度で、
どうしたら留年が回避できるか、
高校に残るかどうかも含め
自分で判断していた、と思う。
湊「それでいうと、そうかもねん。」
いろは『…口汚く言ってもいいからさ、今わかってる段階でいい、事件を通してご家族やその周りの人…羽元さんに対してどう思ってるのか知りたい。』
湊「そのことねー。」
口汚く言ってもいい。
…と言われましても。
できるだけ明るく変換しようとするのは
標準搭載の機能のようなもので、
悪く言うのは難しく感じる。
口悪く言え、という意味ではないし
思ったまま言えばいいだけなのだけど、
いい言葉が見つからない。
湊「うーん…不思議だなー…くらい?あと、何で隠してるのかなー、とか。」
いろは『疑問だけ?こう、ムカつくとか悲しいとかはないのー?』
湊「正直びっくりってところが大きくて困惑しっぱなしかなん!」
いろは『なるほどー。』
多分もっと深ぼれば
この感情に似合う言葉は
見つかるのだろうけれど、
今それをするべきではないと感じ取る。
すると次に口から溢れるのは
紙より薄っぺらい言葉。
いろはもそれを感じ取ったのか、
はたまた現段階の調査では
そうとしか思えないよねと納得したのか、
「わかったー」と返事をする。
いろは『じゃあさー。』
湊「ほいほい。」
いろは『留年のことは?』
声色を変えずに
唐突に出てきた単語にびっくりする。
もしかして今年も
留年するであろうことを
知っているのかとも疑ったが、
そのことは誰にも話していない。
知るはずがないので
自然と前回の留年のことかとたどり着き
安堵の息を漏らす。
湊「留年?なんで急に?」
いろは『たまたま急に思い出したんだー。それで、その時のTwitterを見たらだいぶけろっとしてたけど、本当はどう思ってたの?』
湊「まー、運が悪かったなーとしか言いようがないよん!うちが遊びすぎちったせいだしね!」
いろは『それでいい?』
湊「なあによもー、疑い深いんだか」
いろは『留年「させられた」だよね?』
湊「…っ!」
今。
聞き間違い…じゃないよね。
留年させられただよね、って聞いたよね?
留年させられたって
思いつきで出る言葉じゃない。
何で。
それ、知ってるの?
鎌かけただけ?
でも、それにしてもおかしいよ。
湊「…ごめそ、何でそう思うの?学校に聞いた?」
いろは『ううん。…この前、羽元さんと彼方ちゃんと3人で話したんだー。』
湊「…ゆうちゃんと。」
いろは『…その時にね。』
電話越しのノイズが大きくなる。
暖房が轟々と息を吹く。
そして、いろはの声が乗った。
°°°°°
彼方「定時制ってさ、4年制なんだよ。」
いろは「…!」
詩柚「…。」
彼方「ま、どうやって細工したかは知らない。でも、高田をそばに置いておきたい詩柚にとっては、最高のメリットでしょ。」
いろは「……本当に…そうしたの…?」
詩柚「あはは、できっこないんじゃないかなあ。」
°°°°°
いろは『…って。』
湊「…。」
いろは『留年させたって証拠はない、手段もわからない。だけど…何となくで話して疑って…最低なことを言うけど…私は羽元さんが原因なんじゃないかと思ってる。』
湊「……ゆうちゃんが、そんなことするわけなくない?」
いろは『…。』
湊「……だって…。」
やたらと守るって言っていたし、
うちに直接影響のあることは
流石にしないって…。
そう…思うし…。
でも…。
°°°°°
詩柚「私が湊ちゃんに悪いことばかりしたんだ。何年もの間ずっと。」
---
詩柚「もっと長く…この冬が終わったとしてもあと10年くらいは守ってあげられればいいなと思ってた。でも、そんなの湊ちゃんからしてみればおせっかいでしかないよね。」
---
詩柚「湊ちゃんの考えも自由も普通も…奪って無かったことにするなんて、本望じゃない。なのに、私はそうする方を選んでた。」
°°°°°
守るというのがもし、
近くに居続けることだとしたら。
だとしたら、
ゆうちゃんが隠れて
一緒に上京してきた意味もわかる。
別れる時に
「自由も普通も奪った」なんて言葉が
出る理由もわかる。
「悪いことばかりした」と
思ってしまうのもわかる。
できるかどうかはさておき、
ゆうちゃんが関わっているという仮定は、
とんでもなくきれいに
枠にはまっていく感覚がした。
なのに、いつまでも
そんなはずはないと反芻している。
信じたくない自分がいた。
湊「…。」
いろは『…今の感じを聞くにさ、留年させられたのは本当なんじゃないの。』
湊「…。」
いろは『湊ちゃん。』
湊「…たはー、そーっぽいんだよねー。」
