第42話 魔術師再来

王都の南東、丘陵地帯に大軍が展開していた。


銀の髪を風になびかせ、クラリスは王都の方角を見据えていた。

数日前、レイヴンから届いた緊急の報せ。それを受け、隣国からの進軍を即断した彼女だったが、事態は予想以上に深刻だった。


ヴィクターの増長は目に余る。王位継承を巡る争いとはいえ、エステルに対し暴力で物を言わせようとするとは。


(……なんたる暴挙!エステル様にもしものことがあれば、許しません!)


「いつでも進軍できる準備を!」


クラリスのひと声で、千の軍勢が動き出すが整っていた。

本来なら一国の内政に、このような形で介入することは避けたい。しかし、エステルを守るため、今は全てを賭けてもよい。


「殿下!リリアどのからの合図を確認!」


斥候の報告に、クラリスは静かに頷く。作戦開始の時が来たのだ。



夜明けの宮廷街に、追っ手の足音が響く。


リリアは剣を構えたまま、エステルを護るように前に立っていた。セリナがエステルの腕を支え、僅かに震える足を気遣いながら歩を進める。

三騎の仲間が後方で追手を食い止めているが、それでも、徐々に包囲の輪が狭まっていく。


宮廷街の西側から新たな兵の部隊が姿を見せ始めた。追い詰められたリリアたちは、古い商家の立ち並ぶ路地を抜け、南へと向かう。


木組みの建物が連なる通りは、かろうじて馬一頭が通れるほどの狭さだが、リリアたちにとってはそれが幸いしていた。


宮廷の兵士たちは重装備で身動きが取りにくい。それに比べ、リリアの仲間たちは軽装で動きが俊敏だ。狭い路地での戦いでは、数の不利を補うことができた。


(この角を曲がれば市門へ……!)


しかし、そこにもまた新手が。宮殿からの増援部隊だろう、重装備の兵が路を塞いでいた。道幅の広い通りでは、彼らの数の優位は明確だった。


ここまでリリアに付き従ってきたクラリス陣営の仲間たちは、徐々に疲れを見せ始めていた。

先ほどの奇襲以来、休む間もなく戦い続けている。それでも、リリアたちの退路を必死に確保しようとしていた。


その時だった。


大気が震え、大地が鳴動を始める。空から巨大な影が差し、青い光が宮廷街を包み込んでいく。


見上げたリリアの目に、光の中から浮かび上がる術式の輪が映る。まるで天井画のように、複雑な魔法陣が街の上空に次々と浮かび上がる。


エステルの表情が和らいだ。


それは間違いなく、あの天才の魔術だった。


青い閃光と共に、街路に無数の魔法陣が展開される。慌てふためく敵兵たち。リリアはその混乱を見逃さなかった。


「エステル様、今のうちに」


一行は南門を目指して走り始める。アイリスの魔術は、兵士たちの動きを完全に制限していた。

足元に浮かび上がる術式の輪が、まるで地面から手が伸びてきたかのように、鎧を掴み、動きを封じていく。


突如、街の上空で大きな光球が炸裂した。眩い光に目を奪われた兵士たちが陣形を乱す。


「今です!」


リリアの声に応え、仲間の騎兵たちが一斉に動く。数で上回る敵兵も、アイリスの魔術に翻弄され、満足に追撃すらできない。


目の前で大きな魔法陣が次々と展開され、南門の守備兵たちは、混乱の極みにあった。


「門を閉めろ!」

「いや、待て!門を閉めれば……」


守備兵たちの動揺を見逃さず、リリアたちは城門を突っ切る。風を切って駆け抜ける一行の背後で、アイリスの術式が美しい光を放っていた。


宮廷街を抜け出したリリアたちの前に、広大な街道が開ける。もはや追手の姿もない。


(信じていましたよ、アイリス……!)


同じ「推し」を抱く同士、お互いを信頼しての行動にためらいはなかった――。

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