ep.124 そりゃ間違いが起こらないわけがない
街の中に入ると、整然と並べられた美しい石畳の道がずっと先まで続いていた。
敷き詰められた石の大きさや長さの違いによる独特な文様──馬車道と歩道との間に段差が無いにもかかわらず、両者の間にはっきりとした違いが見て取れた。
建物に目をやれば、【エピスコ】と遜色ないくらい豊富に窓ガラスも使用されている。ただ、こちらは磨り硝子……いや、あそこは二階の居住区だからか?
うん、きっとそうだ。街道沿いに立ち並ぶ店舗の一階部分には、商品が見やすいように透明なガラスが張られている。
往来もかなり多く、この道が目抜き通りであることを示していた。
門を抜けてすぐのこの辺りだけは幸いにも少しだけ開けていた。だから、こうして脇に寄っていれば、のんびり眺めていられるのだが、この先は……。
こうも荷馬車が行き来するところを【歩いてくボックス】を転がし、宿を探しながらちんたら歩くとなるとさすがに気が引ける。かなり通行に支障を来しそうだ。
仕方ないので、邪魔にならない適当な場所に埋めて、と思ったのだが、これまた困った……。どこもかしこも石畳で覆われていたのだ。
地中に埋めるにしても、その後、この歴史的な雰囲気すら漂わせる精緻な石畳を原状回復するとなると、それはそれで骨が折れそう。
石畳を傷つけないように全部剥がした上で、その配置を覚えておくなんて、とてもできそうにない。この配置のまま空中に浮かべればいいのだが、そんな状態で作業するのはあまりにも人目を引きすぎる。
それに、これ程こなれた味わいのある石畳を敷き直すとなると、どうしてもそこだけがどこか浮いた感じになっちまうもの。
色合いはともかく、きっちり元に戻すのは正直面倒くさい。できないこともないのだが、それをやるとなると、まず間違いなく途中で街の人にどやされるだろう。
はあ、しょうがない。手間だけど、一旦、街の外に埋めてくるしかなさそうだ。
引き返し、門を通り過ぎようとしたところで先ほどの門衛さんと目が合う……さすがに不審がられたのか、声を掛けられた。
事情を説明すると、「それなら」と、南門近くに馬宿があることを教えてくれた。馬だけでなく、馬車も預かってくれる施設だそうで「料金さえ払えば、そのでかい荷物も置かせてもらえるだろう」とのことだ。
すぐ近くらしいので、とりあえず行ってみることに。
ほどなくして、馬宿に着いた。ほんとすぐ近くだった。
ただ、ね。つい先ほどまで甲斐甲斐しく馬の世話をしていた丁稚っぽい男の子が……今、歩いてくボックスを見上げ、口をあんぐり開けたまま固まってしまったのだ。
ふふ、なんとも面白い顔している。
何度か優しく声を掛け、歩いてくボックスを指さして、「この荷車を預けたいんだけど、場所空いてる?」と尋ねてみた。
最初は何を言われているのかわからなかったようで右往左往する男の子。けど、歩いてくボックスからユタンちゃんが出てきたところで、やっと俺が言わんとしていることが理解できたみたい。
幸い、馬を預かっている厩舎の辺りは、どこも土だ。そこで「邪魔にならないように、地中に埋めちゃってもいいかな?」と訊いてみたんだけど、これがまた混乱を呼んでしまった。
うん、そだね。なんかごめん。
スプライトが間に入って説明しようとすると、今度は耳族であることに驚いて、あたふた……。更に三人も耳族がいることがわかると、平伏するような勢いで畏まってしまった。
すぐに頭を上げさせて、先ほど言っていたことを実際にやってみせる。この子の理解が及ぶよう、本来は全く必要のない身振り手振りを加えながら、できるだけゆっくりしたスピードの魔法の行使で。
ようやく馬の世話の邪魔にならないための配慮だと理解してもらえたようだ。
そもそも馬車置き場にそのまま置いたら、この子が質問責めに遭うに決まってるからな。
この子のおたおた加減を見る限り、対処しきれず、自分の仕事がままならなくなりそうだもの。そんなことでこの子が叱られでもしたらかわいそうだ。
うん、だから別に魔法を見せびらかす意図はなかったんだ。驚かせて、ごめんよ。
正規の馬車預かり賃を支払った後、申し訳ない気持ちからこの子にも幾らばかりかのお駄賃をあげておいた。
駄賃と俺の顔を交互に見つめて、しばらく呆けていた男の子……ようやく理解できたのか、にぱっと花が咲いたような笑顔になって勢いよくお辞儀をした後、馬の世話に戻っていった。
