第9話 星のかけら
「ここまでにしましょうか」
ウィルの言葉にサルサはそっと息をついた。
「意外と覚えが良いですね」
「ありがとうございます……。せっかく教えて頂いてるのに全く頑張らないというのもダメだと思いまして、復習もしてるので……」
「……だから昨日も今日も起きるのが遅かったんですね」
「う……すみません…………」
顔を下げて申し訳なそうな顔で謝罪した彼に向かってウィルは眉をひそめた。
「…………別に大丈夫ですよ。七時までに起きればいいんですから。……夜更かししてまで復習してるのはあまり褒められたことではございませんがね」
「すみません……」
「謝って欲しいわけではないのですが…………」
ウィルはそう呟いたあと、若干の時間考えてから微笑んでからカレンダーを見つめて言った。
「今日は……よし。サルサさん、外に行きましょう。今日は特別な日ですから」
「……え?」
サルサの困惑した声に全く構わずにウィルは立ち上がった。
「文献を片付けてきますから、その間に支度済ませておいてくださいね」
ウィルはそう言いながら微笑んだのに、何故か若干の圧を漂わせていて、サルサはさらなる困惑と抗議の声を飲み込んで大きく頷いた。
魔界の季節というものは人間界とは全くもって準じて居らず、気温は一年中十五から二十度、人間界で言うところの秋頃の温度であった。雨も晴れも曇りも雪も全てデウスの思い通りであり、晴れが好きなデウスのおかげで一年のうち九割ほどは晴れていた。雨が降るのは作物を作っている場所だけである。
そんなわけで空は青い月が欠けることなく光り輝いていて、満天の星空であった。
「……月、人間界のよりも明るい気がします……」
「そりゃあ人間界のは自分で光り輝いてないでしょう。こっちのは恒星といって、月自体が光り輝いてますから」
「そうなんですか……」
「そうです。まぁ、今日は消えますが」
「…………え?」
ウィルの声に困惑しながらサルサが空に目を向けると、月が段々と光量を失って、空と同じ色になってしまった。
「………………………………え?」
「……今日は、特別な日ですから」
ウィルは微笑みながら、でも全くサルサには目を向けずに空を見つめた。
そのまま二人で月が無くなって星だけになった空を見続けていると、ウィルが突然口を開いた
「…………そろそろ来ますよ」
「何がですか……?」
「…………そうですね。流星群の『この世界バージョン』と言ったら分かりやすいでしょうか」
「…………え?」
サルサの声と同時に星が空を流れ始めた。白い星が次々と流れていく。
「わぁ、キレイ…………って、痛い」
サルサが見とれていると、コンっという音とともに何かが頭に当たった。
「…………なにが、落ちてきて…………?」
地面に落ちたそれを拾い上げるとキレイな白色をした、角が丸くトゲトゲしたものだった。
「なんですか、これ…………」
「『星のかけら』です」
「星の…………かけら……?」
「はい」
頭に疑問符を浮かべた彼に対して、特に何とでもないかのようにウィルはそう答えた。
「星のかけらです。落とさないと増えていくんですよ、星って」
「…………え?」
全く分からないといった様子で聞き返したサルサに構わずにウィルは手を出した。そうすると、一つの星のかけらが彼の手に吸い込まれるように落ちてきた。今度は赤色だった。
「……赤色ですか」
「いっぱい色ありますよ。一番多いのは黄色ですけどね。やはり星といったら黄色でしょう?」
若干弾んだ声でウィルはそう言ったが、サルサは困ったような顔で質問をした。
「…………どういう原理で落ちてるんですか」
「……デウス様が落としてます。『魔法のような力』でね」
「…………増えるんですか?」
「空だと増えます。人間界の星だといずれ星は死ぬのでそんなに爆発的に増えることはないんですが、この世界だと死なないんですよ、星が。でも、増えるんです。一日に五から六個くらい。だから一ヶ月に一回くらい落とさないと空が星で埋まってしまって月が出れなくなってしまいますからね」
「…………すごいですね」
空からは星が流れながらたまに落ちていく様子が見えた。サルサが両手を伸ばせば、コロンコロンと何個かのかけらが飛び込んできた。ほぼ全て黄色だったけれど、一つだけ虹色だった。
「……虹色?」
サルサが不思議そうな顔で言うと、ニコニコと微笑みながらウィルは拍手をした。
「レアです。よかったですね。一個しか落ちないから大事にしてくださいね」
「…………どうしたらいいんですか」
「飾っておいてください。要らないなら、今度城下町に向かう時に加工店で加工してもらうなり、換金するなりしましょうか」
「加工……?」
「アクセサリーとかにです。今度行きましょうね」
ウィルは優しく微笑んでまた空に向き直った。
空の流れ星はまだまだ勢いを弱める様子はなくて、たまに星を落としていた。
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