ep.9 躱す、躱す

 思念のダダ漏れっぷりには半ば諦めつつ、二人してわいわい言い合いながら歩いていると、あっという間に、門前へたどり着いてしまっていた。


 【メダリオン】を見やすい位置に取り出し、なにげない風をよそおって、門を通過する。


 やはり出るときと同様、今回も簡単に町の中へ入ることができた。スプライトにも気付いてないみたい。ちょっと緊張してたのに、なんか拍子抜けだ。


 おっと、忘れてた。そういや、リュタンちゃんにお礼を言っとかなきゃ。


 俺からの礼をアリエルがなんとか受け取ってくれたのって、おそらくはリュタンちゃんが色付けしてくれた、あのかわいい袋があってのことだろうからね。


 なんだかんだで、あの雑貨屋のおやじが仕入れたプラスチック製の容器も役に立ってくれたわけだし。あくまでも、ついでだが、礼の一つも言ってやらんでもない。


 リュタンちゃんのかわゆいお顔を見て癒やされよう。そう思って、雑貨屋方面に足を向ける。


『はぁあ!? まだ他にもいたの? ちょっとぉ、誰よ、それ? ……んっ、リュタン?!』


『他にもって、なんのことだよ?』


『あ……なんでもない』


『おいっ……?』


『……まあ、通り名も知らないような仲ならいいわ。許したげる』


 いったい、なんなんだよ?


 しばらくすると、人の列ができているのが目に入る。


 へえ、こっちの世界にも行列できる店なんてあるんだな。初めて見た。


 にしても、なんの行列だ?


 あれっ!? 交差点を曲がった先まで続いてるの?


 いったい、どこまで……って、ありゃ!? 例の雑貨屋か? あの店まで続いてるんじゃ……。なんか話題の新製品でも入荷したとかか?


 うぅっ、やだやだ。こんな異世界に来てまで、行列に並ぶのなんて……。出直すか?


 いや、別に買い物に来たわけじゃない。店の中をちょっくら覗いて、リュタンちゃんに手を振ってから帰ればいいやな。うん、そうしよ。


 しかし、これって、いったい……。


「なぁなぁ、この行列って、なに?」


 おっ! どっかの兄ちゃんがいいタイミングで質問してくれた。だよね。誰だって、そう思うよな。


「ふふん、実はな。そこの雑貨屋にいる半妖精に昨日触ったやつがいるんだってよ」


「ま、まじかよ!? あのリュタンだろ。いいなぁ」


「でな。逃げない半小妖精っていう噂を聞きつけて、みんな、こうして集まってきてんだ」


「俺も並ぼう」


「ふっ、今から並んだんじゃ、今日中には無理かもしんねえぞ。ある程度時間を区切って、ちょっとずつしか入れてもらえねえみたいだからな」


「まじか?」


 あちゃあ、原因は俺だったのかよ?


 これはどっちだ? 怒られるやつか? それとも喜ばれるやつか?


 急遽、行列を追い越し、店の端っこにあった小窓から、中の様子をこっそり窺う。


「あっ、お前、そこのお前だよ! ちょっと中に入ってこい」


 あ、やばっ! 店主に見つかっちまった……どうする? 逃げるか。


 いや、なんかここで逃げると、並んでるやつらにも目をつけられそう。訳もわからず、悪人認定されるのは、更にまずい。


 さて、どうすべきか?


 げっ、ぐだぐだしてるうちに、店主の奴、外まで出てきちまいやがった。くぅ、とりあえず、素知らぬ顔して近づくしかねえ。


「はっはっは、なんか知らんけど、商売繁盛で結構、結構」


「ああ、お前のお蔭だよ。ありがとな」


 ほっ、よかった。迷惑掛けてないみたいだ。


「そうですかい、そうですかい、それは良かった」


「あれから噂を聞きつけた奴らが来ること来ること。最初は何も買わずに帰ろうとした馬鹿野郎とか、混雑を捌くのにも、ひと苦労だったけどな。ほらっ! 今はこんな感じだ」


 てか、リュタンちゃん目当ての冷やかし連中相手に、うまいこと商売したってわけか。


「ふーん。それで、リュタンちゃんに触れるようになったのか?」


「……だ、誰も……」


「意味ねえじゃん! ふ〜ん、それじゃ、この行列もいずれ捌(は)けちまうな」


「馬鹿っ! 余計なこと大きな声で言うんじゃねえよ……ちょっとこっちに来てくれ」


 店主に引っ張られ、行列からちょっと離れたところまで連れていかれた。


 そこで店主が相談があると、急に耳打ちしてくる。


 げっ、おっさんに耳元で囁かれるのって、想像以上にキモい。


 それに内容も内容だ──「これから定期的に店へ顔を出して、リュタンと触れ合っているところを見せつけてほしいんだよ。できれば、毎回変装して、同一人物だとバレないように」だなんて、ぬかしやがった。


