高田湊の将来について
湊ちゃんがさまざまなことについて
調べているかもしれないと
連絡が入ってから
およそ2週間弱が経た。
学校やSNSを見るに
湊ちゃんはまだ
関東の方には戻って来ていない。
夕方学校に来ては
ぼんやり体育館を見て、
湊ちゃんがいないことを確認する。
しばらくは会わないって言ったのは
私の方だったのに、
結局こうして探し始めるのは
私からなんだ。
詩柚「…。」
私が言葉を尽くせば
戻ってくる保証はあるのか。
それとも、もっと怪しいと思って
一層調べごとに
のめり込んでしまうのだろうか。
湊ちゃんは常に
自分の軸で動いているというよりかは
周りの空気を尊重して
それを崩さないように
生きている節がある。
よく言えば協調性があり
悪く言えばなびきやすいのだ。
私が説得すれば
もしかしたら流されてくれるかもしれないが、
恋人ではなくなった今、
1番近くにいる人でなくなった今、
私の言葉が届くのかわからない。
そんなこと言わずとも
…とうに届いてなかったかもね。
詩柚「……はぁ…。」
「でっかいため息。」
詩柚「…!」
授業前、まだまだ時間があったので
空き教室で一睡しようと
廊下を歩いていると、
鼻に抜けるような聞き覚えのある声が
後ろから聞こえて来た。
振り返ると、そこには彼方ちゃんが
腕を組んで立っていた。
彼方「幸せ沢山逃げたね。」
詩柚「…そうかもねえ。」
彼方「何かあったの。」
詩柚「まあね。」
彼方「もしかせずとも高田のこと?」
詩柚「…。」
彼方「何も言わないのは正解じゃん。」
詩柚「…だねえ。上手い返事がみつかんないや。」
彼方「求めてないからそういうの。」
彼方ちゃんは「こっち」と
手招きをして背を向けた。
廊下で話すには長くなると踏んだらしい。
ほぼ誰も登校しなくなった
3年生の教室に入って暖房を入れる。
窓側の後方の席に
縦に並ぶようにして腰掛けた。
彼方「体育とか隣のクラス合同だし、それ以外に学年で集まる授業も何回かあったけどさ。」
詩柚「うん。」
彼方「高田、学校来てないよね。」
詩柚「…そうみたいだねえ。」
彼方「なんでか知らないの?」
詩柚「…詳しいことはわからないなあ。」
彼方「別れたのが原因で家にいるとかじゃないんだ?」
詩柚「うん。それが原因なら別れてすぐ学校来なくなるんじゃないかなあ。」
彼方「まあ数ヶ月は経ってるか。」
詩柚「うん。」
彼方「遅効性の毒だったとか。」
詩柚「…どうなんだろうねえ。」
彼方「外には出てんの?」
詩柚「珍しいね、そんなに気にするなんて。」
彼方「うちが気にしてんのは高田本人より、高田が側からいなくなった今の詩柚。」
その言葉の裏には
最も簡単に消えそうだからね、と、
自分もそっち側だからわかるよ、と
言っているかのようだった。
窓を背に座り、
しかし壁に背を預けられないままでいると、
教室の入り口の扉についた小窓から
廊下で誰かが通り過ぎるのが見えた。
かと思えば、その人は2度見し、
足を止めて教室の扉を開いた。
ふたつ結びが特徴的な、
久しぶりに見る顔だった。
いろは「いたー。」
彼方「いろは?何で急に。」
いろは「ちょっと羽元さんにお話があってー。」
詩柚「…。」
いろは「2人は何の話をしてたのー?」
彼方「タイムリーじゃん。ちょうど高田の話してた。」
いろは「あ、湊ちゃんの話って見抜かれてるんだー。」
彼方「詩柚に話があるなら大概それしかないでしょ。」
いろは「なるほどー。」
西園寺さんは机一つを挟んで
対面するように立った。
詩柚「えっと…じゃあ、申し訳ないんだけど彼方ちゃんは席を外すとか…」
彼方「やだ。」
詩柚「…早いなあ。」
彼方「うちも関係あることだしいいでしょ。」
詩柚「……私はいいけど。」
いろは「私もいいよー。」
隣の席で彼方ちゃんが
足を組むのがわかった。
彼方ちゃんまでも西園寺さんと対面するよう
足を向けたら面接っぽくなるからか、
彼女は足の方向を変えて正面を向き、
背もたれに体重を預けた。
詩柚「それで…話って?」
いろは「単刀直入に聞きますね。湊ちゃんのことなんですけど、学校来てない理由って知りませんかー?」
