第32話 VSコマンダードック④ 黒の魔犬
俺達は、目の前のコマンダードックの姿に、思わず唖然としてしまう。
なにせ、あまりに事態が予想外過ぎた。
緋い【緋緋色の毛皮】が、黒々としたオーラを纏っているのだ。
まるで犬の陰のような姿となったコマンダードックの姿に、俺は戦慄する。
パワーアップ・・・いや、コレはもう完全に変身だ。
コイツは、コマンダードックなんて名前じゃ、もう言い表せる存在じゃない。
「うわっ、なんかヤバいね?どうなってんの?」
「し、知らない!アヤノンさんの配信じゃ、こんな風にはならなかった!」
リコリオさんの表情が引き攣る。
ムルジアに至っては、完全に取り乱していた。
正直俺も、ちょっと腰が引けている。
それくらい、今のコマンダードックの姿は、今までとは異質だった。
とりあえず、視界の端に見える奴のHPバーとその名前を確認する。
名前は・・・「コマンダードック」のままだな。HPバーも、特に変化はない。
毒状態は、解除されてしまっているようだが、逆に何か特別なバフなどの表示もなかった。
システム的には、特に何かが起きているという判定ではない?
だが、どう見てもコレは、何かヤバい事が起きていた。
俺の本能も、コレはヤバいと叫んでいる。
しかし、それでも今はボス戦中だ。
俺は、ここまで来て途中で投げ出す訳にもいかず、とりあえず2人の前へ出た。
すると
「・・・ヒサシイナ、ウボウ」
「は・・・?」
コマンダードックが、不意に視線を俺へ向け、平坦な声を投げかけてきたのだ。
俺は、耳を疑う。
「ウボウ?」
「なんだよ、それ?」
リコリオさんとムルジアが揃って眉を顰める。
やはり、聞き間違いでなかった。
ウボウ・・・ウボウって言ったか、コイツ!?
「な、なんで・・・」
なんで、コイツが、その名前を知ってんだ?!
それは、俺が昔メインで使っていたゲームネームだ。
もう何年も使っていない昔の名前で呼ばれて、俺は戦闘中にも関わらず構えを解いてしまう。
あまりの驚きに立ち尽くしていると、コマンダードックは意外そうに続ける。
「ドウシタ?ナニヲ驚イテイル?」
「い、や、驚かねえ訳ねえだろうが・・・!?」
いきなりボスが変身したかと思ったら、なんか喋り出すとか、驚くに決まってる。
しかも、それがゲームのイベント的な内容ならいざ知らず、俺個人の昔のゲームネームで話しかけられるなんて、驚愕通り越してもはや恐怖だ。
なんでコイツは、このゲームどころか何年も使っていない俺の昔のゲームネームなんて知ってやがんだ!?
つうか、なんでコイツは、今、このタイミングになっていきなり喋り出しやがった?
客観的に見て、今のコマンダードックは、最初のコマンダードックとは、別物だ。
喋ったり、黒くなったりもそうだが、根本的な雰囲気があまりに理性的すぎる。
どこまでいっても「獰猛な猛獣」でしかなかった変身前とはえらい違いだ。
「なんなんだ、テメエは!?どうしてその名前を知ってる!?つうか、どう考えてもお前、ゲームの仕様通りのナニカじゃねえよな!?」
「・・・ナルホド。ナニモ知ラヌトイウ事カ」
俺の問いかけに、コマンダードックは小さくかぶりを振った。
そしてやけに澄んだ眼差しを俺へ向ける。
「ナラバ、我ガ語ルハタダヒトツ。我ラハ、皆、オマエヲ待ッテイタ」
「俺を、待って・・・?」
「イカニモ。ソシテ我ガ望ミハ、カツテノ雪辱ヲ果タス事」
「は?・・・雪辱?」
思わず自分の耳を疑う。
意味が分からない。
だが、同時にコマンダードックの空気が、肌が泡立つほどに熱を帯びた。
「うえっ!?」
「ひっ!?」
「ッ・・・!」
その圧力に、リコリオさんとムルジアが引き攣った。
それは、今までのプレッシャーを笑い飛ばせる程の強烈な「闘志」を宿していた。
空気が、空間が、奴の「勝つ」という闘志に満ち満ちていく。
その圧力は、これまでの「単なる脅威」とは一線を画した。
「・・・ははッ」
しかし、そんな鉄火場に、俺は思わず笑ってしまった。
気になる事は山ほどある。
だが、そんな俺の疑問や戸惑いは、この「熱」に当てられて融け落ちてしまっていた。
本能が、闘争心が、好奇心が、魂が、「コイツと全力で闘え!!」と叫ぶ。
俺は、その熱を無視出来ない。
というか、いい加減、我慢の限界だ!