「おまえ、それって詐欺じゃねえのか?」


「ば、馬鹿! シーッ、シーッ、商売人相手に冗談でもそんなこと、口にすんじゃねえよっ!!」


 いや、結局、おめえが一番騒いで注目集めてるじゃんか……それに、やっぱ詐欺くせえし。


「じゃあ、今回だけ……一回だけでいいから、一生のお願い!」


 要らねえよ! おっさんの一生のお願いなんて。


『じゃあ、あたしからもお願い。一回だけでいいから。ねえ、一生のお願い!』


『うん、スプライトさんや、今はそういうの止して。君がかわいいのは、すごく理解したから。耳もすっごく、くすぐったいから』


『えへっ、うふふ』


 とはいえ、そもそもリュタンちゃんに会いに来たわけだしな。今回は、まあいいか? いや、詐欺の片棒担ぐみたいで、なんかしっくりこねえんだが……。


「仕方ねえな。今回だけだぞ」


「ありがてえ! 恩に着るよ」


『そうやって、タカシは詐欺師に転落するのであった』


『しねえよ。ちょっと中の様子を見てくるだけだっての。そうそう、ジョブチェンジしてたまるか』


 でも、なんか楽しそうだな、スプライトのやつ。ここぞとばかりに茶化してきてるけど。ふふっ、別に悪戯するわけじゃないからね。


「ささ、どうぞ」と、店主に中へ入るよう促される。


 当然、並んでた客たちが順番を飛ばされたと思って、猛烈に抗議してきた……が、そちらの対応は店主に任せ、素知らぬ顔して中へ入る。


 うん、リュタンちゃんに触ろうとする順番待ちをきちんと整理できているせいか、店内にはそれほど客がいなかった。意外なほど整然としている。


 それにしても……うん。ちょっと離れたとこから見ていても、リュタンちゃんがどうやって避けているのか、まるでわからない。するっと見事に躱していく。


 ははは、確かにまだ触れてないようだ。


 いやいや、笑いごとじゃねえよ。あれじゃリュタンちゃんのお仕事の邪魔だっつうの! けしからん。


 おっ、俺に気付いてくれたの!? リュタンちゃんがこちらへ向かって歩いてきた。ふふっ、てくてく歩いてくる姿が、なんともまあ。


 視線の高さを合わせるよう、できるだけ低くしゃがんで待つ……ふふふ、至福のひととき。


 うん、目の前に来た。それでもまだ見上げてくる感じになった円らな瞳が……はあ、かわゆい。


 どうだろ? 今回も撫でさせてくれるかなぁ。


 ゆっくりと頭に手を伸ばした。


 あぁ! やっぱすげえ、極上の感触……手が幸せ。なんなんすか? この撫で心地は!?


『なっ!?』


 スプライトさん、ちょっとうるさい。耳元なんだから。いや、念話に耳とか関係ないか。耳……??


「あれ?! こんな耳あったっけ?」


「はえた」


「えっ、ほんと?」


 これまた、かわいく頷くリュタンちゃん。


 確かに今ぴょこっと起き上がった感じだったもんな。そっかぁ。はえちゃったかぁ。


「ハムスターみたいな耳で、リュタンちゃんにすんごく似合ってて、かわいいよ」


『くっ、このっ、妖精こまし!』


 だからスプライトさん、うるさいっての。


 んっ! 妖精!? ま、まさか!? これって……例の……伝説の……あの、ケモミミかぁっ!!


「す、凄いぞ! リュタンちゃん」


「すごい?」


「うんうん」


 あれっ?! 確か、ケモミミって、妖精さんに信頼された証じゃなかったっけ? 伴侶と同じくらいに。


 おいおい、どこのどいつだよ? リュタンちゃんに手を出した不届き者はよぉぅっ。殺しちまうぞ、おらっ!