詩柚「…さあねえ。」
いろは「それは知らないから?私に教える価値はないから?どっちですかー。」
詩柚「尋問みたいだねえ。」
いろは「実際それみたいなものですしー。それで、どっちなんです?」
彼方「いろはは気になったことがあればしぶとく追い回してくる派だから、早々に諦めた方がいいよ。」
詩柚「西園寺さんの肩持つんだ。」
彼方「経験上のアドバイス。」
詩柚「彼方ちゃんが知りたいだけじゃないかなあ。」
彼方「うちの話はいいんだよ。」
バツが悪くなったのか
机に肘をついてため息を吐いた。
残念なことに、西園寺さんは
引く考えがないように見える。
なら、いっそのこと
西園寺さんが湊ちゃんのことについて
どこまで知っているか
認知できるいい機会だと思えばいい。
詩柚「わかった、教えるよお。」
いろは「本当ですか。」
詩柚「その前に、いろはちゃんは湊ちゃんから何で聞いてるの?」
いろは「私?私は「冬休みの延長をしてる」「前住んでた場所に帰省してる」とは聞いてますよー。」
詩柚「何だ、聞いてるんだあ。」
いろは「羽元さんには本音言ってそうだなーって思ったんですけど。」
詩柚「今は帰省してるってことぐらいしか知らないよお。」
いろは「そのくらいなら最初から話してくれてもよかったのにー。」
彼方「それなー。」
詩柚「彼方ちゃんもそっち側なんだあ。」
彼方「どうでもいいことまで隠しがちだしね。経験上のなんとやら。」
いろは「湊ちゃんは長めの冬休みって言ってたけど、何もなかったらそんなことしないと思うんです。」
詩柚「…。」
いろは「…こうなってるきっかけ、何か知りませんか。」
湊ちゃんが学校に来なくなったきっかけ。
ひとつは私と彼女が別れたこと。
もうひとつ思い浮かぶのは
秋から冬にかけて
私が主に巻き込まれていた
不可思議な出来事で、
最後の選択肢にて
湊ちゃんが留年するを選んだこと。
他に考えられるものとしては、
何かしら、ひょんなことから
今行っている調べ物の一端を
知ってしまったこと。
これらが明確にきっかけだったとは
断言できないけれど、
思い当たる節があまりにも
多すぎるなと心の中で苦笑する。
詩柚「さあ。」
いろは「さあって」
詩柚「思い当たる節が多すぎてわかんないや。」
いろは「…そうですかー。」
詩柚「だから残念だけど、西園寺さんの求める答えは」
いろは「じゃあ考えてください。」
詩柚「…じゃあって。」
いろは「わからないなら考えてほしいです。どれがきっかけだったか、どうすれば湊ちゃんが戻ってくるのか。考えて、行動して…行動するのが難しいなら、私が代わりに動きますからー。」
詩柚「…湊ちゃんに戻って来て欲しいんだ?」
いろは「そうですねー。最終的には。」
彼方「口挟ませて。いろはってさ、そこまで他人事に深入りする方だっけ?」
いろは「あー…普段はしないねー。」
彼方「じゃあ今回は何で?」
いろは「だって、ずーっと表向きで殻を作って過ごしてた湊ちゃんが、こうも堂々と見える形で捨てたんだよー?その殻って、湊ちゃんがものすごく大切にしてたものだと思うんだー。」
彼方「それを捨てるほど、よっぽどのことが起きたと。」
いろは「うん。そうなんじゃないかなーって。あとは…殻を捨てちゃった今なら、湊ちゃんが湊ちゃん自身や周囲のみんなと向き合えるような気がしたんだよねー。」
詩柚「向き合う…。」
いろは「湊ちゃん、生きるのが上手だから何でも平気そうに見えちゃうんだよー。想像でしかないけど、平気なふらをして抱え込みすぎて、今回みたいなことになってるんじゃないかなー。」
そう言えば津森さんにも言われたっけ。
誰とどう向き合うか考えなよって。
どうして、どうして
向き合う前提なんだろう。
向き合わなければ進まなくていいのに。
逃げ続ければきっと
楽になることだってあるのに。
詩柚「向き合う必要は…ないんじゃないかな。」
いろは「そうですかー?」
詩柚「逃げ続けて良くなることだってあるよお。」
いろは「それは羽元さんじゃなくて湊ちゃんが決めることなんじゃないですか。」
詩柚「…それは」