いろは『…。』
湊「なんかさ、うちべらぼーに勉強できるってわけでもないけど、まあまあ頑張ってた方なのね?なのにテストが返ってきたら、こりゃ絶対嘘だろー!って点数でさ。誰かのと間違えられてるんじゃないかって思っちゃうくらいで。」
いろは『明るくしなくていいよー。』
口が変に回る。
なのにいろはは
全てを包むような優しい声でそう言った。
いろは『ここに明るさはいらないよ。』
湊「はは、でもさ。真っ暗すぎてもね?もう終わったことなんだしさ。」
いろは『湊ちゃんの心の整理がついてないなら、終わったことにしなくていいんじゃないかなー。』
湊「心の整理くらい」
いろは『何でーって怒るでしょ、悲しくなるでしょ、普通。』
湊「…。」
いろは『それを吐かずに飲み込んでたら、いつかずれてきちゃうよー。頭も胃もブラックホールじゃないんだしー。』
湊「普通、ね。」
いろは『私だったらまず焦るし、いろんなところにこれはおかしいって言って直談判するし、再テストしてもらう。先生に目の前にいてもらって、目の前で採点してもらうくらいまでしちゃうかも。』
湊「…。」
いろは『それでもだめだったら、高校生になったけど子供みたいに親に当たるだろうし、親の膝に抱きついて大泣きすると思う。』
湊「…あは、大泣きするいろはって全然想像つかないねー。」
いろは『そのくらい私でもぶわって吐くことはあるよーってこと。』
湊「…。」
いろは『そこまではせずとも、少なくとも友達には愚痴を長々と吐くかなー。』
湊「…。」
いろは『そんな理不尽なこと、飲み込んでらんないもんー。』
理不尽なこと。
そっか。
これって理不尽か。
そうだよな。
思ってもみればそうだ。
理不尽を理不尽と
捉えるだけの感情も感覚も
あったはずなのに、
見逃すようになってしまった。
理不尽なことには
噛みついたってしょうがない。
待っていれば正当に
なるなんてことはないのに、
噛みついた方が大変だからと
諦めるようになっていた。
いろは『本当は留年のこと、どう思ってたのー。』
本当は。
…。
…。
言ってしまったが最後。
うちはこれまで作り上げてきた、
これが自分の素だと
錯覚するほどに馴染ませてきた顔を
剥がすことになる。
うちは、高田湊は
笑っていればいいだけなのに、
その役目を捨てるも同義なのに。
自分の感情を優先するなど、
あってはいけないことのはずなのに。
いろは『湊ちゃん。』
湊「…。」
いろは『自分から逃げないで。』
優しい声が
痛いほど刺さる。
いろは『自分をお人形にしちゃ駄目だよ。』
湊「…!」
°°°°°
いろは「自分の絵を愛せないんだよー。」
湊「…っ。」
いろは「愛せない醜いとすら思ってしまうそれを、産み続けろと言わないで。」
湊「逃げないで!」
いろは「…。」
湊「逃げないでよ!うちからも絵からも!」
いろは「それはこれまで逃げたことない人だけが説得力を持って言えるんだよ。」
湊「ろぴ。」
いろは「湊ちゃんは全部を見ないふりするのに。」
湊「それは今関係ないでしょ。」
いろは「そうだね。ごめんなさい。」
---
いろは「それにしてもいつも見ないふりをするのにどうして今回はこんなに知ろうとしてくれるの。何を怖がってるの。私の問題なのに。」
湊「だからだよ。大切な友達だから怖いんだよ。」
いろは「大切ならどうか、私の意思を尊重して欲しいな。」
湊「そしたら…」
いろは「残念ながら、私は湊ちゃんのお人形じゃない。」
湊「…!」
°°°°°
逃げ続けてきたんだ。
逃げ続けていることから
目を背けてきたんだ。
お人形である事が
いい事だと、最善策だと信じて。
でも、もしも
何のしがらみも考えなくていいなら。
考えなくて、よかったら。
普通だったら。
湊「……ふざけんな…。」
いろは『…。』
湊「…って、思ってる…かもね。」
言った。
言ってしまった。
でも、うちは確かにこう思っていた。
そのはずだ。
うちだったらどこでだってやっていける。
この田舎でだって神奈川でだって、
バイトでも就職するでも
また留年するでも、大学受験するでも、
なんだってできるって思ってる。
やれると思っている。
だけど、これまでのことに
何とも思っていないかと問われると別だ。
思ってた。
ふざけんなって、
何でうちが、って。
いつかこの理不尽すらも
いい方向に捉えることができればとも。
けれど、理不尽を100%
肯定しようとしては
魚の小骨のような違和感が喉に刺さった。
水を飲んだ。
しかし流れてくれない。
一層深く喉に刺さる。
それでも飲み込もうとしてきた。
