Side:魔人ヴィネ 娯楽




 Side:魔人ヴィネ



 魔人ヴィネは、映像に映し出された神々戎斗の姿を眺め、満足げに唇を歪ませた。



 その表情は、まるで獲物を見つけた獣のようだった。



 魔人ヴィネが喜んでいるのには理由があった。



「雑魚」と見くびった男が、意地汚いくらい生に固執し、予想外の力を使い、異空間の洞窟で成長を見せ続けているからだ。



「スライムに溶かされて消える断末魔だけくらいしか楽しみがないと思ってたが――なかなか、楽しませてくれるやつだ」



「ヴィネ様、あの男は、あなたにとって邪魔な存在です。すぐにでも始末すべきです」



「ヴィヴィは、我があの人族に負けるとでも?」



 ヴィヴィと呼ばれた者は、黒く太い角を持ち、華やかな金色の長い髪をたなびかせ、透き通る碧眼を持った美貌の女魔人。



 このダンジョンに生まれ出た時から、ヴィネの支配下にあり、魔物の管理を任されている魔人だ。



 神々戎斗が飛ばされた異空間の洞窟も、彼女の管理下にある。



「ヴィネ様が負けるようなことは起きるわけがありませんが――。あの男、成長が異常です。他人のスキルを奪い取って成長する能力なんてものは、今まで誰も持ち得た者はいません。人族でも、魔人でも、魔物でも」



「だから面白いのではないか。あの男は、世界の理から外れた力を得ているのだからな。ヴィヴィは、あの男がどんな成長を見せるのか楽しみではないのか?」



 ヴィネは、自分の作った異空間の洞窟で、強大な敵と対峙し、苦しみながらも成長していく男の姿に、興奮を覚えているようだった。



 強敵と戦うことを求めてやまないヴィネの性格を熟知しているヴィヴィであるが、異次元の成長を見せる男に対して強い警戒心を抱いていた。



「強敵を求めておられるヴィネ様が、あの男の成長を楽しまれているのは理解できますが……。あの男は凶事を運ぶ禍々しさを感じます。早々に処分をすることを再度、具申いたします」



「ダメだ。我の楽しみを奪うのは許さん。アレにもっと強い敵を与えよ。よいな、これは主としての命令だ」



 ヴィネは映像に映る神々戎斗を見て、目を細めた。



「我が本気で戦える相手にまで育つがよい。この場所は本当に娯楽もなく、つまらんからな」



 男の様子に熱中しているヴィネの姿を見たヴィヴィは、再考を促すのは無理と察したようで、静かに頭を下げる。



「承知しました。今少し、強い者をあの異空間の洞窟へ派遣させます」



「あの男がギリギリで倒せるくらい者がいいな。死を感じるくらいの強さの方があやつも必死になるだろう」



「はっ、承知しました」



 ヴィヴィは、上機嫌で映像を見ているヴィネの傍らを退去すると、ダンジョン内に作られた自らの部屋に戻る。



 そして、椅子に腰を掛けて指を鳴らした。



 兜の面を下ろしたままの騎士の映像が浮かび上がる。



「ヴィヴィ様、お呼びでしょうか?」



「ええ、ちょっと頼みたいことがあって呼びました。貴方の部隊に、ヴィネ様が戯れで作った例の異空間の洞窟へ行って欲しいのですが」



「我々がですか? あそこは倒して捕らえた人族たちをいたぶるためか、取るに足らない下級の魔物を繁殖させてるだけの場所のはずですが……」



 兜の面を下ろしたままの騎士の声音には、困惑したものが感じられた。



 ヴィヴィとしても、ヴィネからの指示がなければ、ダンジョンの深層階へ繋がる重要な区画を守っている騎士の亡霊ファントムナイトたちを派遣する気はなかった。



 けれど、ダンジョンの主である魔人ヴィネの命令は絶対だった。



 ヴィヴィが考えた結果、男に対して、一方的な戦闘にならず、ヴィネを満足させることができると思う最良の人選が彼らだ。



 ギリギリで勝ってくれ、あの凶事を呼び込みそうな男を殺してくれるはずだとヴィヴィは確信していた。



 ギリギリを狙いすぎて、誤って死んでしまったことにしてしまえば、ヴィネも納得してくれるはずだと、ヴィヴィは思っている。



「貴方たちはどんな手段を使ってでも、神々戎斗を抹殺してください。アレをあの異空間の洞窟から出すわけにいきません」



「は、はぁ……。ヴィヴィ様のご指示であれば、すぐにでもまいりますが……。たかが人族の男でしょう?」



「油断しないように。アレは他人のスキルを奪って成長する能力を持った者です。全力で仕留めにいかねば、貴方たちとて、アレの糧にされてしまいますよ。アレは生きることに対してとても意地汚い生物なのです!」



 厳しい叱責を受けた騎士は、ヴィヴィに頭を下げ謝罪の意思を示す。



「もう一度だけ念押しします。貴方たちが、あの男を抹殺することを私は望んでいます。よろしく、頼みましたよ」



「はっ! ヴィヴィ様のご期待に沿えるよう、与えられた任務に精励いたします!」



「頼みます。すぐに転送準備しますので、所定の場所へ集まっておいてください」



 騎士が頷くと、映像が途切れた。椅子にもたれかかったヴィヴィは大きな息を吐く。



「絶対にアレは殺しておいた方がいい……。あの男は絶対にこのダンジョンに凶事を招くのだから……」



 自らの予感に絶対の確信を持つヴィヴィは、すぐに端末を呼び出し、準備が整った騎士の亡霊ファントムナイトたちを異空間の洞窟に送り込んだ。

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