ep.34 形は、まさにそっくりそのまま

 相変わらず、胃腸の調子がすこぶる良い。


 昨晩は、魚介類をあんなにもたらふく食べたにもかかわらず、胃がもたれるどころか、もう腹の中に残っていない。


 腹が減っているというほどでもないのだが、それでも、我ながらどうかしていると思う。


 かといって、宿の食堂で提供されていた一人前の量であっても、物足りないということはなかったのだから、これまた不思議だ。


 とにかく今は食べたい気分。手早くできるものを、と思って、クラムチャウダーを作ることに決めた。火の通りが早い魚介類とフリーズドライ野菜を使えば、すぐできそうなので。


 実は今朝、潮汁を作る予定だった。だから、昨晩からアサリを水に浸け、一晩かけて砂抜きをしてあったのだ。これを転用しようかと思う。


 昨日のアクアパッツァには砂抜き不要と言われた貝を使ったけど、さすがにアサリを砂抜きせずに使う気にはなれなかった。


「おっ、結構、汚れてるなぁ。やっぱ、やって正解だったわ」


「へえ、貝によって違うのね」


「まあ、生息域の差だろうけどな。確か、砂地じゃない泥の中に住んでるようなのは、砂抜きは不要だったはずだよ。昨日食べたハマグリみたいなのって、さしずめボンビノス貝と言ったところかな」


「ふ〜ん」


 はは、そりゃまあ、スプライトにはまだこんなの、ようワカランよな。


 砂を吐いて汚れた水を捨て、改めてきれいな水に替え、貝殻の表面の汚れも洗い流しておく。


 【精霊水】を鍋に張って、よく洗ってきれいになったアサリを入れ、あまり煮立たせないように茹でる。


 貝の殻が開いたら、すぐにアサリを取り出し、貝殻から身を外しておく。


 アサリの良い出汁が出た鍋の中に、フリーズドライのニンジン、タマネギ、ジャガイモを加えて、弱火でコトコト煮込む。


 その間に、イカの内臓を取って、皮を剥ぎ、小さめに切り分けておく。


 熱したフライパンにバターを引き、イカを香り付け程度にさっと炒める。ついでだ。鮮度が良いうちに使ってしまおうと思って、朝から少し贅沢ではあるが、ホタテの貝柱と海老も同様にバターで炒めてしまった。


 とはいえ、南の海で取れた安い貝だけに、もしかすると厳密にはこれもホタテではないのかもしれない。まあ、異世界だからな……って、おいおい、毒とかねえだろうな?


 いや、魚屋で売ってたくらいだから平気か。でも、自分で取って食ったりするのは、危険な香りがしてきた。気をつけよう。


 取り出しておいたアサリの身と炒めたイカ、ホタテ、海老を、野菜を煮込んでいた鍋に加えて、軽く煮る。


 フライパンに残ったバターの上に、小麦粉を入れて炒めたら、【テュルソス】の杖からミルクを注いで、小麦粉をよく溶かす。


 これを鍋に移し、塩コショウして味を整える。


 ひと煮立ちさせ、とろみが付いたら、クラムチャウダーは完成だ。


 これに合わせるのも、簡単なものがいい。


 パンは、出がけの食堂で匂いに釣られ、急遽買い足したものだけに、もうこれで最後。こいつを使ってしまおう。


 女の子であれば、大概好きだと言いそうなやつだしな。


 そう、フレンチトーストだ。


 というのも、朝の挨拶を交わしたとき、なぜかユタンちゃんの手には、卵が……。暁の中、どこからともなく鳥の卵らしきものを見つけてきたようなのだ。


 それを利用しようと考えたわけ。


 にしたって、ユタンちゃん駄目だよぉぅ! 暗い中、一人で出歩いたりしたらぁ〜。


 まあ、それは後でしっかりと言い聞かせるとしてだな。今は料理、料理だ。


 この卵とミルク、そして、砂糖をボール状の容器に加えて、しっかりと混ぜ合わせる。


 この中に輪切りにしたパンを浸し、三十分以上漬け込む……ところなのだが、今回は魔法を使って、時間短縮だ。


 水魔法の原理で、卵液の動きをコントロールし、パンの中に浸透させてみた。


 うん、どうやら上手くいったみたい。全体にしっかりと馴染んだ。


 後は、焼くだけ。


 魚介を炒めた先ほどのフライパンは、一旦、水魔法で洗浄。海鮮の匂いが移っちゃうからね。


 再び、バターを引き直し、中まで卵液が充分染み込んだパンを両面焼きにしていく。


 お皿に載せて、これまた【テュルソス】の杖から出てくる甘い蜜を掛ければ、フレンチトーストのぉ、出来上がり〜っ!


 あっ! つい、食欲に負けて、また杖を使っちまった。あれほど危険視してたのに……くっ、これも神の呪いかなんかか?


 杖から出た、なんの乳だかもわからないミルクに、なにからどこから採れたかすらもわからない蜜……なんてもの作ってんだよ!? ギリシャの神って、ほんと卑猥な。


 実はこの杖、謂われどおり、清水も出るには出るんだが……。もしあっちの方の聖水だったらと思うと、怖くて出せない。


 あぁ、やばい、やばい。違う意味で変なこと想像しちまうから、止めてね。ったく、変な趣味に誘わないで。


 どちらにしろ、俺には【精霊水】があるから、要らないけどね。


 この杖、酒の神ニンカシゆかりとは言うが、明らかにあの誑しのディオニュソスが使ってた【テュルソス】に間違いなさそうだもん。


 甘いものを食べた際のスプライトたちの笑顔見たさの誘惑に負けて作っちまったけど、今更ながら、こんなの、二人に食べさせちゃって、大丈夫なの?


 あの子たちが更に魅了されてしまうのは目に見えてるのに……どうにも逆らえそうにない。


 やっぱ呪われた杖なのだろうか? もっとも、神からの授かりものだと、たとえそれが祝福だとしても、人にとっては、呪いと大差ないか……。


「おいひい」


「おいし」


 ほらっ、ねっ!


 いや、あれは単に舌鼓を打ってるだけか?!


 まあ、確かに旨いもんな。


 それにしても、スプライトの方が滑舌が悪いとは……。


「らって」


「ふふっ、そうね。初めて食べた甘うまな食べ物だったもんね。うん、いいんだよ。気にせず、存分にお食べ。好きなだけ焼いてあげるから。あっと、パンの残りは無いんだった……食べかけだけど、もしよかったら、俺のも、どうぞ」


「あっ、ありがと! 好き、大好き!!」


 まあ、これだけ喜んでもらえるのなら、これはこれで仕方がない。杖なんて知ったこっちゃない。


 そもそも、運命なんてのは、所詮、俺なんかにはどうにもならないから……。


 さてと、俺はクラムチャウダーをお代わりしようっと。


 蕩けそうな表情の二人を眺めながら、美味しくできた料理を心ゆくまで味わっていく。


 こんなにいろいろ堪能してばかりだと、胆嚢ポリープにでもなっちゃいそう。いや、単にコレステロールが高そうな料理だから……ごめん。


 あ、そういや、若い頃、人間ドックで見つかったコレステロールポリープ、放置したまんまだったけど、どうなってんだろ? きょわい。



 ──しばらく食休みしてから、旅を再開した。


 道すがら話をしていたら、スプライトがふと何かを思い出したようだ。どうやらレイノーヤさんと契約するよりもずっと前、この辺りを飛んだ記憶があるらしい。


 なんでも、へんてこな山が、この少し先にあるのだとか……。


 いまいちよくわからない説明だったので、いろいろと聞き返してみたのだけど……スプライト曰く、「ふふん、実物を見ればわかるから」の一点張りで、教えてくれない。


 俺の顔を見ながら、含み笑いを浮かべているから、なにやら企みがあるようだ。まあ別に、騙すつもりではないのだろう。


 どう驚かせてくれるのかと心待ちにしつつ、ここは黙っておくことにした。


 相変わらず、なだらかに続いてく街道。ここまでかなり速いペースで歩いてきている。


 スプライトにも疲れた様子は見られない。


 それどころか、お目当ての地に早く着きたいという気持ちに当てられたのか、どんどん先へと歩いていってしまう。


 それに引っ張られるような形で、俺も随分と早足になっていた。


 つい先ほど、同じ街道を北に向かって歩いている人たちを続けて二組追い越したのだが、その際、自分たちのペースが普通の人の、優に倍以上のペースであることが判明した。それも急ぎ足になる前のペースでだ。