外に出したが終わりだ、
高田湊は笑ってなきゃいけないから。
いろは『…そりゃそうだよー。』
湊「…。」
いろは『頑張りすぎだー。』
湊「…あはは、笑ってなきゃ駄目だったから、なんかもう…ね。」
わかんなくなっちゃった。
最後にそうひとこと付け足した。
お人形になりたくないと言いながら
いろはに押し付けたこともあったけれど、
1番は自分をそうしていたのかもね。
いろは『笑ってなきゃ駄目って言われたの?』
湊「いいや、そう言うわけじゃないけど…自然とそういう環境だったというか。」
いろは『その話聞いてもいい?』
湊「もうここまで来たらいっか。逃げてきたツケだね。」
これは、きっと
うちがゆうちゃんに
しようとしていること。
彼女と向き合うのならまず
うち自身も向き合わなきゃ。
逃げるのをやめなきゃ。
湊「…いつからかな、多分中学に上がったくらいから町のみんなから見られてる感じがして、なんでいえばいいんだろう…こう…肩身が狭いなとは思った。」
いろは『怖いとかうざいみたいな。』
湊「幅広く纏めちゃうとそういう言葉になるんだろうけど、あまり雑に纏めたくないかな。ほんと、ちょっこし肩身が狭いくらい。何かをしようと思った時、ほんの一瞬、近くの人の顔色を伺うくらいの。」
いろは『なるほど。』
湊「ただの自意識過剰だったのかもしれないけどさ、もしうちが暗い顔してたら話が周りに回って、お母さんに何かあったか聞かれたりすることもあったんだ。」
いろは『…。』
湊「だからって言うのもあるし…お母さんもゆうちゃんもうちを離さないようにってしてるみたいで…だから上京を決めたのに、ゆうちゃんは連絡もなしに同じ高校を受験して、ついてきた。」
いろは『うん。』
湊「おかしいと思った。でもさ、それでもうちが折れちゃ駄目なんだ。」
おかしいと思ったから噛みついたり、
ついてくるなと憤慨したり、
うちから見捨てたりなんて
できるはずもなかった。
湊「お母さんもゆうちゃんも突き飛ばしたらすぐさま消えちゃいそうな人たちで…うちが支えなくちゃいけないの。」
町の人から周りに回って
話が届くのだって、
お母さんが心配しているからだ。
湊「見張られてるように感じたとしても、それはうちを大切にしているからっていうのは伝わってるから。大切な人ってことに変わりはない。」
いろは『…そうだとしても…』
湊「うちが笑ってたらさ、お母さんもゆうちゃんも笑ってくれるの。2人とも、昔に比べたらめたんこ笑うようになったんだよ。他の学校の友達だって同じ、笑顔も楽しいも嬉しいもちゃんと伝播する。」
いろは『…。』
湊「だからうちは笑ってなきゃいけない。」
だからか、と自分でも腑に落ちる。
言語化してみると
案外どうでもいいことのように思える。
けれど、うちにとっては
これが1番の過ごし方だった。
中学時代に馴染んでしまった生き方は
今になっても外す事ができなかった。
大切な人のために
始めたことだった。
いろは『…辛くないの?』
湊「わかんない。へらへらしてるのって楽だし、それが常になっちゃったから。でもこれが多分最適解だったと思うよ。」
いろは『…。』
湊「うちまで泣いてたら、多分、もう全部が駄目になってたと思うから。」
不謹慎な話だけれど、
うちがこうしていなければ
みんな、もうとっくに
いなくなってたんじゃないかとも思うから。
湊「……仕方のないことだったと思う。だけど…。」
いろは『…。』
湊「…うちの時間も生活も全部返せ、と思う時もある。」
自分を知るのも
受け入れるのも怖い。
でも言葉にしてみて
納得してしまった。
湊「ごめん、すごく性格の悪いこと言った。」
いろは『だねー。』
湊「できるなら忘れて。」
いろは『忘れたよー。』
湊「ありがと。」
これからも時折ふらりと
逃げ続けるだろうし、
ゆうちゃんやお母さんに対して
思うところはあっても
笑顔であり続けるだろう。
だけど、うち自身がこう思っていること、
この疑問も不信感も持ってして
ゆうちゃんのことを知ろうとしていることを
心の中で明確に抱えていても
いいのかもしれない。
ちゃんとゆうちゃんと話し合い、
正面切って喧嘩することになったら、
それはそれで本望だ。
湊「だからこれからもちょいとふざけさせてよ。」
いろは『…仕方ないなー。』
ふふー、と春風のように笑う
いろはの声が耳を掠めた。
自分と向き合って
きちんと勝ったはずなのに、
何故か心地よく負けた気分になった。
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