第3話 IQ30のおままごと

 「ねぇ、そーくん。今日帰ったらおままごとしよ?」


 緒美つぐみはそう言うと、先に準備するからと俺から家のカギを奪い急いで帰ってしまった。

 こういう時俺は、緒美の準備が終わるのを待つためにカフェやら本屋で時間を潰してから帰宅するのが通例だ。


 それにしても高校生になってもおままごとねぇ。

 というか、緒美は遊びの域を超えて本当に料理とか家事をしだすからな……



 今こうしたやりとりがある背景には、実は両親の地方転勤によって俺が実家で一人暮らしをしていることにある。


 なんてラノベ主人公的ラッキーシチュエーションなんだって思うだろう?


 うん、俺もそう思う。


 でも親の転勤が決まったのは俺がちょうど高校に合格した直後だったし、せっかく頑張って合格した志望校を入学前に転校しちまうなんてまっぴらだと断った。

 

 こうして俺は高校生にして一人暮らしという素晴らしいアドバンテージを手に入れたのだ。


 しかし実際にはこの幼馴染たちがいるおかげで連れ込む彼女もできないわ、なにかと家事炊事が面倒だわで、三ヶ月くらいしたところで正直デメリットの方が多いことに気が付いた。


 そんなわけで緒美が「おままごとしよ?」と言ってくれる時は、内心めちゃくちゃ助かっている。

 ただ、いちいち新妻感を出されるから結局精神的には疲れるのだが……


 俺はカフェでアイスコーヒーを飲み終わると、緒美に「今から帰る」とメッセージを送った。


☆☆☆☆☆


 「おかえりなさい、あなた!」

 「おう、ただいま」

 「ご飯にする? お風呂にする? それともあ・た・し?」


 いや、おままごとで濡れ場はアウトだろ。


 「じゃあお風呂で緒美を食べたい」

 「え。そーくん……」


 やばい、冗談のつもりだったがさすがに嫌だったか?

 確かにいつも距離感は近いが、これはおままごとであって本当の夫婦じゃないし、そもそも恋人同士ですらない。


 俺は町田と同じくセクハラ星人の烙印を押されてしまうのか……



 「そーくん、やっと言ってくれたね!」

 「は?」

 「だってあたしたち結婚して半年なのに全然あなたから誘ってくれないんだもん……さみしかった」


 え、俺たち早くもレスな設定だったの?


 「はい、じゃあ先に入っててね! あたしもすぐに入るからっ♡」

 「いやいや、ちょっと待て! 今のは冗談でだな……」

 「えっ、ひどい! あたしすっごく嬉しかったんだよ? それなのに……」


 おいおい、これどこまでが演技なんだよ。

 とりあえず仕方なしに俺もそれに乗っかる形で軌道修正を試みる。


 「悪かった、悪かったって! 緒美が可愛すぎてちょっとからかいたくなっちゃっただけだ。本当は早く緒美のご飯が食べたいから風呂はさっと入らせてくれ」

 「え、そうなの……? じゃあ許すっ! 今日はそーくんの好きなオムライスだから早く入ってきてね~♪」


 ふぅ。緒美が単純でよかった。

 それにしても何でおままごとでこんなに必死に言い訳を考えなきゃいけないんだ……


 そうして俺は本当にシャワーをさっと浴びてから私服に着替えると、食卓にはケチャップで「そうた♡つぐみ」と書かれたオムライスが二つ並んでいた。


 これ嬉しいんだけどさ、食べるとき文字崩さなきゃいけないから結構心苦しいのよね。

 だから俺は毎度のごとく、オムライスを食べ始める前にその姿をスマホで写真に収める。


 「「いただきます」」


 うん、緒美の愛情たっぷりオムライスは今日も美味い。


☆☆☆☆☆


 「そーくん、はい。あーん」

 「あーん」


 オムライスを食べ終わった俺たちはテレビを見ながらデザートを食べていた。

 正確に言えば、緒美に一方的にアイスを口に放り込まれるフィーディングタイムである。


 「おいしい?」

 「うん、甘くてうまいな」

 「やったぁ! じゃあ次はちょっとサービスねっ」


 緒美が少し多めにアイスを掬って俺の口へと運ぶ。

 その最中、スプーンからはみ出たアイスが溶けて俺のズボンへと零れてしまった。


 「あっ」

 「ごめん、そーくん! ちょっとまってて」


 緒美はティッシュを2、3枚取り出し、俺の太もものあたりをトントンとふき取り始める。


 ふと緒美の顔が近づきオレンジのような甘酸っぱい香りが俺の鼻の奥の粘膜を刺激する。

 そして彼女が屈んだもんだから、ペロッと垂れ下がったシャツの首元の隙間から二つの小ぶりなトマトとそれを包む淡いピンクの布製の梱包材が目に入る。

 もはや梱包材の隙間からはトマトのヘタ部分が若干見えてしまっている。こういうところが貧――トマトの良いところでもあるのを俺はちゃんと知っている。



 「そーくん……どこ見てるの?」

 「え、いや、その……」


 ヤバい、さすがに凝視しすぎたか?

 女は男の視線に実は気づいてるなんて言われるしな。



 「見てもいいよ、そーくんなら。でもその前に抱きしめて?」



 俺はIQ30を侮っていた。


 緒美の紅潮した顔と蠱惑的な上目遣い、それにこの甘ったるい声。

 今まであまり意識してなかったが、コイツはやっぱり年頃の女子高生である。しかもとびきり美少女の。


 俺はこのままリアルおままごとを始めてしまうのか!?

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