ep.61 ちょっとだけ大人の味がした
東門の外に戻ると同時に、ユタンちゃんは【歩いてくボックス】にスロットイン!
スプライトは、なんか知らんがお礼らしき物をアンバサダーくん達に渡してる。どうやら約束を忘れてなかったみたい。ほんと、いつの間に買っておいたのやら。
そういう俺は俺で、【水反鏡】を全方位展開し、周辺警戒を怠ってはいない。
スプライトもアンバサダーくん達に別れを告げ、街を離れる準備が整った。
さあ、出発だ。
街の東外壁を左に見ながら、ぐんぐん北上していく。
外壁の北東にあたる角まで出ると、ここからはちょっとずつ西寄りに進路を変えていった。早く街道へ出たい。
もう少し……あと少しで街道に合流できる。
追いつめられた俺の心情とは裏腹に、殊のほか、空は晴れ渡っていた。風が乾いている。
もっとも、こうして周りを見渡せる余裕ができた時点で、半ば危機は脱しているとも言えなくもないが。それでも、なんか嫌な予感が拭いきれないのも、偽らざる気持ちだ。
そんな悪い予感に限って当たるもので……。
やはり跡を付けてきている奴がいた。
つうか、こんな見通しのいいところで、バレバレだっちゅうの!
でも、安心した。だいぶ安心した……ただのストーカンの方だったから。野郎相手なら多少手荒なことをしても構うまい。
街道にまだ合流してない今なら丁度いい。落とし穴をいくらでも作ってやれる。
万全を期し、やつが潜んでいるつもりでいる場所、その全方位10m幅に渡って、取り囲むようにでっかいドーナツ状の罠を造ってやった。
土魔法を使って、地表数cmを残し、その下の土をそっくりそのままくり貫いてやった。そんな感じの落とし穴の罠……なんか言いにくいな?! まあ、落とし罠だ。
あっ! 落ちた、今まさに。
でもまあ、平気だ。怪我をしないよう、斜面を転がり落ちる形状にしてあるから……一応ね。
ただし、斜面を登ろうとしても、滑ってずり落ちる仕様だ……まあ、一日もすれば表面が乾いて登れるようになるはず。うん、そうしたつもりだ。放っておいても死にはしない……おそらく。
しばらく観察していたのだが、新たな脅威は現れなかった。
ふぅ、やっと危機を脱したようだ。はぁ、怖かったぁ。怖い街だった。
さすがに急な逃避行ということもあって、今回は、貸し切り露天風呂は回収しない。置いていく。
天井とか、階段とか、出入口をしっかりと硬化させた土で覆い、更に地中深くへ埋めてきたのだ。
もうちょっと付き合いが長かったら、キリングかウルリナちゃん辺りになら譲ってやってもよかった気もする……いや、駄目だな。そう考えただけで、なんか背筋に重く冷たい風が……。うん、プライベート空間だったもんな。
まあ、シェルタードームのときも、一度造ったものを再現するのは簡単だったからね。次も再現可能であることを願いたい。
実のところ、昨晩は飲んだ後、名残を惜しんで風呂に浸かってきたのだ。
パブからの帰り道、「風呂は置いていくから」と打ち明けたら、二人とも「最後に入りたい」と言い出したもので。今思えば、酔って脱水状態の身体にあまり良い行いではなかった。
ただ、翌日から旅に出る予定だったため、しばらくは身を清める機会も少ないかと思って、ついな。それに入浴した日の夜はよく眠れるし、明日は朝早いから丁度いいかなと思って、ついつい。
……嘘です。あのときは、また彼女たちと一緒に風呂入れると思うと、舞い上がりすぎて、わくわくどきどきが抑えきれずに。
はあ、なんにしろ、夢のようなひと時だった。
絶対またつくり直してみせると心に誓ったもの。
そうそう、昨晩つながりで思い出したけど、ホテルの精算がなんとも良心的だった。なんと! 予定を早めた分の宿泊代を返してくれたのだ。
先払いだったから、当然戻ってこないものとばかり思い込んでいたのに。
そういや、エピスコの街って、高級店以外でも後精算の店もあったりと、大都市だけあって洗練されたところが多かった気がする。
まあ、変質者みたいなのが多いところも、ある意味、都会っぽいと言えるのかも。
みんな、ストレス抱えすぎか?
