第4話 おかしいな。普通に声が出る……
えっ、誰!? 見回しても、それらしき人物が見当たらない。
「聖樹様! 悪戯はその辺で」
たしなめる声がその場に響く。
「ふふ、ごめんなさいね。私たちとなら口を開かずともお喋りができそうだったものですから、つい楽しくなってしまって。調子に乗りすぎました。許してくださいね」
えっ!? これも聖樹様のお声なの?
「ふふ、そうですよ」
まるで心の内を読んだかのようなお返事が!?
それに、これまでとは口調や雰囲気が様変わりしていた。
こちらが本来の話し方なのだろうか? 心地好く染み渡るお声なのは変わりないけど。
「ふふ、ありがとうございます」
えっ!? 本当に心を読まれてる? 今まで考えてたことも!?
「ええ、それはもう。すっかり」
春色を奏でるフルートのような澄んだ声色が耳をくすぐった。
やばっ! 失礼なこと考えてなかったよな?
「ふふ、大丈夫ですよ。中にはよく分からない部分もありましたけど。今まで言われたこともない褒められ方が新鮮で。とても嬉しかったですよ」
よかったぁ、えっちなこと考えてなくて……つうか、これも丸聞こえですよねぇ。
「あら、えっちな方なのですか? うふふ、いけない人。練習すれば、すぐできるようになりますから。やってみます? 念話」
えっ!? ああ、念話のことね。びっくりした。
他のエルフ方にも筒抜けだったこともあって、聖樹様が直々にコツを教えてくださることに。
念話と言っても、テレパシーのように思ってることを相手に伝えたり、盗み取ったりするのとは微妙に違うみたい。
『ええ、お互いに読み取るだけですから』
念話では相手の目を見て、まずは心を繋げることが大事なんだとか。
その後は、自分が伝えたい事に集中する。それで相手に考えが伝わるわけではなく、そうしないと思い浮かべた事が相手に漏れてしまうとかで。漏れ防止のための集中だ。
『うふふ、漏れてますよ。いっぱい漏れてきちゃってます。まあ、そんなことまで……なかなか興味深いですねぇ』
えっ!? どこまで漏れてるの? まさか……。
『そのまさかを含めて、他にもいっぱいです。キャッ』
『あ、すみません。難しいものですね』
念話の難点は、自分が伝えたくないと思うと、かえって相手に伝わってしまうこと。したくないという否定文的な意思は汲んではくれない。
『ほらほらぁ、どんどん……まあ、すごい!』
ああ、考えちゃだめだってのにぃ。
伝えたい順番を整理し、事案に強弱を持たせることで公開したい事を制御できるらしいのだが。
だから、そっちじゃなくて、こっちを……。
その裏返しとして、伝えたくない考えを相手に読まれずに済むはずなのだが……だめだ。できない。
「まだ始めたばかりですからね。めげずに続けていきましょう」
「ご指導ありがとうございました。がんばってみます」
あれっ!? だとすると、御簾越しの念話って、そもそも無理があったんじゃ?
「あ、そうでしたね。ごめんなさい。それはそうと」──『念話は恋を囁くときに重宝するんです。密談を交わすのに便利ですし、緊張すると本音が漏れちゃいますから。ふふっ』
聖樹様にからかわれ、ドキッとさせられてしまう。いい年したおっさんがなに動揺してるんだか。ふう〜、汗かいた。
「お疲れのようですね。詳しい話はゆっくりと休まれた後で」
まだ俺に話したいことがあるご様子だったが、どうやらお気遣い頂いたようだ。
ふと思い出す。ずっと躊躇していたことを。
「いろいろとお気遣いありがとうございます。そういえば、まだ名乗っておりませんでした。エルフ様の作法に反するのかもしれませんが、自己紹介させていただいてもよろしいでしょうか?」
途端、騒然となる。エルフの社会でも、名乗り合ってから話し始めるのが当然の礼儀だったらしくて。
しかも、聖樹様が最初に念話で話しかけたことで、何らかの思惑があるものと側近たちも判断し、敢えて聖樹様の非礼を諫めなかったとか、どうとか。
御簾を上げ、エルフ全員が姿を現す。聖樹様共々、詫びてくれることになったようだ。
『さあ、みんな一緒に。ほらっ、早く! ちゃんとして』
『『『『……』』』』
いや、聖樹様が側近さん達にむりやり頭を下げさせている感じなんだけど……。だって、聖樹様の思念だけがダダ漏れてきてるし。
別にいいのになぁ。
「そもそも、発言を許された段階で、私から名乗るのが筋というもの。それをしなかった自分にこそ非がありますから、どうかその辺で。お気になさらないでください」
「えっ、ほんとに? あ、りがとぅ……」
聖樹様にやっとお顔を上げていただけた。
はは、エルフにも頭を下げて詫びる文化があるんだね。西洋風な顔立ちで洗練されたお辞儀をされると、日本人として、はっとさせられるものがある。
むしろ、お互いに笑顔で名乗り合うことができて良かったよ。
そうそう、聖樹様の御名前はファトゥム・ハマドリュアデス・アルフェン様。
【アルフェン】と【ハマドリュアデス】のどっちが家名か、正直わからなかった。急に早口になってしまわれたもので。名前を記憶するので手一杯で。
おそらくは【ファトゥム】というのが日常使われているお名前みたい。自分でもよく聞き取れたと思う。なにせ、そこだけ妙に声がちっさくて。
「歓迎します。妖精の森に、ようこそ!」
これまでで一番優しげに、聖樹様はそう仰られた。しかも、大きな声で、ゆっくりと。やっべ、バレてた。
でも、お陰で肩の力が抜けた。自分で思っていた以上に緊張してたみたい。迎え入れてくれたことに安堵できた瞬間だった。
しっかり礼を尽くさねば。
「自分にできることがあれば、なんなりと」
聖樹様がにっこりと笑みを
春めいた香りがここまで漂ってくる……。
なにやら夢でも見ていたみたい。頭がぼーっとしてる。
気が付くと、館の執事らしき人がすぐ側に控えていて、心底驚いた。いや、目が怖いんですけど。あ、二度目か。
「も、申し訳ありません」
「……行きますよ」
客室まで案内された。
簡素な造りながらも、清潔なお部屋。開け放たれた窓からの風が爽やかだ。
ずっと緊張しっ放しだったせいか、少し怠い。
ベッドに腰掛け、すぐ横に。
あぁ、シーツの感触が頬に優しい。久しぶりのベッドだ。
瞑ったままの瞼に、柔らかな光を感じる。まだ陽が高い。
あっ! 肝心なこと、忘れてた。
「あー、あー、あれっ!? おかしいな。普通に声が出る……日本語だ」
さっきまで確かにエルフ語だったのに。なんでじゃろ?
言語取得特典かと思ってたのに違ったか……って、初回特典の期限切れとかじゃ!? おいおい、まさか今更言葉がわからなくなったわけじゃないだろうな?
慌てて窓から顔を出し、辺りを見回す。
あ、いた。なんか話してる……うん、大丈夫。遠くて聞き取りにくいけど、意味はわかる。
はぁ〜、びっくりしたぁ。どうやら期限が切れたわけじゃなさそうだ。
そういや、人はいるけど、家はどうなってんの?
……改めてじっくり、里の様子を窺う。
やっぱ、木ばっか……って、ああ、そういうことか!
ずんぐりむっくりした木から女の子が出てきた。
もしかして全部、家? へえ、なるほどね。どうりで集落らしき雰囲気がないわけだ。
ふふ、さすがはエルフの郷。う〜ん、ファンタスティック!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます