ep.54 色が足され、まさに絵が完成した

 ホテルへ帰る途中、何人もの酔っぱらいに絡まれそうになった。……けど、仕事をしっかりこなしてるアンバサダーガードがいて、助かった。


 ちゃんと仕事してる奴も意外といるのな。ちょっと誤解してたかも。そりゃそうか、でなきゃ、さすがに解散させられちまうものな。


 どこの世界もピンキリか。まあ、キリの方が圧倒的に多いみたいだけど。


 スプライトのせいで絡まれそうになっているわけだが、スプライトの御陰で絡まれないというスプライト中心の世界が展開されていた。


 まあ、オスががんばる理由なんて、そんなもんだ。


 お人形さんのようなユタンちゃんを抱えて歩く姿が、マスコット効果にでもなってるのかも。少女性を感じられるとも、母性を醸し出しているとも言えなくもない。


 本人がどう思っているのかは知らないが、傍から見たら、暴力的な魅了光線をまき散らしてるんじゃね!?


 スプライトが歩いた跡には、無惨に散った男たちの残骸が転がっていた……。つうかさあ、酔っぱらいとか、ごつい男共が「はぅっ!」とか言いながら倒れるのって、いったい誰得なんだよ?


 気持ちはわかるけど、気持ちはわかるけどよ……。周りが興奮状態だと、かえってこっちは冷めてくる。こうやって冷静になって、周りを眺めてみると、モテない男共の行動がよく見えてくるもの。


 いい女がそばにいてくれるだけで、男はこれほどまでに余裕が持てるものなのかね? あぁ、だからこそ、モテるって言うのな、納得!


 内心はどうあれ、表面上は、がっついているように見えなくなるもんな。


 ただ、それを演出しているのは、モテないおまえらのそういう行動にあるんだぞ。ちょっとは自覚しろ。対比で俺がどんどんモテちまうけど、それでいいのか?


 ……とはいえ、俺も今さっきそれに気づいたところだ。偉そうなこと言えない。ああ、やっぱり、こういうことだったんだな。金のあるところに金が集まるのと同じ構図だ。


 今更、知ったところでどうしようもない。若いときに知っていたとしても、あのときの気持ちを抑えられたとも思えないし。モテない男は何をしたところで無理だったってことか。はあ、残酷。


 いや、年食えば、なんかの拍子に、こうやって少しは女の子に相手をしてもらえることもあるみたいだ。めげずにがんばりたまえ、若人よ……いやいや、この場合、『がんばりすぎるんじゃねえ〜ぞ』が正解か?


 しっかし、殺気にも随分と慣れてくるもんだ。まあ、熊に比べれば、どうということはない。


 ん!? ……でも、さっき、なんか凄い殺気が? ……なんてな。


 俺はこの子とこれから一つ屋根の下、同じ部屋で一夜を共にする。そりゃあ、二人仲良くホテルに入っていく姿を見れば、嫉妬くらいするわな。


 とはいえ、実際にはユタンちゃんを含めて三人だ。何事も起こりはしない。



 ──翌日、俺の惨殺死体が発見される……ということもなく、いつもどおりの朝を迎えた。


 今日は、精霊の調査をしようと思う。


 魔物討伐のため、走りながらではあったが、昨日は街から見て北西部にある牧場地帯の様子を見ることができた。


 今回は街から見て北東部に当たる湖沼地域に赴くつもりだ。漁業地区の他、観光地でもあるようなので、二人を連れていってあげたい。


 ピクニックがてら、昨日見つけたパン屋でサンドイッチでも買い込んでいくか。


 二人に飲み物の要望を訊くと、紅茶が希望とのこと。急遽、保温性の高い水筒を拵え、温かくて甘いミルクティーも用意しておいた。


 その後、ホテルで少し遅めの朝食を済ませてから、東門に向かう。


 昨晩、鰻屋に行く際に通った【パインフルーツ通り】。そのときにも往来が多いとは感じたけど、ホテルのある【中央パインフルーツ通り】と比べても、朝のこの時間からして、圧倒的に混雑していた。


 やはり、この国では東西交易が盛んなせいだろうか? その街道に繋がっている東門と西門を擁するこの通りが、主要幹線道路であることは疑いようがない。結構な数の馬車が行き来してるから気をつけないと。