まだちっちゃいのに、懸命に馬の世話をしている……しかも、なんだか楽しそう。
「へえ、あなたが優しくするのって、女の子だけじゃなかったのね」
「失礼な。ちゃんとしてる子には男だろうがなんだろうが、ちゃんと接するよ、俺は」
「そうだったかしら? 靴屋の【レプラホーン】の子」
「あーーっ、知らん知らん! そんな奴、記憶にねえ」
つうか、あいつはちゃんとしてなかったよ? ユタンちゃんの靴を作るまでは……くぅっ。
「ふふふ、本当によく働く子ですね。半妖精でもないようですが」
「う〜ん、ハーフの子じゃないかしら? どうにも【グルアガッハ】っぽく見えるんだけど」
「ああ、確かにそうですね。あのびしょびしょになって馬の世話をしてるところなんて、まさにそんな感じですものね」
なんでも、そのグルアガッハというのは半妖精だそうだ。とはいえ、ユタンちゃんみたいな小妖精とは違って、大人では人族と変わらないほどの大きさになるらしい。
家畜の世話が大好きな半妖精で、毎日ずぶぬれになるのも厭わず、家畜を洗ったりするものだから、季節によっては夜になると、体が相当冷えることも──「火に当たらせてください」と言って、その家に暖を取りにくるそうだ。
家畜の世話をしてくれてるのだから、それくらい別にいいじゃないか……と思っていたのだが、問題はそこじゃなかった。
この半妖精、実はかなりの金髪美女らしいのだ。しかも、全身がびじょびじょに濡れそぼった姿で、夜な夜な人族の家を訪れては、服を脱ぎ、暖炉の前で妖艶な裸体をさらして、服を乾かす……。
家人が若い男だったら、そりゃ間違いが起こらないわけがない──ということで、グルアガッハと人族との間にはハーフが多いそうな。
聖樹様がチラチラとこちらを見つつ、顔を赤らめながら体をクネクネさせて、恥ずかしそうに説明してくれた。
「人族は、ほんと年がら年中、発情期みたいだから。ある意味、仕方がないわね」
すかさず視線をそらした俺に対し、呆れ顔でそう言いつつも、目線を合わせようとスプライトが顔をのぞき込んでくる。
「す、すみません。万年発情期で……」
でも、今の俺、起たないから。無害です……はい。
「ふふふ、ミルクの方が喜んだかもね」
「えっ!? なんの話?」
「あの子にはお駄賃をお金であげるよりも、よ」
あぁ、そっちの話ね。
「妖精の中でも特にグルアガッハはミルクが大好きなことで有名なんです。『ミルクを一杯ください』って、よくおねだりしてくると聞きますもの。私にはその気持ち、よ〜くわかります!」
いやいや、駄目じゃん! その発言自体、子どもができる原因になってるんじゃね? 金髪美女が暖炉の前で、濡れた服を徐に脱いで、「ミルクをいっぱいください」とか、誤解の元だろうに……。
「ううん、違うわよ。別に量がいっぱい必要なわけじゃないの、コップ一杯程度のミルクでいいのよ。半妖精ならそれで十分満足するから」
いやいや、スプライトさんや、そういう量的な意味でなくてだな、えっちな方の話だかんね……いや、えっちな話だとしても、コップ一杯ともなると、とてもじゃないが相当がんばらないと要求を満たせそうにないが……。
はっ! まさか、そういうこと!? グルアガッハって、めっちゃ淫欲系おねえさん?
「まあ! そうなんですね」
「そんなわけないでしょ!? 馬鹿なの? 二人して」
「だぶる」
「酷いです、ユタンさんまで。でも、タカシさんと一緒なら……それも悪くは」
いや、俺としては二人してアホなのはちょっと勘弁……ここは聖樹様にお譲りします。
「えっ、まさかの裏切り!?」
いやいや、そんな大袈裟な。まあ、そんなにもミルクが好きだというのなら、わざわざ買いに行かすこともない。この杖からミルクなんていくらでも出してやれるんだから。
男の子なら俺に惚れる心配もないだろうしな。その点、安心だ。
早速、土魔法で精製したコップに【テュルソス】の杖から極上ミルクを注ぐ。注いでるそばから、あの子がガン見しているのがわかった。
ふふ、想像以上、物凄い熱視線だ。あはは、こりゃ、グルアガッハの血族で間違いなさそうだな。
俺が近づいていく間も、俺の手元にあるコップからずっと視線をそらせないでいる。
「さあ、どうぞ」
俺が差し出したコップを両手で大切そうに掴む男の子。ただ、そのスピードは今まででは想像できないほどの速さと力強さだった。ガシッと!
