第49話 虚ろな玉座
重厚な扉が静かに開かれ、朝日に染まる広間が姿を現した。
円形の広間の天井からは、まるで神殿のように光が降り注いでいる。壁という壁には、先代から続く王家の栄光を描いた壁画が並び、その中心には、金の装飾を施された玉座があった。
そして、その玉座に、ヴィクターが座していた。
「……ここまで辿り着くとはな、エステル」
その声には感情が感じられなかった。まるで他人を見るような冷たい眼差しだけが、エステルに向けられている。
「兄上」エステルが一歩前に出る。
リリアは咄嗟にその横に立とうとしたが、エステルは静かに手を上げて制した。
「私は、お話がしたいのです」
「話など、何もない」ヴィクターは玉座から立ち上がる。
「王とは絶対の存在。民を正しく導くためには、時として力が必要なのだ」
「それは違います、兄上。父上は、いつもおっしゃっていました。王とは民のためにあると」エステルの声は静かながら、強い意志に満ちていた。
「父上は……弱すぎた。民の声など聞いているから、王としての威厳が失われていく」ヴィクターの表情が歪む。
その時、ゲオルクが広間に駆け込んでくる。
「ヴィクター様!敵の大軍が王都に!このままでは……」
「そうか」ヴィクターの声は変わらず冷たいままだった。
「我が軍の何という情けなさよ」
「ヴィクター様……」
その言葉の意味を理解する間もなく、ヴィクターの足元に魔術陣が広がり始める。古の王族にのみ伝わる、転移の魔術――。
「ヴィクター様!まさか、私たちを置いて!」ゲオルクが叫ぶ。
リリアが剣を構え、エステルの前に進みでる。
「ヴィクター兄上!貴方は……貴方のために命を賭けた者たちを……!」エステルの声が震える。
「命を賭けたのは彼らの意思だ。王の意のままに使われることこそ、民の本来の姿」
輝きを増す魔術陣の中で、ヴィクターの姿が次第に霞んでいく。
「エステルよ。お前のような甘い考えでは、王などつとまらぬ」魔術の光が強まり、ヴィクターの姿がおぼろげになっていく。
「私は間違ってなどいない。いつかそのことがお前たちにもわかる」
玉座の周りに青白い光の輪が広がり、その最後の言葉と共に、ヴィクターの姿が消えた。
後には、虚ろな玉座と、青白く輝く魔術陣の跡だけが残される。
「兄上……」エステルの瞳から、一筋の涙が伝う。
「エステル様」リリアは静かに膝をつく。
「大丈夫です」エステルは涙を拭い、静かに頷く。
「私には、リリアさんが、共に戦ってくれる仲間がいます」エステルはそう言うと、静かにリリアの手を取った。
「父上の教えを守り、真に民のための王となる。それが、私の進む道」
ゲオルクもまた、エステルの前に跪く。
「お許しを。私たちは、間違った主君に仕えておりました」
「いいえ、皆様の忠誠心は本物です。どうか、これからはその忠誠を、民のために」
広間の天窓から差し込む朝日が、エステルの金色の髪を優しく照らしている。
「もうこの不毛な争いに終止符を打ちましょう。私たちが争う理由は消えました」
虚ろな玉座の向こうで、新たな時代の光が差し始めていた――。
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