Side:瀧野愛菜 新たな仲間



 Side:瀧野愛菜



 渋谷の喧騒を地底に閉じ込めたかのようなダンジョンは、無機質なコンクリートと剥き出しの配管が織りなす異質な空間だった。



 かつて若者たちが流行を追い求めたこの場所は、今や魔物の咆哮と探索者たちの息遣いが支配する戦場と化していた。



 その渋谷ダンジョンの深層部で、一人の女性探索者、瀧野愛菜は静かに闘志を燃やしていた。



 所沢ダンジョンの封鎖以来、愛菜は探索活動の制限を余儀なくされていたのだ。



 理由は、魔人ヴィネに雪辱戦を挑みたいと、探索者ギルドに申し出るも、ギルドからは不許可の返事が続いているからだった。



 活動再開の見通しが立たない中、仲間の魔法使いである清水からの「他のダンジョンで力を蓄えるのも一つの手だ」という助言を受け、愛菜は渋谷ダンジョンへと拠点を移していた。



 拠点を移した愛菜の目的は、ただ一つ。大切な幼馴染を奪った魔人ヴィネへの復讐を果たすため、己の力を磨き上げること。



 魔人ヴィネとの戦いで味わった屈辱的な敗北と幼馴染の喪失は、彼女の心に深い傷跡を残し、同時に燃え盛るような復讐心を植え付けていた。



 そんな魔人ヴィネに復讐を果たすには、目の前の強敵を倒し続けるしかなかった。



「瀧野、前からレッサードラゴンの団体が来るぞ!」



「問題ないです! 行きます」



 青白い光を放つ剣をに抜き放った愛菜は、目にもとまらぬ速さで、レッサードラゴンとの距離を詰め、すれ違いざまに剣を一閃させる。



 剣先は硬いはずのレッサードラゴンたちの鱗を簡単に切り裂いていた。



「「「「ガァアアアア!」」」」



 鱗を切り裂かれ、血を噴き出したレッサードラゴンが怒りを示すように咆哮をあげる。



「浅かった! でも、次で!」



 もう一度、青白い光を放つ剣が一閃したかと思うと、レッサードラゴンたちの首がズレて落ちた。



 傷口から吹きあがった血が周囲に降り注いでいく。



「レッサードラゴンたちをわずが二撃か……。さすが瀧野だな」



「清水さん、こんなんじゃ、絶対にあの魔人ヴィネには敵いません。もっと、強い敵を探しましょう。もっと、強いやつとやらないと勝てない。勝てないんですって!」



「焦るな。瀧野。ダンジョンでは冷静さを失ったやつから死んでいくんだ」



「けど……」



「今日はここまでだ。また、明日潜ろう」



 そう言った清水は自らの杖を振り上げ、脱出ポータルを作り出す。



 渋谷ダンジョンの深層に潜む凶悪な魔物たちを相手に、愛菜は文字通り連日死闘を繰り広げていた。



 鋭い太刀筋は魔物の硬い外皮を切り裂き、放たれる剣閃は敵を灰燼と化す。



 その姿は、かつての迷いを振り払い、ただひたすらに強さを求める修羅のようだった。



 けれど、愛菜が人間である以上、連続した戦闘を続ければ疲労を覚える。



 そのため、清水が体調を見越して帰還をさせることが続いていた。



「深層階をたった二人で攻略している凄腕の探索者たちがいる」という噂は、様々な思惑を抱えた渋谷ダンジョンを根城にする探索者たちの耳に届いている。



 その噂を聞きつけ、ダンジョンから帰還したばかりの愛菜の前に、一人の大柄な女性探索者が現れた。



「あんたかい? 瀧野愛菜ってのは?」



「名を問うなら、名乗るのが礼儀だと思うが?」



 清水の言葉に女性探索者は「それもそうだと」言わんばかりに頷く。



「悪い、悪い。あたしは橘立華たちばな りっか。あんたの腕前を知りたくてね。一つ手合わせしてくれない?」



 橘美鈴と名乗った大柄な女性は、脱色した金髪であるものの、整った顔立ちに凛とした雰囲気を纏っており、その瞳には確かな意志の光が宿っていた。



「手合わせですか?」



 愛菜は警戒心を隠さず、立華を値踏みするように見つめ返した。



 見知らぬ者と安易に手合わせすることは、探索者ギルドから禁じられており、バレたら探索活動が停止させられる可能性もあった。



「あんたに勝ったら、あたしをあんたのパーティーに入れてくれよ。稼いでるんだろ? あんたら、深層階でさ」



「パーティーに入れろだと……。勝手なことを。瀧野、相手をする必要はない。無視しろ」



 実力も分からない者をパーティーに入れることは、ダンジョン探索において命取りになりかねない。



 特に今の愛菜は、魔人ヴィネへの復讐という明確な目的を持って行動しており、足手まといになるような存在は必要なかった。



「貴方は強いの? 私よりも? もし、強かったら入れてあげてもいいですよ」



「瀧野!? 何を言ってるんだ?」



「強い相手は、魔物だけではないですしね。彼女、そこそこやれると思います」



