エピローグ 我が剣は推しのために!

王都に春の訪れを告げる風が吹き抜けていった。


「カタリナ・ラ・グラティア女王陛下、万歳!」


宮殿の大広間に歓声が響き渡る。戴冠式を終えたカタリナの傍らには、エステルの姿があった。


「姉上なら、きっと素晴らしい女王になられます」エステルの言葉には、深い信頼が込められていた。


カタリナは静かに頷く。「父上の教えは、私たち二人で実現していきましょう」


エステルはカタリナに王位を譲り、自身はカタリナの側で王政を支える道を選んだ。


民のための王政――。それは二人が守り継ぐ、父からの大切な遺産だった。



カタリナ女王の儀式の後、エステルは窓辺に立っていた。


「エステル様。戴冠の儀式、お疲れさまでした」


振り返ると、アイリスが一礼する。


アイリスは継承権争いの後、エステル付きの魔術顧問として正式に着任した。

それ以来、彼女の魔術は宮廷の守りを一層強固なものにしていた。


「……つつがなく終わり、何よりでした」


暗がりからレイヴンが姿を現す。


今日の戴冠式においても、シーフギルドのメンバーは影から警戒を行っていた。

レイヴンはシーフギルドとエステルとの連絡係という身分についている。


しかし、エステルの側に、リリアの姿はなかった。




リリアは戴冠式の間、広間の片隅、人々の視線から離れた場所で、そっとエステルの姿を見守っていた。


(エステル様、今日もお美しい!女神様も裸足で逃げ出す美しさです!)


リリアはエステルから正式な任官の話を受けていたが、それを丁重に断っていた。


(あの騒動の中では、エステル様をお守りする使命で麻痺していましたが……)


先の継承権争いの渦中では、エステルには常に命の危険があり、リリアもエステルを守り抜くことで頭がいっぱいだった。


(冷静に考えてみると、あまりにもエステル様に近すぎる……私の心が持ちません……!まるで太陽を直視するよう……!)


争いも落ち着き、緊張の度合いが下がるにつれ、リリアの頭と心も冷静になっていった。


よくよく考えれば、至近距離でエステルと言葉を交わし、その笑顔を向けられ、よくぞ正気でいられたものだと思い返す。


式の後、エステルは広間の隅でリリアと言葉を交わしていた。


「本当に、よろしいのですか?」エステルの声には、わずかな寂しさが滲む。


「はい。私はこれまで通り、影からエステル様を……」リリアは一歩下がりながら答える。


「……時折の相談役として、エステル様にお会い……ではなく!お役に立てればと」


(これ以上近づいては、この純粋な想いが濁ってしまう……)


エステルはリリアの決意を悟ったように、優しく微笑んだ。


「分かりました。これからもお力を貸していただけますか?」


「もちろんです。私の剣はエステル様に捧げております」


(……私の剣は、永遠にエステル様のもの)


(我が剣は、エステル様推しのために!)




その夜、宮殿の片隅で三人の影が集まっていた。


「相変わらず、エステル様のことを語り出したら止まらないのね」アイリスが呆れたように言う。


「……定例会議は続行か」


「ええ、もちろんです!」リリアが食いついた。


「エステル様の民への慈しみ深い心遣い、お優しい笑顔、そして時折見せる凛とした……」


「にゃっ!」アイリスが思わず声を上げる。


レイヴンの投げ針が、近くを通り過ぎた猫を追い払っていた。


「……静かに」


「あ、ごめんなさい。つい興奮してしまって」リリアは咳払いをする。


「さて、本日の議題は」


月明かりの下、三人の密やかな「諜報会議」は続いていく。それは彼女たちなりの、エステルへの想いの形だった。



宮殿の窓辺では、エステルが夜空を見上げていた。月の光に照らされた横顔には、優しい微笑みが浮かんでいる。


影となって見守る者、魔術で支える者。


そして、時折姿を見せては相談に乗る者。


それぞれの立場で、それぞれの想いを胸に、エステルを支える者たち。


新しい時代の幕開けと共に、彼女たちの「推し活」もまた、新たな形を見出していた――。

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我が剣は推しのために! 塩狼 @saltywolf

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