そして、そんな俺の衝動を感じ取ったのだろう。
コマンダードックは、牙を剥いて嗤った。
「ソウダ、闘エ!我ハ、ソノ為ニココへ来タ!」
「ああ、そうかい!」
なんだか知らんが、大歓迎だ!
小難しい話は、後で適当に考える!
それよりも今は、この「極上の敵」と全力で闘い、そして勝ちたかった。
「2人共!」
「「は、はい!」」
困惑して様子を伺っていたリコリオさんとムルジアが、慌てて返事を返す。
流石に状況について来れなかったようで、2人共、完全に虚を突かれた様子だ。
そんな2人へ、俺は端的に指示する。
「今から俺がアイツに突っ込んで隙を作る。だから、そこに「とっておき」の奴を叩き込め」
「え?」
「とっておき?」
「それで倒せなかったら、俺達の負けだ」
奴の残りHPは、もう2割以下。
やりようによっては、既にフィニッシュラインだ。
全力の総攻撃を仕掛ければ、削り切れない相手じゃない。
だが、余裕が無いのは、俺達も同じだ。相手がパワーアップしているなら、尚更に。
だから、次で決めるしかなかった。
「頼んだぞ」
俺は、2人にそう言い残してコマンダードックに向き直る。
そして、口の中で小さく呟いた。
「・・・フェニス、カウントしろ」
(!?・・・ちょ、本気ですか!?)
俺の言葉に、フェニスが驚いて聞き返してきた。
余程、意外だったのか、俺の望むカウントが始まらない。
いや、それどころかフェニスはさらに言葉を続けてきた。
(今、お兄さんが使ってるのは、愛用のV・ワじゃなくて、使い始めたばかりのドリマなんですよ?!まだロクにテストもしてないのに、上手くいくはずが・・・!)
「うっせえ!やれって言ってんだろ!」
確かに全力発動は初めてだが、瞬間的になら、もう何度も使ってるのだ。
だったら、使えない事はないはずだし、使わない選択肢もない。
コイツに勝つのに、出し惜しみなんてしてられないのだ。
「ここで切り札を使わないで、いつ使うってんだ!?いいから、さっさとカウントしろ!」
(は、はい!カウント始めます!10、9・・・)
よし。
俺は、コマンダードックと間合いを測りながら、フェニスのカウントに意識を同調させる。
このカウントは、俺が力を解放する為の補助、いわゆるマインドセットだ。
このカウントに合わせて俺は、ゲーム内のアバターではなく、現実にある自分自身の肉体へと意識を集中させていく。
そして、俺の意識は、俺とVRアバターを繋ぐドリマ・・・『ドリーム・マキシ・ビジョンVRⅡ』というVRマシンへ再接続を果たした。
ただしそれは、PNMのナノマシンネットワークによるモノではない。
俺自身の精神を、俺が、俺自身の力で直接ドリマに繋げたのだ。
直後、俺の視界に色のない景色が重なる。
(・・・1、0!・・・サイコメトリー反応確認!脳波・・・安定!「デュアルロード」成功しました!)
フェニスの声を合図に、俺は意識をVR世界へと戻した。
一度アバターから離れた感覚が、元通りアバターの隅々まで行き渡る。
しかし同時に、俺の目には今までにはない「無彩色の光景」が重なっていた。
VRマシンが見せる色鮮やかな仮想空間の光景と、それにそっくりな「無彩色の光景」が俺の目に同時に映る。
そんな二つの光景を同時に視ながら、俺は刀を正眼に構えた。
そして奴も、四肢を踏ん張って低く構える。
「じゃあ、いくぞ!」
「・・・イザ尋常ニ、勝負!」
直後、俺達は同時に踏み込んだ。
色の消えた視界の中、黒いコマンダードックが砲弾のように飛び出した。
疾い!