 それにしても、朝の日差しが眩しい。日陰側を歩いていくか。


 はあ、この程度の人混みなんて、東京では慣れっこのはずなのに……。久しぶりの人混みで、なんか人に酔いそう。


 スプライトも終始、目を白黒させっ放しだ。


 あれっ!? ユタンちゃんがいない? ……いや、いた……人混みで、足の間をすり抜けてる。面白そうな遊びだと思ってるみたい。


 しばらくしてから、俺の腕の中に飛び込んできた。興奮気味に「ふんすー」と鼻息を荒くしている。


 褒めてほしいようだ。けど、「他人に迷惑がかかるから駄目だよ」と注意しておいた。ユタンちゃんに驚いて足を踏み外す人もいるかもしれないからね。


 とはいえ、「ユタンちゃんの回避能力凄いね」と、褒めた後の注意だったけど。


 そうこうしているうちに東門を抜ける。ここから先、道が二手に分かれていた。


 そのまま東に向かう大きな街道、それと北東の湖沼群へと続く登り坂の小道だ。


 なんでもこちらの小道、北への旧街道に当たるらしい。


 ただ、百年ほど前に発生した大地震によって、この辺りの大地は随分と隆起してしまったのだとか。そのときに湖沼群もできたようだ。それ以来、この街道は廃れてしまっている。


 これは、昨晩、鰻料理屋で小耳に挟んだ内容だ。俺たちの隣で飲んでいたドワーフの親爺が、もう一人の年下のドワーフに対して、得意げに語っていたのが丸聞こえだったから。


 奴ら、やたらと声がでけえでやんの。どうやら炭坑夫らしく、仕事柄、耳をやられてたみたい。ドワーフのガハハ声って、そういう理由があったんだね。


 しかし、この世界にも地震があるのな……。まあ、当たり前か。


 そんなことを思い出しながら、そこそこ急だけど、なかなかにしてお洒落な石畳の道をえっちらおっちらと歩いていく。


 途中から木の遊歩道に切り替わった。


 更に上を目指して、蛇のように曲がりくねった遊歩道を登っていく。


 しばらくして、突然開けたと思った途端、目の前に明るい世界が飛び込んできた。


 あぁ、エメラルドグリーンの水を湛えた浅い湖、奥には岩場が切り立っているのだが、その大部分が黄緑色の細い葉に覆われていた。


 その柔らかそうな藻のような植物群と岩の間からは、真っ白い絹糸の束のような細く美しい滝の流れ──その流れがところどころで方向を変えつつ、無数に枝分かれしていく。


 湖に止め処なく注ぎ込むその清水が、碧い湖面に白色を加えていた。


 これほど美しく調和した色の世界があるなんて……。ただ、自然はそれだけに留まらなかった。


 視線を上げると、岩場の先には、針葉樹の森が深緑色で中段を占め。


 その背景には、遙か遠くで連なるようにそびえ立つ黄色と黒の地層が鮮やかな山脈──頂を雪の白さで飾った山々が借景となっていた。


 晴れ渡った青空から差し込む日の光が、湖面によって反射されて煌めき……それらの全ての色を幻想的に際だたせては、時折、陰をつくったりと、色を変える。それが一枚の絵画ではないことに気づかせてくれた。


 なんて奥行きのある景色なのだろう……。


 たった今も、目の前に広がる水の中を勢いよく泳ぎ廻る鱒の群れが、更なる情感をかき立てる。


 童話のような素敵な世界が眼前に広がっていた。


 隣に佇むスプライトたちを見ても、唖然として言葉もないようだ。


 涼しい風と共に、たった一言「きれい……」という言葉がそよいできた。



 ──しばらくして、湖の反対側に回り込むように続く遊歩道に沿って進んだ。


 その先には、棚田みたいに階段状になった、幾重にも連なる湖たちが更に広がっていた。


 一番上まで上って、こうして見下ろしてみると、また違った趣が。


 全体としてはSの字に連なっているせいで、一度に全てを見通すことはできない。それでも、それぞれの湖水の色が微妙に違っているし、一つの湖の中でも深さによって、色合いが変化していて見飽きることがない。


 遠くの山脈から吹き下ろす風の影響だろうか、街中と比べると、随分と涼やかだ。


 そんな中、くぅーっという、かわいらしいお腹の音が聞こえてきた。恥ずかしかったのか、俺の胸に顔を埋めているユタンちゃん。


 思いの外、時間が経っていたみたい。


 この美しい景色をゆっくり眺められるところを見つけ、遅めの昼食にした。


 道すがら、大量に買っておいたサンドイッチをみんなで頬張っていく。


 じっとしていると、やや寒く感じてくる気温。水筒に用意してきた温かいミルクティーが殊更旨く感じられる。二人もこぼれんばかりの笑顔だ。


 結構な登り坂で疲れた身体が糖分を欲しているせいもあるかな。二人の好みに合わせて甘くしておいてよかったよ。


 眺めが良いところで食べる食事は、絶景がスパイスにでもなってくれるのか、それだけで美味しく感じられた。


 とはいえ、きれいな湖面の下を泳ぐ鱒の群れを前に、スモークサーモンのサンドイッチが絶品だと感じたのは、いささか無粋か。


 あれっ!? 今、なんかいた!? いや、気のせいか。水の中だもんな……。


 あ、そういや、精霊を調査するためにここへ来たんだった。のんびり過ごしすぎて、ついつい忘れていた。


 海の上と同様、湖の上も遮蔽物がないから、精霊を探しやすいと思って。ただ、予想とかなり違ってた。こんなにも高低差があるとは……。


 この湖沼群は全長で大体10kmくらいの長さがあった。標高が異なる大小十二の湖を無数の滝が繋ぐ形になっている。


 一方、沼の方には遊歩道が整備されておらず、魚の養殖がされていることから、漁業関係者以外の立ち入りが禁止になっていた。


 それでも、【水反鏡】を駆使して調査した結果、湖の西側で精霊を見つけることができた。


 【クリークビル】付近や、ここまでの道中で精霊を見かけたルートの延長線をたどった結果とも言える。


 【エピスコ】の街は、クリークビルよりもやや西寄りにずれている感はあった。エピスコから北東方向に続くこの湖沼群のどこかに精霊のルートと重なる部分があれば探しやすいと当たりをつけて正解だった。


 ただ気になったのは、これまでと違い、精霊の流れが真北から真南方向へは移動していなかったことか。方角的にかなり斜めに傾いている感がある。


 どうしてなんだろう? まあ別に磁気的な影響を受けて真南に移動してるわけでもないということか。


 いや、考察は後だ。とりあえず、精霊を回収してしまおう。


 相変わらず、水、風、火、土の四属性が多い。闇と光は少ないままだ。比率的にはクリークビル周辺とそう変わらなかった。ここまでを全体で均してもそうだ。


 ……う〜ん、ここまできれいな水が豊富なだけに、もしや水の精霊が多いかとも思ったけど、やはりそうでもないらしい。これまでの様子からして、土地の影響を受けて、精霊の属性が変化する印象もない。


 まあ、ちょっとずつ移動してるみたいだからな。偶々ここで出会っただけと考えるべきか。


 やはり妖精みたいに属性で土地に縛られてるわけでもなさそうだ。でも、属性はある。なんでじゃろ?


 今までに精霊が発生した現場に出くわしたと考えられるのは、過去二回だけ。


 そのどちらも魔物を倒した直後、現場付近に現れた闇の精霊だ。だが、これも魔物から生じた瞬間を確認したわけではない。今のところ、あくまでも推測にすぎないが……。


 次に魔物を倒す機会があれば、是非ともその辺を確認しなければ。


 はあ、この地にあっても、まだ精霊の出所すら掴めないのか。徒歩の旅とはいえ、世界樹からもうかれこれ四、五百kmの距離にまで来ているというのに。


 残念ながら、ここで新たに得られた情報は、ほぼ皆無だったな。現況調査としては、いまいちか。


 とはいえ、精霊をそれなりの数確保することができた。これだけでも【虹色の園】への影響を抑えられる。そこさえ、クリアできていれば、別に焦る必要はない。


 情報にしても、色々と揃ってくれば、いずれ分かってくることもあるか。


 引き続き北へ向かって調査する必要があるのがわかっただけでもいい。うん、こんなところかな。


 なにより、今日は見たこともない素晴らしい景色に出会えたのだ。二人も充分満足してくれたようだし、観光としては申し分なかった。贅沢は言うまい。


 そろそろ帰ろうと思い、視線を上げると、眩しい夕日が射し込んできた。


 周りから歓声が湧き起こる。なにかと思って、視線を追って振り返ると、山が燃えていた。


 それこそ、本当に燃えていると思えるほどの深紅、真っ赤。


 吸い込まれるように、目が惹きつけられて……。


 ああ、これは!


 今まで最高だと思っていた絶景……そこに更なる上質な赤が足され、まさに絵が完成した。


 素晴らしい。素晴らしいとしか表現のしようがない……。


 この場にいた者全員、しばらく呆然としていたと思う。なにも口にすることができなかった。


 雄大な自然に翻弄されるがまま、ただただ眺めることしかできない数分間であった。

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