閑話休題 とある日の諜報定例会議

古い礼拝堂の片隅で、三人は真剣な面持ちで向かい合っていた。


「それでは、定例会議を始めましょう」リリアが手帳を開く。


本来は情報交換の場である諜報定例会議。しかし最近では、別の目的が主となりつつあった。


「本日の議題は」


「……昨日の読書室でのエステル様について」レイヴンが静かに切り出す。


「あ、あの件なら私から報告を!」アイリスが思わず身を乗り出す。


「エステル様の魔術書に関する深い造詣には驚くべきものがあって……」


「いえ、まず私から」リリアが遮る。


「昨日のエステル様は薄紫の宮廷服をお召しになり、お顔の角度は平均して三十度、微笑みは……」


「……細かすぎるぞ」


レイヴンのツッコミも空しく、リリアは手帳を見ながら淀みなく続ける。


「午後三時二十七分、本を手に取られた際の仕草が特に優雅で」


「そこまで記録する必要があるの?」アイリスが首を傾げる。


「……そういうお前も魔術の研究を装って、一時間も話し込んでいただろう」


「あ、あれは純粋に学術的な……」


「……エステル様が魔術理論を説明される度に、お前の目が輝いていたぞ」


「うっ……」


「エステル様の魅力が多すぎて、カテゴリ分けするのが難しいわね」リリアが悩ましげに手帳を見つめる。


「なら、私が天才的な整理法を」アイリスが得意げに切り出す。


「まずは知性の部分から。魔術への造詣の深さ、古文書の読解力、そして……」


「いえ、立ち居振る舞いからです」リリアが食い気味に遮る。


「朝の挨拶の角度から始まり、執務時の姿勢、お茶の淹れ方まで」


「……お前たち、素人すぎる」レイヴンが静かに言う。


「シーフギルド式観察記録法では、まず表情の分類から始める。微笑みのカテゴリが全部で127種類……」


「誰が素人よ!」

「私の記録の方が詳細です!」


慌てて声を潜める三人。


「あ、忘れていました!」アイリスが思い出したように。


「昨日、エステル様が廊下で転びそうになって……」


「!?」「……!」


「私の報告の中に、その記録がないなんて!」リリアが焦った様子で手帳を捲る。


「……詳細を頼む」レイヴンまでもが身を乗り出す。


「えっと、その時エステル様は左足を小さく躓かれて、それで……」


一つの情報共有に、三人の目が輝いていた。


議論は白熱し、いつの間にか日が傾き始めていた。


「本日の議事録は以上ですね」リリアが手帳を閉じる。


「……長くなりすぎだ」


「だって、エステル様の魅力を語り尽くすには、まだまだ時間が……」


「あ」「……」「……」


三人は互いの顔を見合わせ、思わず苦笑する。


完全に、エステル様の虜になっているという自覚が、確実にあった。


「では、次回の定例会議では」


「……エステル様の魔術研究について」


「その前に今週のスケジュールの確認を!」


「魔術と言えば、エステル様の杖の持ち方が最近……」


「いえ、まずは通常業務の……って、また脱線するところでした」


誰に言うでもなく、この「諜報定例会議」は、これからも続いていくのだった――。

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