ここはどこ? 私はアレ!?編

第1話 ポチッとな!

 なにもかも終わったことを悟った……そこにあるべき身体が無かったから。


 いや、まだ死んだわけじゃない。身体が透けて見えてること自体、異常なんだ。


『十分に発達した科学は魔法と見分けがつかない』──そんな言葉が頭を過ぎる────────



──目の前に映し出されたタイムカウンタを見る限り、ものの数秒!? 今のやりとりが……でも、事の理解はできた。まさに電気信号……不思議な感覚だ。


 なるへそ。そういうことだったんだな。


 世界樹の遙か上空、全天モニターが眼下の世界を映し出している。


 あ、このワイプ画面って……やはり軌道エレベーターだったか。あのときの直感は正しかったんだ。


 しかも、こっちの映像なんて……くっ、プライバシーもへったくれもねえな。おいおい、日本にいるときからかよ!? その上、追体験できるってか。


 まあ、しばらく暇みたいだし。んだば、この辺から。ポチッとな!


 次の瞬間、脳内再生されたそれは、驚いたことに、これまで体験した現実そのものだった──



〔再生レコードTI-PCSC.LS.C.VS.LG.MWG.SS3P-00016537-T1〕


 深夜、静まりかえった職場に一人。残務整理に追われている。


 入社以来、昇進しなかったせいで、肩書きもそのままに、使い続けてきた社員証──伊藤の文字は薄く、崇(たかし)なんかは消えかけていた。


 キーボードを叩く手、その甲に浮き出た血管を見るにつけ、年を取ったことを実感する。


 作業に終わりが見えてこない……。上司から「周りにもっと仕事を振れ」と言われ続けてきた。だが、どうしてもできなかった。


 つけっ放しにしていたラジオから流れてくる声が、いつもと違って──


「一定の条件の下、治療方法の選択と同様、自分の意志で死を選ぶ権利を認めてあげるわけです。患者の意思を第一に尊重する──尊厳死はですね、家族の不安やストレスを軽減するという側面もあるわけで」


 すぐさまスイッチを切る。勢い余って打ち付けた指先が疼く。


 途端、静けさが増した……。


 黙々とキーボードを打ち続ける。


 時折、唸り出すパソコン、その冷却ファンの音だけが存在を主張していた。


 ──未明まで続いた残務整理、俺の抱えていた仕事が全て終わった……。


 最後の一服を決意し、重い腰を上げる。


 キーボックスに掛かった赤いタグ──【屋上扉】と書かれた鍵に手を伸ばす。


 階段のどんつき。少し錆びの出た扉を押し開け、見晴らしだけが取り柄の屋上へ。


 冷えた空気が、鈍った頭に堪える。


 ……ん、看板か!? いつの間に設置した? ふっ、こんな夜更けに、ご苦労なこって。


 にしても、邪魔。いつもギラつく夜景が遮られていた。これじゃ……。


 どこかほっとしている自分に、ほとほと嫌気が差す。


 いや、人に迷惑の掛からない所でやれってことか。どこか遠くで、ひっそりと。


 唸りを上げるターボライターに煙草をかざし、吸い込んだ。


「ふぅぅ────っ」


 煙を一気に吐いた途端、めまいが!?


 うっ、やば────────────────



「暗っ! あれ!? 煙草は?」


 足下も見えないほどの暗がり。落としたはずの煙草が見当たらない。


 大規模停電なのか、周りのビルも軒並み暗い。


 へえ、東京でもこんなに星が見えるんか。たまの停電もいいもんだ。


 そういや、田舎の夜はこんなだった。照明が消えると怖いほど暗くて……。


 どこか遠くの方で、遠吠えが。うっ、急に心細くなってきた。


 なんだか肌寒くも。風邪でも引いたか? とりあえず戻るか。


 歩きかけて、よろめいた。


 バランスを崩して初めて、足下が平らでないことに気づく。そればかりか、なにか柔らかい物の上を歩いてるような感触……。


 慌てて膝をつき、ライターで足下を照らす。


「えっ、草? なっ!?」


 草が生えていることにも驚いた。だが、目の端に映ったものが気になって、顔を向けていた!


 火の玉!?


