Side:魔人ヴィヴィ 恐怖と苛立ち


 Side:魔人ヴィヴィ


 うす暗い部屋の中、椅子に腰をかけた魔人ヴィヴィは、巨大な水晶を通して、神々戎斗の姿を睨みつけていた。



 水晶に映し出された映像は、戎斗が巨大な鱗蛇と激闘を繰り広げる様子を克明に捉えている。



 蛇の鱗は磨かれた鋼鉄のように輝き、鋭い牙から放たれる毒液は、見る者を震え上がらせるほどだった、



 だが、戎斗は臆することなく、手にしたばかりのミミックから得た装備を駆使し、果敢に攻撃を仕掛けていた。



「私は、とんでもないバケモノを生み出す手伝いをしてしまっているのではないか……」



 ヴィヴィの透き通るような碧眼の瞳には、焦燥の色が濃く滲んでいた。



 戎斗の成長速度は、彼女の予想を遥かに超えていた。



 倒した相手のスキルを奪うという特異な力は、彼の能力だけでなく、戦闘センスも規格外の速度で進化させている。



 今も腐敗毒の霧を浴びせ、鱗蛇の硬い鱗を溶かし、麻痺爪で引き裂き、動きを鈍らせ、弱点である火属性を狙い撃ちしたかのように、何度も火球を撃ち込み続けていた。



 その戦闘に無駄がほとんど見られない。



 自らが持つ力のうちで、敵を倒すために有効な手を選んで実行していた。



 なにより、生き延びることへの執着が尋常でないことが、ヴィヴィが戎斗へ焦燥を感じている大きな理由だった。



「あの男の生への執着が、必ずこのダンジョンに凶事を招くことになる……」



 巨大な水晶に映る映像には、洞窟に残された最後の魔物、鱗蛇との戦いに勝利を収めようとしている戎斗の姿があった。



 ヴィヴィの彼女の長い爪が、苛立ちを示すように黒曜石で作られた机をカリカリと引っ掻く。



 ヴィネの命令で送り込んだ三体の騎士の亡霊ファントムナイトは、以前の戎斗であればギリギリの戦いをして、勝つ実力を持っていると思っていた。



 しかし、それはあの時点での成長を見越した辛勝であり、今の成長速度を見せる戎斗に騎士の亡霊ファントムナイト亡霊たちは、逆に返り討ちに遭い、彼の糧となってしまう可能性すらあった。



「このままでは……ヴィネ様が動く……!」



 ヴィヴィの脳裏に、魔人ヴィネの姿が浮かんだ。



 ダンジョンを管理する上位の存在であり、気まぐれで人間との戦いを欲する変わり者であることをヴィヴィは知っている。



 もし戎斗がこれ以上の成長を示せば、ヴィネが彼に興味を持ち、このダンジョンに呼び寄せ、戦いを挑もうとするのは火を見るより明らかだった。



 それだけは魔人ヴィネに仕える部下のヴィヴィにとって、絶対に避けなければならない事態だった。



 圧倒的な力を持つ上位の存在である魔人ヴィネが、たかが人間に負けるとは思えないが、ヴィヴィの心の片隅には、戒斗に対して得体のしれない恐怖心があった。



 その恐怖心が、ヴィネと戎斗を戦わせてはいけないと告げている。



「ヴィネ様のお怒りに触れようが、やはり確実な死を与えねば」



 ヴィヴィは背後の闇に向かって鋭い視線を送った。



 闇の中から、漆黒の影がゆっくりと姿を現した。



 それは、ヴィヴィが最も信頼する配下、シャドウストーカーだった。



 全身を黒い装束で覆い、顔は深いフードで隠されている。



 その姿は、まさに闇そのものだった。



「シャドウストーカー……。必ず、神々戎斗を抹殺せよ」



 ヴィヴィは冷たい声で、そう命じた。



 シャドウストーカーは無言で頭を垂れる。



 その動きは音もなく、まるで風が通り過ぎるかのようだった。



「アレは今、鱗蛇との戦いで消耗している。それに送り込んだ騎士の亡霊ファントムナイトももう少しで到着する。好機を逃すな」



 彼女の言葉には、確かな殺意が込められていた。



 シャドウストーカーは、静かに頷くと、自らの持つ転移能力を使い、戒斗のいる異空間の洞窟へ転移していった。



 シャドウストーカーを見送ったヴィヴィは、再び巨大な水晶に映しだされた映像に視線を戻す。



 水晶に映る戎斗は、最後のあがきをする鱗蛇の猛攻を巧みにかわしながら、隙を見ては鋭い一撃を繰り出していた。



 蛇の巨体が激しく地面を打ち付け、土煙が舞い上がり、視界は悪くなっていたが、戎斗の動きは正確だった。



 彼は蛇の動きを読み、最小限の動きで攻撃を回避し、確実にダメージを与えていた。



 蛇の動きは徐々に鈍くなり、体にはいくつもの傷跡が刻まれていた。



 対照的に、戎斗の動きはますます冴え渡っていた。



 彼は鱗蛇の攻撃パターンを完全に把握し、まるで踊るように攻撃をかわし、的確に弱点を攻撃していた。



 ついに、戎斗の一撃が蛇の頭部に深々と突き刺さる。



 蛇は激しく体を痙攣させ、やがて動かなくなった。



 長い死闘に、ついに終止符が打たれた瞬間だった。



 戎斗は息を切らしながら、蛇の死体を見下ろしていた。



 全身は汗と土で汚れ、息も絶え絶えだったが、その表情には確かな達成感が浮かんでいた。



 ヴィヴィは、その戎斗の姿に苛立ちと恐怖を感じ、映像を映し出している巨大な水晶に向け、机の上にあった黒曜石の短剣を投げつけていた。



「神々戎斗、お前はそこで朽ちるのがお似合いだ」



 黒曜石の短剣が突き立った巨大な水晶は、ひび割れていき、そのまま粉々になって砕け散った。


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