第10話 未来への鍵

「今日は休みにしましょう」

 朝の六時きっかりには顔も洗って制服も着ていたサルサに向かって、無慈悲にもウィルはそう言った。

「…………え」

「一番最初の日に教えましたがエレベーター以外に階段もあるのでご自身の足で行けるところには行って大丈夫ですが、くれぐれも城内からは出ないでくださいね」

「は、はい…………」

 サルサが困惑とともに頷けばウィルは微笑んで去っていた。

 こうしてサルサは突然休日を手にしてしまった。


 『ご自身の足で行けるところには行って大丈夫』なんて言われたものの、城内はとてつもなく広い。働いてる職員数が人間界の城と比べれば桁違いに多く、さらにその人たちが全員城内に住んでいる。つまり、階数も部屋数も半端じゃないくらいに多いのであった。

 サルサが住んでいるのは二階であり、外である一階に出るのは一見とてつもなく楽そうに見えるが、エレベーターならばすぐにあるものの、階段は階の端に一つしか存在せず、サルサの部屋は真ん中であったため、階段の方へ向かうのも一苦労、といった感じであった。

 とりあえずどこかに、と思い立って階段へと向かったはいいものの、そこから階段を登る気をほとほと無くしてしまった彼は、ため息をつきながら階段の近くにあったベンチに座り込んだ。

「…………広い」

 そう呟いた声は心底疲れたことが感じ取られるほどに吐息混じりであった。

「…………あれ、もしかして〜『供物くん』じゃない?」

 そう言われてサルサが顔をあげれはそこに立っていたのは、サルサをこの世界に連れてきた少女、アリアだった。

「……供物って呼ぶのダメって聞きました」

「ウィルはね、頭硬いからさ。臨機応変に対応すりゃーいいし、私くらいになれば上の人じゃなきゃ黙らせることだってできちゃうしね〜」

 あっけらかんと言ったアリアはサルサの隣に腰掛けた。

「口調、違いません?」

「……なまいきだな〜。オフみたいなやつだよ。偉そうにするのも畏まるのもどっちもめんどくさいじゃん?」

「…………ボクには分かりません……」

 申し訳なさそうな顔になったサルサに対して若干慌てた様子でアリアは一つ咳払いをしてから口を開いた。

「勉強は順調?」

「…………多分」

「あはは、ウケる。多分か〜。まー、そんな簡単に分かりゃしないか〜」

「……どこまで言ったら順調と言えるか、分からないだけです」

「そりゃそうでしょ。そんくらい分かってるよ?」

 アリアは軽い調子で言ったあとに微笑んだ。

「……名前、なんていうの?」

「あ……サルサ、って付けていただきました……」

「いい名前じゃん♪ デウス様命名なんでしょ、いいな〜」

「……いいんですか?」

「人間にとっても神様だけど、私たちにとっても神様だからね〜」

 アリアは嬉しそうに微笑んでから立ち上がった。そのままサルサの方に向き直って手を取る。

「キミがもーちょい偉くなったら私の下になるんでしょ? 楽しみにしてるからね〜」

 嬉しそうに言ったアリアはポケットから小さい小物を取り出してサルサの手に握らせた。

「……なんですか、これ」

「これはね、黒の星のかけらで作ったキーホルダー。なかなか無いものなんだよ」

「……頂けるんですか」

「うん、あげる。これはね、そーだな……キミの『未来への鍵』だよ」

「どういうことですか?」

「鍵なんだよ。これはね、特別なものだから」

 アリアはそう言って笑うと、ヒラヒラと手を振って去っていった。

 黒い光を鈍く光らせたキーホルダーは、なんだか少しだけ怖く見えるようだった。

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