第29話 無自覚に負けヒロインの好感度が爆上がり
――――放課後。
俺は運命には抗えないんだろうか?
よりにもよって、『ピュアキス』でなつみが凌辱されてしまうあのカラオケボックスに来てしまっていた……。
「みなさん、私の美声を聴きたいなんて殊勝な心掛けね」
「わー! 麗先輩の歌、楽しみです!」
キャッキャとはしゃぎながら麗たち女の子が入店するが、首筋や肘にトライバル柄のお絵描きがある如何にも半グレといった店員が格好のカモがやってきたとばかりに舌舐めずりしていた。
ドリンクに睡眠薬でも盛られないだろうか、と警戒してしまう。
だが一つ救いがあった。
俺と店員の目が合うと半グレ店員は悪い人相なりに必死に笑みを浮かべて、手揉みしながら迫ってくる。
「か、影山くん!? 今日はどうされたんですか? 来るなら来るって言ってくださいよぉ」
正直……キモい。
「あ、いや急なことだったから……」
「じゃあ、部屋とドリンクをサービスしますから、何でも言ってください!」
「そんなこといいって。それくらいの金ならあるから」
あまり聞かせたくない話だった。
「麗、先に部屋に行っててくれ。俺はちょっとこいつと話があるから」
「ええ、そちらで待ってるわ。あまり女の子を待たせてはダメよ」
「ああ、分かってる」
麗たちを先に行かせると半グレ店員がカウンターから身を乗り出して、軽口を叩いた。
「いやー、影山くんが羨ましいっす! あんな良い女ばっかと、これから5Pだなんて!」
どういう育ち方をしたら、そんな思考が育ちやがりますか? なんて聞き返したくなるような物言いに閉口してしまう。
「何言ってんだ。あいつらはみんな俺のダチだよ」
「全員、セフレっすか!? さす影っす! いやー銀行強盗ボコったなんて伝説作ったら、女なんて選り取り見取りっすね」
「言ってろ」
これ以上麗を待たすとポッチーを鼻に詰めて歌えとか無茶振りされそうなのでカウンターから離れる。
「ああ、一言だけ言っておくわ。あいつらに指一本でも触れてみろ、そのときはおまえを……」
「は、はいっ!!!」
ただまだ安心はできなかったので半グレ店員に一言釘を刺しておいた。半グレ店員はぶるぶると震え上がると真面目に仕事に戻る。
「……越え~~~~~♪」
部屋に入ると麗がビブラートを利かせながら、演歌を熱唱していた。麗がアイドルになれなかった理由はこれにつきる。着物を着てのど自慢に出れば間違いなく優勝をかっさらうほどの歌唱力だ。
目を閉じ、歌っていた麗が俺の入室と共にちらと片目で俺を見ると微笑んだ。
そんな仕草されたら、これが麗じゃなきゃ間違いなく惚れてるね。
先にソファに座っていたなつみ、輝美、冬乃に声を掛けた。
「待たせたな」
「ううん、待ってないよ」
冬乃はどこから持ってきたのか、ストローから紙コップに入ったマイドリンクを飲んでいる。
いくらなんでも冬乃に四次元ポケットみたいな機能はないよな?
「冬乃、ここは外から持ってきた飲み物はダメだからな。好きな飲み物なら奢ってやるから、それしまえって」
俺が冬乃に伝えると彼女は鞄へ無造作に飲みかけのドリンクを放り込んでしまう。ちらと冬乃の鞄が見えたのだが、真っ暗で何も見えない。普通なら鞄の生地やらが見えるはずなのに……。
そんなことを思っていると輝美がマイクを二つ持ち、おずおずと申し出てくる。
「兄さん、私とデュエットしてくれませんか?」
「ああ、しようしよう」
俺が輝美からマイクを受け取ると不安げだった輝美の表情がパッと明るくなった。
「卑怯ですわーーーー♪ 輝美っ!!! 私を差し置いて、デュエットなんて!!!」
ファオーーーン♪
こちらを見ていた麗が歌の途中で、マイクのスイッチが入ったまま待ったの抗議を入れたため、うるさくて仕方ない。
「うるせー! 分かったからマイク入ったまま、叫ぶんじゃねえよ。まったく麗はよぉ」
俺はマイクをテーブルの上へ戻し、タンバリンを手に取る。
「輝美、頑張ってな! 俺が応援しているからな」
「ちょ、ちょ、ちょ! どういうことですか?」
「輝美とデュエットしたかったんだろ?」
「兄さん……」
「頑張ってね、輝美ちゃん! 麗先輩!」
なつみも二人を応援して手を振っていた。
仲がいいのか、悪いのか二人が歌っているときに、あの半グレ店員が頼んでいたドリンクを持ってきた。
「隼人くん、ここに置いとくね」
妙な笑みを浮かべて、注文したドリンクをテーブルに並べた後、サムアップして部屋を去っていった。
怪しい……。
俺はすぐさま俺が飲みたかったアイスコーヒーに手を伸ばし、ストローから飲んでみた。味わい深くというより注意深く……。
飲んだところ、何もおかしい点はみつけられない。
「兄さん、私たちの歌、どうでした?」
輝美も麗も甲乙つけがたいくらい歌が上手い!
事実、採点がデュエットにも拘わらず、九十八点という馬鹿げた数値を叩き出していた。
「私が輝美をリードして差し上げたのです。感謝なさい」
あー、はいはい……。
そんなことより俺は輝美が口をつける前に毒味をしないと!
「輝美、一口オレンジジュースをもらっていい?」
「はい、もちろんです!」
輝美から了承をもらい、ストローからオレンジジュースをいただいた。
うっ!
至って普通のオレンジジュース……。いや天然果実の搾りたてで美味いまである。
「ありがとう、なかなか美味いよ、これ」
「わあ! ホント! 美味しいです」
さっきのコーヒーもそうだが、睡眠薬とか催淫効果のある物が入ってないか、感覚を全集中していたせいで抜けていたがなんかここのドリンクは美味い。
「輝美、私もいただいていいかしら? 良いわよね? 断ったりなんかしないわよね?」
「断ります」
輝美が再び飲もうとすると麗がストローを吸いにくるが、輝美は即座に拒否する。
「そんな連れないことを言わないの!」
「麗先輩もオレンジジュースじゃないですか! わざわざ私のドリンクを飲む理由が分かりません!」
止めて欲しい……。
なんか二人で一つのストローを舐めようとしていたので、ちょっと股間に来るものがある……。
まさか催淫効果が……。
だけどなつみは普通だしな。
なつみはすでにミルクティーを飲み干しており、入力した曲が回ってくるとそのままマイクを取り、歌い始めた。
「あなたが変わってしまっても~♪ 私は変わらず、あなたを愛し続けます~♪」
なつみは麗と輝美と比べると初々しい歌い手といった感じで歌が上手いわけではなかった。
あれ……なんだこれ……。
涙が止まらねえ。
半グレ不良たちにこの部屋で背面座位で挿入されながらも、不良たちに抗うかのように悠一を思って歌っていた曲だったからだ。
「隼人!?」
「兄さん」
「あ、ああ心配すんな。大丈夫だ。なつみの歌が懐かしくてさ、目に汗が滲んだだけだって」
なつみは歌うと浸るタイプなのだろうか、歌い終えると俺に気づくと駆け寄り心配してくれていた。
「わっ!? 隼人くん、どうしたの?」
「あ、いや……なつみの歌が良かったから」
俺は『ピュアキス』で起こった悲劇を話すわけにもいかず、なつみの歌に感動したということで誤魔化した。
「ありがとう。やっぱり隼人くんって優しいね。私なんか麗先輩や輝美ちゃんに比べたら全然上手くないのに……」
八十三点……なつみが歌い終えると画面にはそう表示されていた。
「誉めてくれて、うれしかったよ」
なつみはハンカチをポケットから取り出すと彼女の息遣いがはっきりと聞き取れる距離で、俺の涙を拭ってくれていた。
カラオケでは『ピュアキス』で起こった悲劇など微塵も起こらずに楽しく過ごせてしまった。半グレ店員も終止俺たちに気を使ってくれていたし……。
その夜のことだった。
ピーンポン♪とインターホンが鳴り、モニターを確認すると刺された銀行員と良く似た、だけど白髪混じりの男性が立っていた。
『夜分遅く申し訳ありません。私、堀田と申します。影山隼人さんにお話がありまして、こちらに参らせていただきました。隼人さんはご在宅でしょうか?』
応対ボタンを押すとあの銀行員とそっくりの声だが、意外にも口調は非常に丁寧でとても腰が低いといった印象だった。
「隼人は俺ですが……」
『ああ、良かった。もし愚息のことでご気分を害していらっしゃらないかと心配していたのです。その件で息子に代わり、謝罪と息子の命を救っていただいたお礼をしたいと思いまして……如何でしょうか?』
気分を害してないか、しているか、の二択で問えば害しているというのが正しい。だけどあんな丁寧に受け答えされたら、会わないわけにもいかず俺は玄関を開ける。
「お会いできて、大変光栄です。ご友人に加え愚息を助けていただき、誠に誠にありがとうございました」
玄関土間に入ってきた堀田を名乗った男性は俺に深々と頭を下げる。二周りどころか三周り以上歳上の男性に頭を下げられると恐縮だ。
「また愚息の傷が癒えましたら、お礼と謝罪に来させますので、何卒よろしくお願い申し上げます。これは詰まらない物ですが、どうぞお収めください」
「あ、いやそんなお気遣いなく……結構デカい怪我もしてることだし。もうお礼も謝罪もしていただいてるんで大丈夫っす」
「いえいえ、そういうわけには……。おっと名乗るのが申し遅れました。私、青葉銀行の頭取を務めております堀田祐作と申します。以後お見知り置きわ……」
「え? 頭取……?」
「はい、そうでございます」
マジか……。
あの態度の悪い銀行員は頭取の息子だったのか、なら頭取の息子ということを笠に着て、横柄な態度になっていたのもおかしくない。
「とりあえず愚息は療養を兼ねて、僻地の出向先で修行を積ませたいと思います」
「あ、ああ……」
それだけ俺に告げると堀田頭取は菓子織りのような箱を渡して帰っていった。
親って大変だな。
ワインレッドの包装紙には金の細い帯が何本も走った装飾が施されていてい
「おお、ブラン堂のブランデーケーキじゃねえか!」
一本五千円もするのが、二本も入ってる!
「輝美~! ケーキもらって切ったから一緒に食べようぜ!」
「はい! ありがとう、兄さん」
輝美はフォークでブランデーで香りづけされたパウンドケーキを切り分け、小さな口で頬張っていた。
「うーん! ほっぺが落ちそうです!」
「確かにこれは……ヤバい!」
気づくと二人とも一切れを食べ切ってしまっていた。
「お兄ちゃん、私……なんだか気分が良くなってきたよ、ふふっ」
俺の隣でケーキを食べていた輝美が肩を寄せ、軽く笑みを見せていた。まさか輝美はブランデーケーキで酔ったなんてことは……。
―――――――――あとがき――――――――――
残り1日半しかねえっ! という時点で4000字を残しております……。大丈夫か?
とにかく10万字までは書き切りたいと思うのでフォロー、ご評価お願い申し上げます。それが一番の作者への応援でございます!!!
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