第8話 真相

 千春が俺の過去を知っているなら、脅迫の意味もなくなる。


 はるかが脅迫文を送った理由。それが気にはなったが、もう俺にはどうすることもできない。これ以上、何もする気はなかった。


 はるかから手紙が届いて数ヶ月後、仕事の昼休み中に携帯に着信があった。はるかが勤めていたレストランからだ。


 俺は一瞬、電話に出るか迷った。もう関わってはいけない気がして。それでも、俺ははるかに何があったかを知りたい。


 そもそも、はるかのことではなく別の話かもしれない。いろいろと言い訳を用意して、電話に出た。


「もしもし」


「もしもし。出てくれて良かった。勇気くんに、ちょっと話したいんだ。今大丈夫?」


「はい。何ですか?」


「この前、電話くれたよね。その時にはるかくんと連絡とってないって言ったけど、じつは長年連絡を取り続けていたんだよ」


「え?」


「ごめんね。はるかくんから言わないでと言われていたから。それでね」


「はい……」


「3日前に、はるかくんの妹の咲ちゃんが亡くなったんだ」


「え……?」


 俺は言葉を失った。はるかは妹を自分以上に大切にしていた。妹のために嫌な仕事も続けて、必死になって大学へ進学させていた。


 しかも、はるかにとって唯一と言える家族だ。一瞬の沈黙の後、俺はすぐに店長に問いかけた。


「……どうして? なんで亡くなったんですか?」


「1年くらい前に重い心臓病が発覚したんだ。移植が必要だったらしいけど、待機期間が数年先とかで。はるかくん、移植の順番をただ待つのは嫌だからって海外での手術も考えてて。お見舞い以外の時間はずっと働いていたよ。自分の体はどうなってもいいからって。かなり無茶してた」


「それってお金に困っていたってことですか」


「うん。海外の手術には保険が適用されないからね。物価高でそもそも海外で滞在するだけでも、かなりのお金がかかる。僕も少しだけ援助したんだけど……そんな時に咲ちゃんの容体が急変して、待機期間中に亡くなったんだ」


「そんな……」


 頭が真っ白になった。そんな事情があったとは。俺はそんな辛く悲しいはるかにあんな手紙を送りつけ、そのまま放置していた。


「葬儀に行った時、はるかくん。かなり辛そうで、そんななか僕に援助したお金を返してずっと頭を下げ続けていたよ。その後、はるかくんと咲ちゃんの、おそらくお母さんが来てね。はるかくんに辛くあたっているのを見たんだ。僕はあまり事情を知らないけど、『お前が咲を連れて行ったからだ。お前が殺した』って。見ていて本当に心痛んでね。勇気くんなら、はるかくんの力になれるんじゃないかと思って連絡したんだよ」


 はるかは、はるかは一体今どんな想いで過ごしているんだろう。自分を捨ててまで守りたかった妹を失って、母親にまで罵倒されて。


 はるかの悲痛な思いが遠くにいる俺にも伝わってくるような気がして、心臓が張り裂けそうに痛くなる。今にも地面にへたり込んでしまいそうだ。


 それでも、はるかが俺を求めているとは思えない。それに俺にも千春や子どもがいる。


「俺ははるかに振られた身です。しかも、黙って出て行って。それに」


「いや、それは違うんだよ」


 店長は俺が結婚し子どもが生まれることを言う前に、はるかを庇うように慌てて声をあげた。


「何が違うんですか?」


 深いため息で一呼吸置いた店長は申し訳なさそうに話し始めた。


「……今さらって感じだけど、はるかくんが急に姿を消したこと、勇気くんに恨まれたままだと可哀想だから話すね」


「え?」


「あの時、僕が『はるかくんには好きな人ができた』って言ったでしょ。あれ、じつははるかくんに頼まれてのことだったんだ。はるかくんは多分、まだ勇気くんが好きだったと思う。姿を消すこともかなり辛そうで……泣きながら黙っていてって頼んできたんだ。何か勇気くんと別れないといけない深い事情があったはずだよ。はるかくんがいなくなって、憔悴した勇気くんを見たら何度も話そうかと迷ったんだけど。はるかくんのあの涙を見ると言っちゃいけないって思えてね。勇気くんには申し訳ないことをしたよ。ごめんね」


 俺のスマホを持つ手が震えていた。勝手にいなくなったことを何度も恨んだ。他に好きな人を作って、勝手に消えてしまったから。


 自分がどれだけはるかを想っても、はるかの気持ちは自分にはない。その事実が俺をどん底に突き落とした。


 それなのに、それが事実でもなく、はるかは俺を好きなまま姿を消した。なんで? どうして? どんな理由でそんなことをしたというんだ。


「勇気くん? はるかくんの連絡先、伝えておくね」


 はるかの電話番号を読み上げる。俺は無意識のうちに震える手でメモを取っていた。



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