 幸いにも、同じ方向に向かっていたので、相手がこちらの気配に気づく前に、【歩いてくボックス】に隠蔽魔法を掛けることができ、ことなきを得た。


 通行人の横を通り抜ける際には、風魔法で地面すれすれを浮かせるように移動させたので、相手には全くもって、気づかれてはいまい。


 もうそれほど隠し通す必要もないとは思っている。ただ、これほどの大きさで、しかも得体の知れない球体が、街道をこのスピードで近づいてきたら、誰だって身構えるだろうからね。


 この辺はまだ木々も多く、くねくねした道で、見通しがそれほど良くもない。だいぶ引き離した今となっては、隠蔽魔法を解いている。


 次の街に着いたとき、さて、どうすべきか? この状態のまま街に入るのには、さすがに勇気が……。どう考えても、すんなりとは入れてもらえないだろう。絶対、ひと悶着ありそう。


 やはり、今まで通りかな。多少遠回りしてでも、面倒事は避けた方がかえって早いだろう。やはり街の外に置いておくのが、正解な気がする。


「あっ! あそこよ、あそこ」


 突然、前方を指差し、スプライトが騒ぎ出す。


 はしゃぐスプライトのかわいらしい姿にしばらく見蕩れていた。


 すると、無視されていると思ったのか、スプライトのやつ、俺の頬に両手をあてがい、次の瞬間、強引に顔の向きを変えやがった。先ほど指差してた方向に向けて、俺の頭をぐいっと。力を込めて。


 あはは、恋人同士みたい。なんだか凄く幸せ──なんて思った瞬間、見たこともない光景が目の前に……飛び込んできやがった!


「なんじゃありゃっ!?」


 思わず、そんな声が漏れ出てしまった。けど、無理もないと思う。だって、そうとしか言いようがないもの、あんなの……。


「だから、言ったのに。ふふん!」


 それは、高さ五十メートルにも及ぶジャバ・ザ・△ット様……それが三体も。いや、魔物とかじゃなく、ただの岩山みたいなんだけど。


 形は、まさにそっくりそのまま。


 色がまた、ジャバ様そのもの……いや、それよりも更に、紅、朱、赤、茶、オレンジ、黄、黄緑、深緑色と、見事なまでにグラデーションが掛かっていた。


 なおかつ、濡れた岩肌が妙なヌメリけを放っていて、生き物感を出しまくっとるがな。


 そう、岩山の天辺から噴水のように、温水が勢いよく吹き出してくるもんだから、異様としか表現しようがないわけ……。


「おぉっ! すっげっ、間欠泉かよ!? はははは、これは凄い、凄すぎる!! 温水がジャバジャバ出とる。まさに、ジャバ・ザ・ホットウォーターだ」


「でしょっ! こんなの、口で説明できないもん。直に見なきゃ」


「確かにな」


「……」


 グラデーション狂のユタンちゃんも圧倒されてるようだ。歩いてくボックスから飛び出してきたと思ったら、首を精いっぱいに持ち上げ、ずっと食い入るように見上げている。


 あれっ!? なんか少しフラフラしているみたい。そんなにも衝撃的だった?


 本当に、見たこともないような不思議なものって、世の中にはあるものなんだなぁ。


 しばらくして、岩の表側へ回ってみると、土産物屋さんが。やはり、ここは観光名所のようだ。売り子さんがジャバ様石のミニチュア版を売りつけてきやがる。


 どうやら温水に含まれる成分が、石にへんてこな色合いを付けているそうだ。


 ユタンちゃんとスプライトがどうしてもと欲しがったので、ペンダントになったものを一個ずつ買ってあげた。


 後になって、「なんでこんな物買ったっけ!?」って、絶対に後悔するから……と心の中で思いつつ、笑いを堪えきれなかったよ。ふふふっ。


 後で何の役にも立たないどころか、邪魔にしかならないことに気づく。まあ、土産物って、そういう運命だから。いい機会だし、君たちも勉強したまえ。あはは。

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