生物は、棲息密度の濃さだけでも、ストレススイッチが入るらしいからね。都会でストレスを感じるようなら、文字どおり、人との距離を置くべきだ。
レミングみたいに群れただけで自殺に追い込まれてちゃ堪らん。それでなくとも……。
止め止め、もうあの街のことは忘れよう。
慌てて出てきた感バリバリだからな。もう一度、やるべきことを確認しておかないと。
一つ確かなのは、歩いてくボックスをまだ山登り仕様に変更していないということか。
まだ五日ほどは、こうした平坦か、少しずつ勾配が増してくる程度の道のりだって言うし、それほど焦る必要もあるまい。
見た感じ、今のところ、まだスパイクなんて必要なさそうだし。
ユタンちゃんの新調した妖精靴の調子も良さそうだ。以前にも増して、ぎゅるんぎゅるんと無駄に駆けずり回っているくらいだから。
いや、でも、あれか! 俺たちは普通の旅人よりずっと速いペースで移動してるんだった。前回同様のペースで進むとなると、三日目くらいには山道に差し掛かる計算になるのかも。
麓に着いたら、そこで一泊しつつ、山仕様に変更する予定くらいでもいいやな。
それでも、高原までの中腹辺りでもう一泊すれば、次の日には一気に町へ到着するくらいの日程で行けるか。まあ、何事もなければの話だけど。
だいたい四泊五日の旅路になるかな。
この街道には、隊商の往来すら滅多にないという話だったからね。それこそ三人だけの世界になるって感じだ。
なら、歩いてくボックスにわざわざ【光学迷彩】とか、【ステルス】なんかの隠蔽魔法を掛ける必要もない。稀少な光と闇の精霊を節約できるのなら、それに越したことはないのだから。
そもそも、エピスコの東門でばっちり姿を見せちゃってるからね。
あの反応を見る限り、ぎりセーフのような、ぎりアウトのような感触だったけど。
今、向かっている【ハイネス】の町も、エピスコと同じ【ラチアモンド郡】に属しているらしい。ここからも見えている北東に続く【ラチアモンド山脈】が、その名の由来になってるそうだ。
メダリオンがそのまま通用するというのも、少しは気が楽だ。
「エピスコでは何の問題にもされなかった」と言い張れば、歩いてくボックスも町の中に入れてもらえるかな? 無理か。
……いや、別に構造なんて秘密でもなんでもないんだ。だったら、中を見せて安全なのを確認させてやればいい。それだけの話か。
道が狭いだとか別の問題もあるかもしれないけど、往来の邪魔にならないようなら、町中に入れてもらえないか交渉してみよっかな。
はあ、それにしても、腹が減った。なんかほっとしたら急に……。
朝はお代わりもして、結構腹に詰め込んでおいたつもりだったのに。まあ、朝飯もかなり早い時間だったからな。
こうして自然の中を歩いていると、町中に居るよりずっと、お腹が空くペースが速い気がする。
旅の最中は二食と決めていたけど、やっぱり初日は昼すぎになるとキツい。どうにも腹が鳴っちまう。
と、いうことで、今まさにパウンドケーキを焼いています……歩きながらだけど。
最初は歩きながら、【テュルソスの杖】からミルクを出し、魔法で宙に浮かせたまま、無塩バターを作っていたのだ。
興に乗ってきたので、砂糖を加え、空気を混ぜ込むようにクリーム状に。
更に、市場で買ったばかりの卵を空中で割って溶き、少しずつ加え、クリーム状のバターが分離しそうになる直前まで、よく混ぜた。
ゴミにならないよう、卵の殻はそれこそ粉になるまで粉砕してから、肥料として、そこら辺の土の中に混ぜ込んでおく。エコだろう? エコなのさ。
歩きながらだと、結構面倒……けど、魔法制御の慣熟訓練がてら、がんばっている。
複数の魔法を並行運用してみたわけ。この際、苦手なマルチタスクの訓練も兼ねて。いやいや、本当は遊び半分だけどね。
もう一方で、薄力粉を風魔法でふるいながら、少しずつ加え、分離させないように混ぜるのを繰り返す。生地を馴染ませていく。
その傍らでは、ブランデーを水魔法でドライフルーツに浸透させつつ、それにも薄力粉をまぶす。
そして、両者を合体。生地にドライフルーツが均等になるように混ぜ込んだ。
今回はベーキングパウダーは使わない……正しくは買ってないから。うん、忘れた。
いやいや、生地を膨らませるのなら、要は、生地の中で炭酸ガスを発生させてやればいいだけの話だ。風魔法で代用できる。
生地を型に入れたりせず、風魔法で宙に浮かせたまま成形していく。うっ、むずい。
そのまま、生地の中に炭酸ガスを少量ずつ発生させつつ、火魔法とのコラボで高温の風を当てて焼いている。
焼き始めて二十分くらいした時に、風魔法で薄くスライスしたアーモンドを上からまぶしておいた。
今は、更に熱風で焼き上げているというわけだ。
オーブンの中のように赤熱していないので、焼き色の変化を確認しやすいのが、この面倒な焼き方の利点かな?