さっきお駄賃をあげたときとは比べものにならない満面の笑みを湛えて、コップの中のミルクを眺めている。あはは。
「ほらっ、遠慮せずにお飲み」
次の瞬間、コップを抱えたまま、思いっきりお辞儀。ああ……中に入っていたミルクを全てぶちまけてしまった。まあ、そうなるよな。
「おっと!」
慌てふためき、地面に口を付けそうになった男の子──その服を俺も慌てて引っ掴み、子どもを宙にぶら下げた。
もう、なんて言うの? ほんと、かわいいし、かわいそう。涙目になって、空になったコップと地面の染みになったミルクを交互に見つめ、目をやる度に、さっきとは正反対にどんどん落ち込んでいく表情……見るも無残とはこのことだ。こちらにも痛いほどその絶望感が伝わってきた。
「いやいや、大丈夫だから。ミルクならいくらでも出してやれるから。気にすんな」
「……?」
それにしても、なんだこの子は!? 表情がもの凄く豊か。超おもしれえ。確かにこの子のお母さんだったら、俺でも間違いを犯してたかも。
「なんですって!?」
「いやいや、たとえ話だからね。冗談だから。大丈夫、人妻には手を出さんので。どこかに不幸になる人が出るのは、ちょっとな」
まあ、人妻という音の響き自体は、淫靡で好きではあるんだけど。あ、未亡人なら……。
「……」
おっと、ごめんな。いつまでも宙吊りのまま、この子を放置してたら、かわいそうだ。
「ほらほら、そんなに落ち込まない落ち込まない。ちょっと待ってろ。すぐまた注いでやるから……はい、どうぞ。って、ちょっと待った!」
とっさにこの子の頭を押さえて止める。危うく二の舞になるところだった。
「……?」
「まずはお飲み。ふふ、そういう礼のお辞儀なんて、飲んだ後でいいからさ。さあ、どうぞ」
なんだ? この子は面白すぎる。アホな子だ……でも、いい子だ。間違いなく、すごくいい子……。
「ぷっふぁーっ!」
「おお、いい飲みっぷりだな。もう一杯飲むか?」
きょとんとして、首を大きく横に振ってくる男の子。
「ん!? 遠慮はいらないぞ。いくらでも出してあげれるから」
改めて、首を大きく振って断ってきた。
「えっ!? ほんとに、もういいの? ……ふ〜ん、そうなのか。もういいのか……」
なんかすごく残念。
例のごとく、また勢いよくお辞儀をしてきた。
「あはは、礼儀正しい子だ。よしよし」
頭を撫でてやると、ほんと気持ち良さそうな表情を浮かべる。わんこみたい。その後、颯爽と仕事に戻っていった。
あぁ、なごんだ。なんか得した気分。
「さてと、んじゃ、宿を探すとするか……って、えっ!? なにしてんの?」
みんな、しゃがんでる……なんか落とした? 捜し物? 俺も探してあげないと。
「ところで、なにを見つければいいの?」
「なっ!? 違うわよ、ただ順番待ちしてただけよ。なのに、なんであんたまでしゃがんでるのよ?」
「あっ、ごめん。じゃあ、俺も最後尾に並ぶね」
聖樹様の後ろへ、っと。
「そうじゃないでしょ! あんた、わざとね!? わかっててやってるでしょ?」
「はいはい、わかってますっての。頭を撫でてほしいんだろ? でも、外だと注目を浴びすぎるから後でな」
「えっ、ちが……まあ、そっちでもいいけど。で、後って、いつよ?」
「まあ、宿に着いて、部屋でゆっくり寛いでいるときとかかな」
「なら、さっさと立ちなさい! いくわよ、宿に。さあ、どこかしら? 早く案内して」
やれやれ、そんなに頭を撫で撫でしてほしいの?
んじゃ、早く宿にしけ込んで、頭を……と言わず、全身撫で回しちゃうからね。ムフフ。
「「「……」」」
あ、すみません。なんせ万年発情期なもんで。
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