 でも、うす気味悪くはない。不思議と懐かしさを感じるような。


 赤く小さな光……ファンタジーで言うところの火のエレメントみたいだ。


 ライターの火を仲間と勘違いしたのか、空中を漂い、少しずつこちらに近づいてきている。


 微かに音も響いているような……耳を澄ましてみたが聞き取れない。雑踏の中での喧噪みたいに音が混ざって、もどかしい。


 それでも、ぼんやりと眺めていると、助けを求められているような気がして……『助けてほしいのこっちの方だよ』と胸の内をこぼしていた。


 次の瞬間、幾重もの炎の円環が突然現れる!? 周りをすっかり取り囲まれていた。


 こんなにきれいな炎、見たことない……はは、魔法みたいだな。


 逃げ場がないのに、不思議と焦燥感がない。ゆらめく暖炉の火のようで、むしろ安心感に満たされていく。


 炎のゆらぎが心を浄化してくれてるよう。


 ただ、残業の疲れもあって、この暖かさが……眠く……意識が……遠のくぅ〜──────────



「ふあ〜、変な夢見た……なっ!? おわっ!」


 木々の間を縫うように猛烈な勢いで走り去っていく犬たち、その後ろ姿を目が捉える。


 んっ!? くさっ! なんか臭う。髪の毛が焦げたような……くっせえ。


「うひゃ、犬の毛か?」


 辺り一面、くすぶった黒い毛でいっぱいだ。つうか、地面やら木の幹やら、あちこち抉れてる!?


 つうか、ここ、どこさ? あんなでかい犬の群れがいるなんて。


 ……職場ではなかった。目覚めたのは、どこか深い森………………。


 結構な時間、呆けてしまった。


「夢じゃなかったのかよ」


 見慣れない樹木。草は……そもそも見分けなんかつかないや。


 旺盛な枝葉に覆われた深く厚い森の中。そのくせ、そこそこ明るい。


 まるで管理された里山のように下草が枯れてない。


 朝露を乗せて輝く苔も鮮やかだ。そこに影を落として揺らめく葉っぱ、その陰影がことのほか美しい。


 日本で見かける杉林や松林とは明らかに違う。熱帯のジャングルとも。


 信じられないことに、屋久島の縄文杉くらいぶっ太い樹木がそこらじゅうに……けど、まるで目立ってない。だって、ここではそれが平均的なサイズだから。普通……でも、凄く異様。


 いや、それより、どうやってここまで来た? 全く思い出せない……。


 しかも、こんな山奥で一晩過ごして、野生動物によく襲われなかったもんだ……いや、まさにさっき襲われかけたのか!?


 今更ながら冷や汗が吹き出してくる。


 うわっ! よく見りゃ、藪蚊が凄いことに……んっ!? モスキート音なんて久々に聞いたな。


 あれ!? でも、刺されてない。いつもはあれほど蚊に刺されやすいのに……。


 どうしよう? どうしたら? しばらく考えてみたものの、埒が明かない。待ったところで誰も助けにきてくれそうにない。


 野犬のいるところなんてまっぴら御免だ。早く森から抜け出さないと。


 と思った途端、目の前を色鮮やかな蝶が通り過ぎてく。虹色に輝く鱗粉を漂わせて。


 自然と足がそちらへ向く。


 へえ、さっきの場所って、意外と開けた場所だったんだな。


 歩き出すと、木の根が我が物顔って感じ。地中から張り出す根が縦横無尽だ。所狭しと地面を覆い尽くしている。


 それでいて、なぜか足取りを遮られることがないのが不思議……。


 それを言うなら、こっちもか。


 近くに川が見当たらないのに、森全体を大量の水が流れているような音!? いや、潤沢な水の気配を感じる。


 いつの間にか、木々のざわめき、鳥のさえずりといった森の音も消えていた。


 音のない深閑──シーンと耳に響いているはずなのに、どこかリズムがあるかのよう……静寂の歌が進むべき道を示してくれている。


 ──かなり歩いて汗もかいた。ここらで一服。


 すると、辺りに人の気配が! というか、既に囲まれていた!?


 そう、【エルフ】と呼ばれる耳の長い人たちに。

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