「うん!? なんでリュタンちゃん、俺を指差してんの?」


『ふんっ! あんたが原因だからじゃない』


「えっ!? 俺?」


 おっと、いけねっ! スプライトと喋るときは、念話にしなきゃ。


『ところで、原因って、なんのことだ?』


『同伴契約に決まってるじゃない! あんたがお相手の……ほんと白々しい』


『嘘っ!?』


『ふんっ! このぉ、誑し。すけべ』


 なに怒ってんだよ?


『えっと、これは、どうすれば?』


「いっしょ」


 えっ、もしかして、思念読めてるの?


『魔法契約の効果よ。そいつも半妖精なんだから。それに、あんたの思念がダダ漏れなのは、今に始まったことじゃないでしょ』


『へぇ〜、そうなの。えっ!? もしかして一緒って、俺に付いてきてくれるってこと?』


 かわいく頷くリュタンちゃん。その仕草にまたほっこり……いや、そんな場合じゃないか。


『どうしよ? スプライト』


『それ、あたしに訊く!? ふんっ、知らない!』


 まあ、店主には何も言わず、ただ出ていけばいいか? 抱き抱えたり、手を引いたりしていかなければ、さすがに連れ去ったとはみなされないだろう。


 それに、元はといえば、あいつが「触ってけ」って言ったのが原因なんだし。俺は知らん、責任はあいつにある。


『ところで、リュタンちゃんは、独りでお外に出られるのかな?』


 また、かわいく頷くリュタンちゃん。


 じゃあ、大丈夫か。自分の意思で後を付いてくる分には。そういうのを見せつけてやれば、もはや納得するしかないだろ……。いや俺だって、正直、納得するなんてこれっぽっちも思っちゃいないけど。


 しょうがない。男は度胸、しらばっくれる。ははは……全然、男らしくねえ。


『リュタンちゃん。ここに残りたかったら、別に残っても構わないんだからね。でも、もし、おじさんと一緒に居たいんだったら、後をしっかり付いてくるんだよ。じゃあ、もう行くからね』


 振り返らずに、ゆっくり出入口へと向かう。


 出るとき、万が一にもリュタンちゃんが扉に挟まれたりしないよう、こっそり風魔法で扉が閉まらないように押さえておく。


 更に水魔法で即席の水鏡を作り、後ろのリュタンちゃんの様子を確認しながら、表に出た。


「ぎゃーっ! リュタン、どこ行く!? こいつなんかに付いてっちゃ駄目だぁぁ!!」


 近づいて抱えようとしてきた店主の手をするっと躱し、なにごとも無かったように、俺の後を付いてくるリュタンちゃん……まじ、かわゆす。


 途端、並んでいた客たちも一斉に触れようと近寄ってきて、すっかり取り囲まれた……のだが、そこは肩透かしのプロ──紙一重で躱す、躱す。偶に俺の方を窺っては相手の注意も逸らしつつ、また躱す。


 持ち前の魅力で相手をめろめろにして判断力を奪いつつ、すり抜ける。蝶のように舞わずとも、ごくごく普通に躱す。


 あっ! 網で捕まえようとしている奴が!! と思ったら、即座に他の連中に取り押さえられた。しかも、あっという間に袋叩きだ。


 へえ、ルールを守らない奴には容赦ないらしい。うん、結構、結構。いや、こえーよ……。


 しばらくして、どうやらファン連中も触ったり、捕まえたりするのを諦めたみたい。


 そろそろ、頃合いか? もう、だっこしても、いいでしょ。そんだば、よっこいしょっと。


「あはは……よくがんばったね。リュタンちゃん」


「ん?」


 はは、リュタンちゃんにとっては、造作もないことでしたか。


 ホセ・メ○ドーサ並みの動体視力と予測能力、そして身体制御……末恐ろしい。


 さて、お持ち帰りするのはいいんだけど、リュタンちゃんに何してもらおうかな?


『お持ち帰りって!? あんた、なにさせる気よ? このぉ、どすけべ』


『いやいや、そんなに睨むなよ。そうじゃないぞ、スプライト。別にいかがわしいことじゃないって』


『じゃあ、なんなのよ?』

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