第2話

新しい学校での生活は、以前に比べると穏やかなものになった。

 

無視されることだけは、なくなった。

 

だけど、授業の関係で二人組や三人組を組まされるときは必ずひとりだけ余る存在になっていた。

 

それまで十八名だった女子が、みちるが転校してきたことで十九名になったから。

 

「しかたがないな……安岡は見学でいいぞ」教師たちはいつもそう言って授業を進めた。

 

クラスメイトが「たまには私が見学にまわるわ」と言いだすことはなかった。

 

(いるのに、いないもの扱い?ううん、これは違うわ)

 

実際それ以外の時間は、みちるはクラスの一員として扱ってもらえた。

 

仲良しの友達はいないまでも、ちょっとした雑談を交わすクラスメイトはできた。

 

配布物ももらえたし、提出物も集めてもらえた。

 

前の学校での扱いが、どれだけ異常だったかをみちるは痛感した。

 

こんな穏やかな生活が送れるのならば、ずっと叔母の家にいたいと思うようになっていた。

 

実家から様子をうかがう連絡は、なかった。

 

なかったというのはということだが。

 

みちるはまだスマホはおろか携帯すら持っていなかったから。

 

みちるの日常は叔母を経由して実家に知らされていた。

 

実家のことも叔母を経由してみちるは知るのだった。

 

「姉さんが妊娠したんだって」ある日叔母がみちるに伝えてきた。

 

「そうなんだ。私にきょうだいができるんだね」みちるは無邪気に答えた。

 

「……そうね」一瞬叔母の顔から表情が消えて能面のようになったが、みちるがそれに気づかないうちに叔母はいつもどおりの笑顔になっていた。

 

「そういえば、転校初日に会ったっていうコには再会できたの?」叔母が思い出したようにみちるに問いかけた。

 

「ううん。同じ学年には高木さんっていないっていうし。他の学年の人とは話すチャンスがないから会えてないの」みちるは叔母の問いかけに答えた。

 

「そう。ねえ、みちるはその人に会ってみたいと思う?」叔母がさらに問いかけてきた。

 

「うん……会ってみたいかも。がどういう意味かも知りたいし」みちるが答えた。 

 

「あのね、これって南中学に伝わる七不思議のひとつなんだけど。聞いたことあるかしら?」叔母がもったいぶった様子で話しだした。

 

「七不思議?そういう話題になったことがないから、ひとつも聞いたことがないよ。どんな七不思議なの?」みちるは興味を引かれた顔で叔母に聞いた。

 

「七不思議のひとつなんだけどね。旧校舎のそばにお地蔵様があるでしょう?あのお地蔵様にお祈りをすると会いたい人に会えるっていうの」叔母は内緒話をするように声をひそめて言った。

 

「お地蔵様に向かって手を合わせて『イタエキイタエキイタエキ』ってお祈りの文句を唱えるの。そうしたら会いたい人に会えるんですって」

 

「そんな不思議なことがあるんだ」みちるはビックリした顔で叔母に言った。

 

「あ、でもホントかどうかは知らないわよ?あくまで七不思議なんだから」叔母はいたずらっ子のように片目をつぶってみちるに言った。

 

「でも、こういうおまじないみたいなものって、試してみないとホントかどうかわからないもの。私は特に会いたい人がいなかったから試さなかったけどね」

 

「ふうん……クラスの子達、知ってるかなぁ?」みちるは考え込むように言った。

 

「どうかしらね……七不思議って時代とともに変わるって言うし。今じゃ廃れているかもしれないわ。でも過去にあったのは確かなんだし。ダメ元でやってみてよ。それで、上手くいったら教えてくれる?」

 

「わかった、やってみる。時間は何時でもいいのかな?」みちるは叔母に問いかけた。

 

「そうねぇ……どうだったかなぁ。あ!そうそう、誰にも見られないようにって言われてた気がするわ。誰かに見られたら叶わないんだって」叔母が昔を思い出しながら答えてくれた。

 

「そっか……誰にも見られないように、だね」みちるは満足そうな顔で言った。

 

翌日、みちるは放課後を図書室で過ごして時間をつぶした。

 

そうして学校内に残っている人がいなくなるのを待った。

 

職員室には先生たちが残っているけれど、旧校舎は見えにくい場所にあるから、きっと誰も来ない。

 

(そろそろ、いいかな?)

 

叔母に指示されたお地蔵様のもとに向かう。

 

お地蔵様はそんなに古びてはいなかった。

 

(結衣ねえちゃんが中学の時の七不思議だから、そんなに古いはずないかぁ)みちるはひとりで納得しながら、お地蔵様に手を合わせておまじないの文句を唱えた。

 

「イタエキイタエキイタエキ」みちるは一心に呪文を唱えた。

 

だがしかし、呪文を唱え終わっても周囲には何の変化もなかった。

 

「なぁんだ。やっぱりなにも起こらないかぁ。帰って結衣ねえちゃんに伝えなくちゃ」みちるは家に帰ろうと振り返った。

 

「ヒッ!」みちるは息をのんだ。

 

いつの間にか背後に人が立っていたのだ。

 

(え?いつの間に?……って、高木さんじゃない!じゃあ、七不思議のおまじないは本当に効くのね)みちるは心の中でそう思った。

 

「会いにきてくれたのね、みちるさん」高木鈴音りんねはそう言ってにっこりと笑った。

 

「私もあなたに会いたかったの。だけど私からは、呼ばれないと会いに行くことができないから」そう言って高木は近づき、両方の手でみちるの手を取った。

 

「よかった。あなた……だったのでしょう?私も同じ。私たち、お友達よね」高木はみちるの手を握ったままにっこりと笑った。


みちるはなんだか気味が悪くなり、握られた手をほどこうとした。

 

だが、強くつかまれているではないのに、高木の手をほどくことはできなかった。

 

「あ、の。高木さん。手をはなしてもらえませんか?」みちるは高木に言った。

 

「あなたが私の問いかけに答えてくれたら、はなしてあげるわ」

 

「わかりました」不承不承みちるは答えた。

 

「みちるさん、あなたは私と同じ……よね?」高木はみちるの顔をのぞきこむようにして聞いた。

 

「……よく、わかりません。そのって何ですか?」みちるはムッとしながら答えた。

 

「そう……それじゃあ」高木は今度はまっすぐみちるを見すえながらしゃべりつづけた。

 

「あなたは、私のお友達、よね?」高木が言った。

 

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