いろは「…傷つけるかもだけど、言いますねー。」
詩柚「…。」
いろは「湊ちゃんが学校に来なくなった原因、羽元さんにあると思うんです。」
詩柚「…そっかあ。」
いろは「前に聞いたことがあったんです。中学だか小学だか、下校は絶対一緒じゃなきゃ駄目だったこと。…他の人と帰ったら駄目だったこと。」
詩柚「…へえ。」
いろは「過剰に側に置こうとする感じ、離さないように…というより、逃げないようにしている感じがしますー。」
詩柚「…湊ちゃんがそう言ったの?」
いろは「原文ママではないですけど。…でも、監視されすぎている感じはするって言ってましたねー。」
詩柚「そんなに話しちゃっていいの?湊ちゃんはいい気はしないんじゃないかなあ。」
いろは「湊ちゃんに戻って来てもらうには必要なことだと思ってます。あ、彼方ちゃんは今日聞いたことはしー、ね。」
彼方「はいはい話しませんよーだ。」
彼方ちゃんは話を聞くだけに飽きたのか
スマホを取り出して
画面をスクロールしだしていた。
西園寺さんはというと、
今いる位置に立ってから
まるで微動だにしていない。
彼方「あ。」
いろは「なあに?」
彼方「あー…詩柚。あんたの高校のこと話してい?ほら、あの背の高い人とのこと。」
詩柚「それは…。」
彼方「いいの、悪いの?」
詩柚「…よくはない。」
彼方「じゃ話す。」
詩柚「…!何で…!」
彼方「詩柚さぁ。高田にどうなって欲しいの?前は普通になって欲しいって言ってたけど、今回は?」
詩柚「……今回…。」
彼方「もっと簡単にしてあげる。学校に戻って来て欲しいかそうじゃないか。」
湊ちゃんが学校に戻って来たら。
また、普通に生活できるのなら
それに越したことはない。
けれど、戻って来たとしても
留年してしまうなら。
その事実が今回の
長期帰省のきっかけだったなら。
でも。
どうしても、あの田舎に
長くは滞在してほしくない。
調べ物がどこまで進んでいるかわからない。
叶うならどうか
何も知らないままで帰って来て欲しい。
…。
…。
…湊ちゃんを苦しめることしかできない
私自身がどうしようもなく憎い。
詩柚「……………………帰って来て、ほしい。」
彼方「思うところはありまくりっぽい反応だけど、一旦の答えはそれね?」
詩柚「…………うん。」
彼方「ならいろはとちゃんと話しなよ。2人の目的はあってんじゃん。何をそんな迷ってんの。」
詩柚「…だって結論はわかるじゃん。湊ちゃんは私と距離が近すぎたから…息苦しくなったから離れた。そういう話でしょ?…だから、このまま離れていればいつか良くなるってことだよねえ。」
彼方「飛躍しすぎ。0か100しかないのやめて。」
いろは「私も2人が完全に離れろって言いたいわけじゃないんですー。」
詩柚「…。」
いろは「それで、彼方ちゃん。さっきの高校の話って?」
彼方「意外と覚えてるよね。あれね。」
彼方ちゃんがちらと一瞥した。
本当に話していいか、
最後の確認だったんだと思う。
天邪鬼な節のある彼女だから、
嫌と言っても話すのだろう。
諦めて首を横に振った。
彼方「…昔、田舎の方の高校に進学してたんだって。でも、高校3年まで行ったのに退学、こっちの高校の定時制に入り直してる。さて、理由は何でしょう。」
いろは「……!…湊ちゃんの入学?」
彼方「多分ね。」
いろは「それは…過剰じゃないですか?」
詩柚「…。」
いろは「……湊ちゃんの邪魔をしたかったとか」
詩柚「そういうのじゃない…!」
いろは「…なら、どうしてそこまで。…普通だったらそんなことしないです。」
詩柚「……。」
彼方「うちさ、ちょっと前から引っかかってることあんだよね。」
いろは「なあにー?」
彼方「高田の留年。」
その言葉を聞いてぞわっとする。
いつから引っかかっていたんだろう。
もしかして。
°°°°°
彼方「定時制って3年で卒業できんの?」
詩柚「私は4年だよお。」
彼方「今何年?」
詩柚「3年って扱いだねえ。」
彼方「来年卒業?」
詩柚「そお。」
彼方「なるほどね。じゃあ……。」
詩柚「…?」
彼方「いや、今は言わなくていいやつかも。」
°°°°°
依存関係が始まるその前から…?
