第27話 最弱VS最強




 かつて圧倒的な力の差で、雑魚にすぎなかった俺を四肢を踏み潰し、恐怖と絶望の洞窟に突き落とした魔人ヴィネ。



 奴が現れた時、薄気味悪い笑みを浮かべていた。



 その笑みの意味はすぐに理解できた。



 奴は、今や己と肩を並べる程の力を持つに至った俺との、喰うか喰われるかの死闘ができることを心底愉しんでいるのだ。



 純粋な戦士の喜び。強者との邂逅を渇望する、獣の咆哮にも似た感情。



 それが笑みとなって出てきている。



 もちろん、俺も同じだ。



 ダンジョン主であり、上位存在と言われる魔人の中の魔人を喰ったら、自身にどれほどの力が宿るのかを考えると、身震いが止まらない。



 初めて出会った時、俺は奴の圧倒的な力の前に、ただ恐怖するしかなかった。



 だが、今の俺は違う。



 幾多の魔物から、その力を奪い、己を成長させる糧に変えてきた。



 今、ここに立っている俺は、あの時の弱々しい雑魚と言われた自分ではない。



 俺は客席にいる魔人ヴィネに対し、「こちらに来い」と、挑発するように手招きする。



 魔人ヴィネは、俺の目の前にゆっくりと降り立つと、静かに、しかしその奥底に滾る闘志を隠しきれない眼でこちらをみた。



「さて、最後の戦いを始めようか。神々戎斗!」



 その言葉が終わるか否かのうちに、魔人ヴィネは凄まじい速度で襲いかかってきた。



 巨大な拳が顔面に迫る。



 以前ならば見切る事すら叶わなかった速度だが、今の俺にはその動きがはっきりと見えた。



「止まって見えるぞ」



「一撃で終わるなどと思っておらぬ」



 紙一重でそれを躱し、同時に片手に持っていた剣で斬りつける。



 研ぎ澄まされた刃が空気を切り裂き、魔人ヴィネの胴を狙う。



 奴は涼しい顔でそれを躱し、ニヤリと笑った。



「いい反応を示すな。それでこそ、部下どもを喰わせた甲斐があるというものだ」



 魔人ヴィネの表情には、侮りではなく、好敵手と巡り合えた喜びが滲み出ていた。



「俺をバケモノにしたあんたには、たっぷりと礼をさせてもらうぞ」



「余計なことを考えるな。戦いは、戦いで楽しめばいいのだ!」



 異空間から真っ黒な刀身の剣を取り出した魔人ヴィネが、即座に斬りかかってくる。



 金属同士がぶつかり合う甲高い音が、周囲に木霊する。



 剣の攻撃は、拳の時に比べ鋭く、重みを増していた。



「ダンジョン主が、その程度かよ。期待はずれだな」



 魔人ヴィネの斬撃を全てを受け止め、斬り返すだけの力を得ている。



 かつて感じた絶望的な力の差は、今や僅差と言えるまでに縮まっていた。



 いや、もしかしたら、ほんの僅かに、俺の方が優勢かもしれない。そう思えるほどに、俺は強くなっていた。



「楽しみは最後までとっておくものだ。さぁ、もう一段、力を上げるぞ。ついてこれるか?」



 赤黒い、というよりも、黒曜石に血を混ぜたような、禍々しい光沢を放つ肌。天井に届くのではないかというほどの巨躯。



 岩の塊が組み合わさっているかのような魔人ヴィネの身体を、黒々とした禍々しいオーラが、覆い尽くしていく。



 禍々しいオーラが消え去ると、真っ黒な鎧兜に身を包んだ魔人ヴィネの姿があった。



「我にこの姿をさせた人間は、お前が初めてだ。栄誉に思え」



「そんなこけおどしにビビるほど、今の俺は弱くねえぞ」



 対する俺も、魔物たちから奪ったスキルを発動させまくる。



 喰らい続けてきた魔物たちの力が、俺の中で新たな力となり、この身を人とは違う異形へと変化させていった。



 発動したスキルの力は、魔人ヴィネを凌駕するかもしれないほどの強大なものだ。



「こけおどしかどうかは、その身で味わうがよい」



 鎧兜を着込んだ奴の攻撃は、より苛烈さを増していく。



 一つ一つの攻撃が、以前の俺なら即死級の攻撃だ。だが、俺は怯まない。



 奴の攻撃を紙一重で躱し、時には受け止め、そして反撃に転じる。



 剣と剣が激しくぶつかり合い、その風圧で周囲の闘技場の壁が砕けた。



「面白い。面白い。雑魚と思って捨てた人間がこれほどまでの力を得てくるとはな!」



「ごちゃごちゃうるせぇ! お前の持ってる力を全てよこせ!」



「いいぞ、その欲望に滾った眼! それこそが、我の求めたものだ!」



 最弱だった俺が、魔物との死闘の中で奪ってきたスキルの力と、何度も死にかけたギリギリの戦闘経験。



 その二つが合わさることで、俺はこれまで以上の力を発揮し始めていた。



「いいから、黙って俺に喰われろ!」



「そうはいかん。我もさらなる高みへ行かねばならんのでな!」



 魔人ヴィネもこの戦いの中で新たな力を引き出そうとしていた。



 奴の表情は、苦悶と歓喜が入り混じった、複雑なものに変わっていた。



 強敵との戦いは、奴にとっても己の限界を超え、更なる高みへと至るための絶好の機会なのだろう。



 魔人ヴィネが真っ黒な刀身の剣に集まった魔力が、これまでとは明らかに違う質のものへと変化していく。



 より純粋で、より破壊的な力。



 魔法というよりも、魔力の塊と言った方が正解だろう。



「うぉおお! 喰らえ! 我が最大の攻撃を!」



 奴は咆哮と共に、その力を解き放った。



 黒い奔流が俺を飲み込もうと押し寄せる。



 とっさに剣を構え、その奔流を切り裂こうと試みた。



 だが、その力はあまりにも強大で、剣で受け止めることなど不可能だった。



「魔力障壁」



 剣では無理と察した俺は、すぐに防御に徹する。



 魔力によって作られた不可視の壁を全身を覆うように展開した。



 黒い奔流が俺の魔力障壁に激突し、凄まじい衝撃波が闘技場内を吹き荒れる。



「やられてたまるかよっ! クソがっ!」



 闘技場の地面が抉れ、いろいろなものがなぎ倒される。それでも、奔流は止まらない。



 容赦なく俺を押し潰そうとしてくる。



 俺はありったけの魔力を込め、魔力障壁を維持するが、徐々に、徐々に、障壁にひびが入り始めた。



 このままでは、押し潰される。そう悟った瞬間、俺は覚悟を決めた。

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