 愛菜は警戒した口調で、清水にそう言い放ち、剣を構えた。



 立華は動じることなく、背負っていた大剣を抜き放った。



 その大剣は丁寧に手入れされており、刃には僅かながら魔力が宿っているのが見て取れた。



「いいねぇ、さすが蒼き光の剣聖さまだ」



 静かにそう答えた立華の表情には、確かな自信が浮かんでいた。



「お、おい、二人とも、勝手な私闘は――」



「清水さん、手合わせですよ。ねぇ、立華さん?」



「ああ、鍛錬としての手合わせだな。蒼き光の剣聖さま」



 心配する清水を横目に、二人の間に緊張が走る。



 静寂を破ったのは、愛菜が放った一閃だった。



 鋭い踏み込みから繰り出された剣は、立華の首筋を狙う。



 しかし、立華は寸分の狂いもなく剣を振るい、愛菜の攻撃を受け止めた。



 金属同士がぶつかり合う甲高い音が、ダンジョン入り口のエントランスに響き渡る。



「へぇ、さすがに早い」



「受け止められるのはすごいですね。私の斬撃、けっこう早いんですよ」



「いちおう、あたしはこの渋谷のトップランカーだからねぇ」



「なら、本気出します」



「本気……? ちょっ!? まっ!?」



 愛菜の攻撃は止まらない。縦横無尽に繰り出される剣は、まるで嵐のようだった。



 そんな中、立華は冷静だった。



 愛菜の攻撃を的確に受け止め、時には最小限の動きで回避する。



 その剣技は無駄がなく、洗練されていた。



 戦いは愛菜のペースで進んでいるように見えたが、立華もただ守っているだけではなかった。



 時折、鋭い反撃を繰り出し、愛菜を牽制する。



 その剣は正確無比で、ほんの僅かでも気を抜けば致命傷になりかねない一撃だった。



「いい攻撃ですね。さすがトップランカーです」



「涼しい顔で言ってくれるねぇ。あんたも相当ヤバいよ」



 激しい攻防が続く中、愛菜は徐々に立華の実力を認め始めていた。



 渋谷ダンジョンのトップランカーだと自身が語ったように、確かな実力を持った探索者だ。



 しかし、愛菜は手を緩めるつもりはなかった。



 魔人ヴィネに勝つためには、常に全力で戦うことを意識しなければならない。



「ついてこれます?」



「ふん、あたしが置いて行かれるとでも?」



 愛菜はさらに攻撃の速度を上げた。



 剣に込める魔力も増していく。



「早い、ばけものかよ。あんたっ!」



 立華も必死に応戦するが、徐々に防戦一方になっていく。



 額には汗が滲み、息遣いも荒くなってきた。



「そろそろですね。では、これが最後」



 そして、ついに勝負が決まった。



 愛菜が放った渾身の一撃を、立華は辛うじて大剣で受け止めたが、その衝撃に体勢を崩してしまう。



 愛菜はその隙を見逃さなかった。



 体勢を崩した立華の足元に回り込み、剣の鞘で鳩尾を打ち据えたのだ。



「ぐぅうっ!」



 衝撃で地面に倒れ込んだ立華は、しばらくの間立ち上がることができなかった。



 愛菜は剣を鞘に納め、立華に手を差し伸べた。



「貴方の実力はよく理解できました。さすがはトップランカーですね」



 立華は愛菜の手を取り、ゆっくりと立ち上がった。



 息を切らしながらも、その表情には清々しさが漂っていた。



「負けたよ。完敗だね。あんた、噂通り強いわ。その実力なら深層階で魔物を倒しまくってるって噂は本当だろうね。勝って一緒に潜りたかったけど――」



 その様子を見ていた清水が、二人に近づいてきた。



「なかなか見ごたえのある戦いだったな。立華、君の実力は十分に認められた。どうだ? 愛菜のパーティーに来る気ないか?」



「マジで? いいの? 負けたんだけど」



 清水の言葉に、立華は嬉しそうに微笑んだ。



「問題ないですよ。私についてこれる実力を示してくれましたし、より強い敵を求めて、渋谷ダンジョンの奥に行くには貴方の力も借りたいと思いました。ぜひ力を貸してくれると助かります」



「マジか! ありがとうね! じゃあ、これからあたしのことは立華と呼んでね。あたしは愛菜って呼ぶからさ」



「はいはい、承知しました。立華」



 愛菜は軽く頷き、宿舎となっている渋谷の宿に向かって歩き出した。



 立華と清水はその後を追う。



 こうして、愛菜、清水、立華の三人パーティーが結成された。



 それぞれの目的は違えど、縁で繋がった三人は、これから共に渋谷ダンジョンのさらなる深淵を目指していくことになる。

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