察しのいい彼方ちゃんなら
そう思っていたっておかしくない。
どうか。
どうにか。
突然話が終わって
逃げられないだろうか。
どうにか。
どうすれば。
彼方「高田さ、テストの成績とか張り出されてるのを見るに、結構頭いいんだよ。あれは1年頑張った程度で埋められるようなもんじゃない。」
いろは「…留年は勉強が理由じゃないってこと?」
彼方「もし何もなかったら、あの成績なら1年生の時、留年しなかったんじゃないかって」
詩柚「やめて。」
いろは「その反応は…何か知ってるってことですか?」
詩柚「…。」
彼方「さて問題です。留年したら何が起きるか。」
いろは「…お金がかかる?」
彼方「それはまぁひとつの疑問点ではある。けどそれ以上のメリットがあるんじゃない?」
詩柚「彼方ちゃんは…。」
彼方「ね、詩柚。」
彼方ちゃんはスマホの電源を落とした。
暗い画面越しに
彼女の顔がぼんやりと見える。
うすら笑いしてるんじゃないかと思った。
けれど、実際暗い画面に反射していたのは
宥めるような優しい目つきで。
だけど、今だけは
刃物を突きつけながら
好きだと宣っているように見える。
詩柚「…今回は、敵になるんだね。」
彼方「さぁね。気分次第。」
いろは「…メリット?」
彼方「定時制ってさ、4年制なんだよ。」
いろは「…!」
詩柚「…。」
彼方「ま、どうやって細工したかは知らない。でも、高田をそばに置いておきたい詩柚にとっては、最高のメリットでしょ。」
いろは「……本当に…そうしたの…?」
詩柚「あはは、できっこないんじゃないかなあ。」
いろは「羽元さん。」
西園寺さんは目の色を変えて
ひとつ間に挟んだ机に
両手をついた。
距離はあるとは言え、圧を感じる。
逃げたくて仕方がなかった。
いろは「もしさっきのことが本当だったとして…湊ちゃんの経歴に傷がつくのはどうでもよかったの?」
詩柚「本当にされても困るよお。」
いろは「じゃあ、留年したことをどう思ってたの。」
詩柚「大学に進学してみなよ。一浪の人はたくさんいるよ。」
いろは「違う、羽元さんはどう思ってたかを知りたいの。」
詩柚「特に何も。大丈夫、湊ちゃんなら大学受験で浪人はしないと思う。だってあの学力があって」
いろは「そういう話じゃない。」
語気を強め声を荒げて、
噛み付くようにそう言った。
…西園寺さんはきっと
一般的な目から見て
よく湊ちゃんのことを
気遣っていてくれている人だと思う。
だけどね。
それじゃ駄目なんだよ。
何も知らないあなただからこそ
こんな無理矢理な話ができるだけで。
無知だから、人を傷つける。
いいよ。
西園寺さんがその気なら、
私は悪い人にだってなるよ。
それが湊ちゃんのためなら尚更。
いろは「留年の話は本当かわからないから一旦置いておくにしても…これまでの出来事、全部1人で勝手に決めたんだよね?」
詩柚「特に退学あたりの件は、私の勝手だと思うけどなあ。」
いろは「でも、その先で湊ちゃんが大いに関わってる。」
詩柚「これまでこれでやって来たんだよお。それで大丈夫だったんだから何の問題も」
いろは「問題しかない。」
詩柚「…。」
いろは「そこに湊ちゃんの気持ちは含まれてなくて、自分勝手な願いで決めて、操作して、捻じ曲げたってことがよくない部分なの。」
詩柚「…そこまでいうなら、湊ちゃんなら直接全部聞いて来なよお。」
いろは「…なるほど。」
詩柚「湊ちゃんがこれまでのことについてどう思っているか、表向きの殻の言葉じゃなくて核の部分の言葉を聞けばいいんじゃないかなあ。そこまで本人の意思を尊重するなら、そっちの方が理にかなってると思うよお。」
いろは「…確かに、それもそうですねー。」
西園寺さんは机から手を離す。
彼女も少なからず
湊ちゃんの像を無闇に自分の型に
嵌めていたことに気づいたらしい。
自分の行いに反省したのか、
それともこれ以上話しても
意味はないと察したのか、
「今日は失礼しますー」と
頭を下げてから退室していった。
刹那、緊張の糸が切れたのか
不意に眠気が襲ってくる。
長く起きたもんね。
仕方がない。
仕方がないよね。
彼方「眠そう。」
詩柚「……うん、寝るねえ。」
彼方「そ。おやすみ。」
彼方ちゃんとの依存関係は
もう終わったというのに、
私が起きるのを待つかのように
まだ椅子にもたれて
スマホをいじっている姿が見えた。
それもだんだん瞼と共に落ちて
視界は真っ暗になっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます