第12話 ちゃんと説明して!! プリーズ

 やっと迎えた朝。目が乾く。瞼もピクつく。


 でも、いよいよです。


「っしゃーっ! 異世界の大本命、来たーーっ!! ……オホン。魔術のお時間です。先生お願いしやす」


 里の中を風が吹き抜けていく。


「……」


 レイノーヤ先生の視線が冷たい。


 だって魔術だよ? 異世界でしか味わえない体験だもの。わくわくしますって。


 朝食を済ませ、広場までやってきていた。


 興奮して汗ばむ体に、風が心地好い。いつもと違う爽やかな朝だ。


「もう大丈夫。落ち着きましたので。講義を」


「仕方ありませんね。まずは風妖精を召喚します」


 レイノーヤさんが念じるようなそぶりを見せる。


 突然、スーっと黄緑色の小さなベールが現れた。若草色の透き通った生地をはためかせ、小さな女の子が……宙に浮かんで。


 なぜか凝視しようとすればするほど見えづらい。


 疲れて目を凝らすのを止めた途端、体も透き通っていることに気付く。


『へんたい! なに見てんのよ!?』


「あ、ごめん」


 確かに不躾だった。


『……たまたまよね?』


「えっと、なにが?」


『……』


 小首を傾げたまま妖精さん、目をぱちくりさせてる。ちょっと間が抜けてて、可愛い。


『うそ、まさか聞こえてるの?』


「普通は聞こえないもの?」


『あたりまえでしょ! って、ほんとに聞こえてるんだ』


「あ、もしや俺の身体と関係してたりする?」


『あっ、ほんとだ。すっごくうっすい! でも、濃いい』


「どっちなんだよ!?」



 ──埒の明かないやりとりが続き、見兼ねたレイノーヤさんが間に入ってくれた。


 この妖精から見ても、俺の肉体は薄いらしい。


「その代わり、【アストラル体】と【エーテル体】が超高密度で肉体から溢れんばかりとのことです」


 通訳してくれたけど……わけワカラン。


 そもそも、肉体が薄いって、なんだよ? ああ、ずっと思ってたさ。聖樹様に言われたときから。


 ワカランのですよ! 偉い人の言うことは。


『へえ、あたしが偉いって、わかるんだ。ふんふん』


 ワカランのですよ! ジオ▽グに足付けろという人の言うことは。


『えっ!? ジオ……なに?』


 説明しろ、責任者!


『だから説明したよ?』


 あ、ごめん。ガンダ△好きなもので。


『えっ!? ガン……なに?』


 いや、俺の話なんてどうでもいいのよ。今は妖精と。妖精さんとお話できる件ですよ。


『だったら無視すなっ!』


「ちょっと待ってね。今、頭の整理中だから」


『なら整えてから繋ぎなよ』


「いや、俺、念話初心者なもんで。そこが上手くできんのよ。つうか、念話してるつもりなんて無いし」


『ん!? 確かに……変かも』


「魔法線を介した会話に似ていますね。こちらにも流れてきてますが──」


 妖精と契約者の間では、妖精間の念話と似て、例の魔法線を介した思念通話ができるそうだ。


 魔法線が繋がる際には、肉体の膜を突き破られるような感覚があったんだと。レイノーヤさんったら、またそんなえっちなことを……あ、今は伝わっちゃうのか?


『こいつ、おかしいよ』


「私も変わった御仁だと……」


 やば、バレてた。


『そういうことじゃなくて!』


 どこか悲痛な叫び。俺から距離を置くよう宙を後ずさっていく。


「えっ!? どしたの?」


 その様子を訝しがってると。


『引きずりこまれる! 引きちぎられる!!』


 途端、レイノーヤさんに睨まれた。


「いや、何もしてませんって」


 なんでそんな誤解する? しないよ。つうか、できないっしょ? こんな人前で。


 そもそも、この世界に来てからというもの、アレが全く反応しないのに……。


 正直、すけすけの身体が気にならんわけではないけど。


 これ、セーフだよね? 「お巡りさん、この人が犯人です!」まではイッテないよね?


「いや、だから、誤解ですって。ちゃんと説明して! プリーズ!! せめてレイノーヤさんにだけでも」



 ──結論から言えば、無実でした。


 『引きずりこまれる』とは、魔法契約的な話。レイノーヤさんとの魔法契約を引き千切るほどの勢いで俺との回線が太くなってるとかで。


 この妖精、肝心なところで言葉を端折ってくるから困る。問いただして、やっとだもの。


『穴を無理やり広げられ……強引に繋がれちゃう』


「また他人に聞かれたら誤解を生むようなことを。肝心なとこ端折るなよ! いや、むしろずっと黙ってて」


 こえーよ。超怖えよぅ、妖精。


 俺を社会的に抹殺する気か? こういう意味なの? 妖精の悪戯好きって。なんか思ってたのと違った。


「つうか、大丈夫なのか? なんだかんだで俺の思念ガッツリ読んでるけど」


『あは、けっこう平気みたい。というか、あきらめた』


「あっけらかんと……そんな簡単に」


『いいの、いいの。あたし、エアリエル、よろし、く? ……あ、はいは〜い、スプライト、スプライトさんですよ〜っ!!』


 なにかを口走った後、慌てて訂正し出した。


 聞き返すと、スプライトというのは、この風妖精の【通り名】なんだと。


 たぶんこいつ、うっかり【真名(まな)】を明かしちまったんだと思う。まあ、普通は契約者としか話せないから油断したか。


 ほんと、大丈夫かよ? 真名は魔法的拘束力があるって講義で習ったぞ。他人に知られると心を支配されたりするんでねえの?


 まあ、ここは情けで聞こえなかった振りしてやるけど。後で『大事なものを奪われた』とか言い出しかねんからな。


 んっ! わざとか!? わざとなのか?! これもわざとだったりするんか? はあ、どっちかワカラン。


 あれっ!? そういや、なんで俺やレイノーヤさんは聖樹様と話ができたんだ? 妖精とは契約者しか話せないはずじゃ?


「それはあの最奥の間が特殊なのです。謁見のための部屋ですから」


 ん?


「わかりませんか? 妖精であるエルフ様が、我々のような肉体を持つ下々の者とお話しになるために誂えてくださった部屋なのです。つまり、我々もエルフ様の御声が拝聴できて、奏上すらもできる特別な空間というわけです」


 俺の疑念が流れ込んだのか、レイノーヤさんがすかさず答えてくれた。


 へえ、エルフとはあの部屋でしか話せないってわけか。あ、特定の場所といえば。


「スプライトも契約前はこの里に縛られてたのか?」


『バカね! あたしは風妖精よ。大気があるとこならどこでも行けるわ』


 ちっちゃなくせに胸を張って偉そうに。


『えっち』


「いや、そういう意味じゃ」


 そういや筒抜けだったね。妖精さんには。てか、今はレイノーヤさんにもか!


「……」


 やば。でも誤解ですって。


『シルフともなると、大気のないところ以外、どこでもへっちゃら。ふふ、まさに天空の覇者なのよ!』


 属性を司る四大妖精は性質的な縛りはあるものの、かなり広範囲に出没できるらしい。


「それよか、おまえ。端折らず喋れるじゃんか」


『ふんっ、なんか文句ある? 空気止めたろか』


 あは、こっちの世界にもいやがった。「文句ある? 琵琶湖の水、止めたろか」みたいなこと言ってくる奴。「滋賀県民か!」って、ツッコミ入れたい。


『つっこみ入れたい? なにを? どこに?』


 そういうこと言わないの。またレイノーヤさんに誤解されるでしょうが。いや、確かに滋賀県民とかわかんないか。


『てへ。スプライトわかぁんなぁ〜い』


 くっ、わかってる方ね。


 こ、こいつのせいで大切な魔術演習の時間が……尽きた。


『尽きた? イッちゃった?』


 くぅ。レイノーヤさんだって暇じゃないんだよぅ。貴重な時間を割いて講義してくれてるのに……。


『あはは、じゃっあねえ〜!』


 スプライトの姿が消え、爽やかな風が俺の頬を撫でていく。


 いつの間にか、暑さが和らいでいた。


 ただ、魔術は持ち越し……。いや、明日こそは!

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