第5話 発覚

 俺は元恋人から唐突に受けた脅迫文を見て、ただただ呆然としていた。五千万円、そんな大金を用意することはできない。


 そもそも、どうしてはるかはこんな手紙を俺に送りつけてきたのか。


 突然別れを切り出し、死ねと書いた紙を残したはるか。そして今、俺を脅迫するはるか。俺の知らないはるかがいたということだろうか。


 千春は、俺が昔男と付き合っていたことを知ったらどう思うだろう。


 はるかと付き合っていた時、一度だけ彼氏として友達に紹介したことがあった。


 キョートミラージュに誘ってくれた拓也だ。拓也はノリの良い奴で、友達も多かった。夜の世界も俺以上に詳しくて、だからこそ理解があると思った。


 他人に興味が薄く「お前がいいならそれで良くね?」が口癖。ちょうど良い距離感を保ってくれて、疲れない相手だ。


 俺が男と付き合っていようが、お構いなし。絶対そういうタイプだと勝手に思っていた。


 しかし、それは違った。


 俺がはるかを連れてカミングアウトすると、最初は「ふぅーん」といつもの調子で素っ気なく接し、次会う時はいくら話しかけても無視をしてきた。


 「どうしたんだよ?」と聞くと、拓也はこう答えた。


「ごめん。お前と相手の男が、こう。なんて言うか、そういう関係になってるって思うと。お前とどう接したらいいか……わからない」


 拓也とはこれ以来、話していない。バカにしたり、他人に拡めることがなかったのはまだマシだったのかもしれない。


 それでも、心がピキッと痛くなった。アイツにとっては、まだ友達の一人が同性愛だっただけ。しかし、千春にとっては最も身近な自分の夫だ。


 俺の過去を知れば、酷くショックを受けるかもしれない。嫌悪感を抱いたり、落胆するかもしれない。離婚なんてことになれば…


 しかも、今は妊娠中。千春とお腹の子ども、両方に大事な時だ。


 だから、このままはるかの脅迫文を放っておくこともできない。


 まずははるかを探し出そう。まだ俺には、あいつがお金欲しさだけにこんな手紙を送ったとは思えない。何かの事件に巻き込まれている可能性もある。


 直接会って話をしよう。


 俺ははるかを探し出すために、はるかが働いていたレストランの店長に連絡することにした。別れて以降、何度もはるかが戻っていないか見に行ったが、千春と付き合うようになり、疎遠になっていた。


 当然、連絡するのもかなり久しぶりのことだ。スマホでレストランの電話番号を調べる。


 少し緊張しながら、発信ボタンを押した。


「もしもし。ご無沙汰しています。以前、そちらのレストランに通っていた岡本勇気です。店長さんいますか?」


「おお! 勇気くん、久しぶりだね! 急にどうしたの?」


「あの……店長ははるかとまだ連絡を取っていますか?」


「あぁ〜。残念なんだけど、はるかくんとはあれから全く連絡をとってなくて」


「そうですか……」


「何かあったの?」


「いえ。何でもありません。またご飯、食べに行きますね!」


「うん! ぜひ来てよ! 勇気くんはまだ京都に住んでるのかな?」


「いえ。今は大阪で」


「いらっしゃいませ〜! あぁ、ごめんね。お客さん来たから。また連絡して!」


「はい。すみません。ありがとうございます」


 何となく想像していたが、やはり連絡を取っていないのか。今の俺とはるかを繋ぐ人はレストランの店長以外にない。早くも手詰まりになった。


 いや。はるかの妹は?


 きょうだいなら現状を知っている可能性が高い。あのきょうだいは特に仲が良いし、連絡を取っていないことはないはず。


 しかし、俺は気が引けた。はるかは妹のことを自分以上に大切にしていたからだ。もし連絡して、はるかが俺を脅迫していることを知ったらどうなる?


 きっと大きなショックを受けるだろう。俺は咄嗟に開いた妹の連絡先を閉じた。


 当然広いSNSの世界ではるかを探しても、手がかりさえ得ることはできなかった。


 はるかとの連絡もできず、だからと言ってお金を送る訳でもなく、ただただ時間だけが過ぎた。


 その後、はるかから新たな手紙が届くことはなかった。


 一方で、いつものようにヨーロッパのポストカードだけは届いていた。「早くお金を送れ」というメッセージなのだろうか。


 時間が過ぎるにつれ、はるかの行方以上に俺の過去がバラされるのではないかという不安が高まった。


 だからと言って少額でもお金を払うと、この脅迫が続く気がしたし、何よりもはるかの罪が重くなる。どう動いても状況が悪化しそうで、追い詰められていた。


 ダイニングテーブルの椅子に腰を下ろし顰めっ面で考えていると、ソファに座る千春から意外な一言が飛び出した。


「はるかさんを探しているの?」


 どうして千春がはるかのことを知っているのか。時が止まったように俺は固まった。


「……どうしてそんなことを聞くの?」


 何とか反応しようと口を開いたが、思った以上に動揺して声が震えてしまった。


「電話してるの聞いたから。元恋人なんでしょ?」


 勘の良い千春がレストランにかけた電話を聞いて、俺が“元彼女”を探していると思ったのだろう。


 それはそれで誤解を招くが、それでも男と付き合っていたと思われるより、まだマシかもしれない。


「うん。ちょっと用事があって。別に変な話じゃないよ?」


 急な質問に何と答えたら良いか頭が回らず、俺は適当な答えを出した。これじゃ違う意味で千春を心配させてしまう。


 何とかしないと思った瞬間、それ以上に驚く言葉が耳に入ってきた。


「はるかさん、男性なのよね?」


 俺は気が動転して「そうだっけ?」と意味不明な言葉を残してその場から離れた。


 千春と話していたリビングから玄関ドアまでの廊下は3メートル弱。ほんの数秒で辿り着けるのに、その距離が異常に長く感じた。


 きっとお金が届かないはるかが痺れを切らして千春に何かを送り、知らせたのだろう。


 俺ははるかからあんな手紙をもらっても尚、はるかが千春にバラすなんてことはしないと信じていた。


 この脅迫も何らかの事件に巻き込まれているのではないかと心配までしたのに。


 千春にバレたこと、それにはるかに裏切られたこと。俺はその両方の衝撃を受けていた。

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