リポート 1-3

 太陽が東から登って朝が訪れる。

 そんな当たり前のハズの事なのに今の俺には途方もなく尊く美しい事に思えてしまう。

 ……正直こんなに自分が感傷的だった覚えもないのだが、そう思えてしまうくらいに今の俺は情緒不安定なのだろう。

 せめて少しでも今までの常識を取り戻したい……そんな一心で俺は今、コックピット内で動かなくなった犬型ロボットを修理している。

 豆柴型で唐草模様の風呂敷を背負った姿は、こいつを制作した親友の趣味である。

 まあ可愛いモノ好きと言うよりも当時熱を上げていた女子の影響だったようだけど。

 ……どうやら衝撃で配線が切れただけのようだ。

 部品が必要ならどうしようかと思っていたが。


「うし……だったらここを繋げば……」

ヴン……チチチチ…………

「ピピピ…………バ……サ……ラ…………バサラ?」


 切れた配線を繋ぎ合わせて再起動した瞬間に、暗い柴犬の瞳に光が灯りいつものように俺の名前を口にする。

 不思議そうに小首を傾げる仕草もいつも通りで……そんな相棒が復活した事が何よりも嬉しかった。


「え……ええ? バサラ……?」

「オウ、おはようモコモコ。そんなに時間は経ってないと思うけど、久しぶりだな」


 最初はぎこちない動きだったが、段々と本物の豆柴と思えるほど滑らかな動きを取り戻して来て、最後にブルブルと全身を震わせて、不思議そうに俺を見上げた。


「……え? 何? 何で無事なの僕たち」

「ま、そう思うよな~。俺だって“あの爆発”で生き残っているのが未だに納得いってないんだからよ」

「???」


 俺の言葉でますます理解不能になったのか、モコモコは俺の膝の上からピョイっと何時もの定位置へと飛び移ると、その場で伏せをした。

 こんな愛らしいナリではあるがコイツもれっきとしたロボットであり、数々の戦場を共の潜り抜けて来た戦士。

 ゆえにラマテラスのシステムから情報を得る事は造作も無い事で、要するに今コイツは昨日からの調査情報を全て自分にインストールしているのだ。

 そして数分のダウンロードが終わった瞬間、モコモコは興奮した様子で振り返った。


「マジで!? じゃあここって異世界? 異世界って事じゃん! 少年の憧れ、チートハーレム妄想の行きつく最終地点異世界!! 凄いよバサラ! もしかして魔王を退治する勇者とか、婚約破棄の悪役令嬢とかもいるのかな!?」

「何で嬉しそうなんだよ。おまけに異世界に対するイメージがやたらと片寄ってね~か?」


 昨日からあらゆる常識の相違に悩まされている俺と違ってテンション高めのモコモコ。


「何言ってんの、バサラだって早速ピンチの女の子を助けるだなんてテンプレかましてるみたいじゃん? 褐色肌のアスリートタイプはドストライクじゃないの」

「ホッとけよ、別にそう言う意図で助けたワケじゃねぇ」


 モコモコは昨夜のデータもしっかりダウンロードしたようで、俺がしっかり覚えていない女性の外見的特徴まで言葉にする。

 正直今となってはあの女性を助けた事自体が正しかったのか分からない。

 戦場で助けた者が敵国のスパイで、その結果祖国に多大なる損害をもたらしたなどの話はゴロゴロあるのだからな。

 ここが違う世界であったとしても、昨夜の行動の成否は分からないのだ。

 まあ今となるとあの女性……かなりの美人だったとは思うが。


「インストールしたなら分かるだろ? お察しの通り昨晩なんかトロルっぽい化け物を殺した後に飛行形態でこの地を探れるだけ高度から探ってみたが、今んとこ地球でも太陽系でもないって事しか分かってねーのさ」

「大気、気候、地形……走査した結果も地球とさほど変わらないみたいだけど、分かりやすく人の手が入っていない土地が目立つね。ポツポツと集落や国もあるようだけど大半は森林、舗装された道も無けりゃ線路も無い。当然列車もバスも無いから移動手段は馬車が主流っぽいね。自然破壊が常態化してた地球に見習ってほしいとこだけど、俄然ここが剣と魔法の世界じゃないかって気になってくるね!」


 昨晩見たのはガワだけであり、しかも夜だったから人の営みも何も知る事は出来ていない。だからこそモコモコの言っている事が正しいとか間違っているとか判断は出来ない。


「……ってか何だよ魔法って。見た事のない化け物がいたのは確かだがよ、そんな非科学的な事を科学の産物であるお前が言うのもどうなんだよ?」


 バカバカしい、そんな思いでモコモコの言葉を一笑に付してやるのだが、当のモコモコは何も気負う様子も無い、いつもと変わらない顔のまま小首を傾げた。


「いや、バサラも昨日見たでしょ? 褐色美人の乗った何かメカニックたちの重機メカみたいなヤツ。あれ、よく分かんないけど動力炉何てどこにも無かったみたいだよ?」

「…………は?」

「分かりやすくエンジンなんかどこにも無かったって言ってんの。まるでフォークリフトとかの重機をそのまま着たみたいな、目測でも片手だけで百キロから二百キロは無ければおかしい構造なのにさ」

「そんなバカな!? どんなに軽い金属だったとしてもあの大きさを筋力だけで!? どんなにマッチョだったとしても人間の力でそんな事……」

「うん、だからこそあの人型重機っぽいのもファンタジー世界の魔法でもない限り動かすのは不可能なんだよね~」

「…………」


 科学的にあり得ないという俺の想いを、科学的な見地からいともアッサリと論破してしまう豆柴……科学的に忠実で現実的なコイツだからこそ、未知の技術である事を受け入れているのが何とも癪である。

 何とも言えずに項垂うなだれる俺の頭をモコモコはてしてしと前足で叩く……一応は慰めてくれているのだろうか?


「まあまあ、僕たちはラスボス倒して死ぬはずだった文字通りの死に損ないじゃん。この際見知らぬ世界で前とは全く違う常識の中でやり直すのもアリでしょ?」

『復讐はもう終わったんだから……』


 決してモコモコがそんな事を言ったワケでは無いのは分かっているが、そんな意図を含めているような気がした。

 復讐……あの日を境にそれのみを目標に何十何百の戦場を渡って来たのか。

 敵も味方も、最早数える事も出来ないくらいに殺し殺されて……今更人として生きる事も許されない自分だけが何で未だに生きているのか。

 それも罪の片棒を担がせてきた愛機ラマテラスも一緒に……。

 仲間たちが命がけで俺を最後の場所まで送り出してくれたというのに、決着がついた今、俺のような罪人が新たな世界で生き直すとか……一体どんな贅沢だよ。


「やり直す、か……俺の人生は復讐と一緒に終わるつもりだったんだがなぁ」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る