さながら透明の容器に入れて焼いているみたいに、目の前で焼き加減が一目瞭然。常時確認できるのは便利だ。
うん、出来たな。程良く焼き色がついたようだ。
この際、使用した魔法は、全て本人の魔素を消費したものです。なお、この後スタッフ一同で美味しくいただきました。
……なんてね。
別に食べ物で遊んでいるわけではない……まあ、遊びながらの調理ではあるが。
お皿を用意して、魔法を解いた瞬間、辺りに美味しそうな匂いが広がった。
ありゃあ、失敗した……いや、料理の出来的な話ではなく、調理の方法的に。
風魔法で完璧に気流を操作していたため、匂いが一切漏れ出してこなかったのだ。匂いで状態を確認できないというのは、調理法としては欠陥でもあるか。
気流を操作すると、今度は匂いの強さまで変化してしまう。状態確認には運用が難しいな。
今回は焼き色がすこぶる確認しやすかったので、魔法を解くまで、匂いがしていなかったことに全く気が付かなかった。
この辺が俺の料理が素人だという証拠だ。特にお菓子づくりは子どもの頃にちょっとやったことがある程度……。素人同然だもの。
「あぁん、美味しそうな匂いっ! ねえ、もう完成したんでしょ? 早く食べよ」
あっ、粗熱取るのを忘れてた。
水分が溜まらないようにしなくちゃ。風魔法で蒸気を少し抜いてやればいいのか?
「ちょっと待ってね……これで、よしっと。はい、完成」
「紅茶淹れたら、切り分けるね。楽しみぃ!」
おっと、その前に、テーブルと椅子を用意してやらないと。ぱぱっとね。取り皿やフォーク、パン切りナイフも。
今回の調理、風魔法の使用頻度が高かった。けど、一応、水、火、土魔法の四属性の練習にもなった。
魔法はイメージ次第だから、一度作ったことのある料理の類は比較的やりやすい。手順を魔法に置き換えるだけだから、イメージが楽なんだよね。
ただ、こういう単純な置き換えは合理的ではないな。まあ、わかりきったことではあったけど。そもそもが魔法の練習だから目的が違うしな。
でも、エコではあるか。熱効率とか、二酸化炭素の排出量的には有意義だ。
ベーキングパウダーの代わりに発生させた炭酸ガスだって、炭素固定して空気中には放出してないしな。そんなことを求められてもいないのに、やってしまっている自分が、なんだかなぁとは思う。
今なら光合成だって、できそうな気がする。食べ物がなくても生きていくだけならいけそう。空気中の酸素と二酸化炭素、水蒸気を使っての光合成か。味気なさそうだからやらないけど。更に人じゃなくなりそうだし。
「もぉう、いつまで考えてるの? さあ、いただくわよ」
「おう、そうだな」
「「いただきます(いたます)」」
子どもの頃、パウンドケーキって、『なんだよ? パンじゃん』って思ってた……。
でも、こうして二人と一緒に食べるパウンドケーキは、ちょっとだけ大人の味がした。
あ、いや、単にブランデー入れすぎただけか……うん、これはこれで旨い。まじ香る!
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