これまでの動きとは、まるで別物だ。
構えてからトップスピードに乗る早さ、いわゆるキレがハンパじゃない!
奴の顎が、俺の喉笛を正面から噛み千切る光景を、俺は垣間見る。
そんな「致命的な光景」から俺は素早く身を躱した。
直後、コマンダードックの牙が、俺の喉笛があった場所で空を喰む。
黒いコマンダードックは、驚きに目を見開いた。
「ナ、ニ・・・?!」
「・・・【累】」
俺は、【累】を発動しつつ刀を奴に向ける。
次は、こちらの番だ。
この間合いなら、フヅキで狙い撃てる。
「クッ・・・!」
瞬間、奴が、「無彩色の光景」の中で俺の突きを躱すのが視えた。
やはり疾い。今までとは、反応速度が段違いだ。
どうやら着地と同時に身体を横に流し、鋒を躱すつもりらしい。
ならば、と俺は突きの狙いを僅かに右下へ修正した。
直後、まるで吸い寄せられるように俺のフヅキは、奴の横面を捉える。
「ガッ・・・!?」
「はぁッ!」
【累】のノックバック効果で思いっきり横に傾いだ黒いコマンダードックへ、掬い上げるような斬撃を浴びせる。しかし
「チッ・・・」
手には鉛の感触。
そして奴もノーダメージだ。
態勢を崩しながらも、素早く立て直して再度突撃してくる黒いコマンダードック。
俺は、その突進から身を躱しながら、思考を巡らせた。
まず分かった事は、例の毛皮の防御は未だ健在という事だ。
となれば、俺の取れる選択は一つだけ。
「ウイリー!ありったけ寄越せ!」
「〜〜!【〜〜】!・・・【〜〜】!」
ウイリーが、俺の声に応えて【レッドフォース】【エンチャントファイヤー】を連続発動。
「【バンプアップ】!【集中】!【ジャックポット】!」
さらに俺も、手持ちのバフを一気に盛る。
【レッドフォース】と【バンプアップ】でATKを2段階。【集中】でDEXを1段階アップ。
さらにクリティカル時のダメージ量を増加させる【ジャックポット】と攻撃に火属性を加える【エンチャントファイヤー】でさらに攻撃力を上乗せした。
これが、今、俺の用意出来るバフの全てだ。
このありったけのパワーで、奴の【緋緋色の毛皮】の防御を打ち破る!
「らぁッ!!」
「舐メルナ!」
浮舟で踏み込んで、イカヅチで斬りかかる。
しかし、黒いコマンダードックは、大きく飛び退いてその一撃を躱した。
「ソノ動キハ、既ニ見タ!」
そう言って、俺の後ろへ回り込んでくる黒いコマンダードック。
「くそッ・・・!」
浮舟が、前にしか飛び込めない事に気づかれた。
それに「無彩色の光景」による先予見にも、この短時間で対応してきてる。
いくら「無彩色の光景」で動きを先予見しても、間合いの外に逃げられたら当てられないのだ。
紙一重で避けてくれれば、さっきみたいに後出しで当てられたんだが・・・同じ手が何度も通用する相手じゃないって事か。
「・・・いやいや、なんでだよ。ボスとはいえNPCだろ、テメエ・・・」
さっきまでは、普通に同じパターンが通用してたじゃねえか。
これじゃ、まるで凄腕ゲーマーとのPvPだ。
「やっぱ、普通のボスと違うな、コイツ」
なんというか、ボスが最終形態になって挙動が変わった、というよりは、格ゲーでCPU戦中に、同キャラのプレイヤーに割り込みされた、みたいな感覚がある。
キャラ性能は同じだが、動かしている奴の腕が違いすぎて、戸惑う奴だ。
「・・・やっぱ変わったというよりは、代わった感じなのか?」
だとすれば、さっさとケリをつけないと、マジでヤバいな。
なにせ、俺が「無彩色の光景」を視ていられる時間は、長くない。
そもそもこの状態を維持するだけで、恐ろしい程の集中力が必要なのだ。
浮舟のモーションを見切るような相手とダラダラ戦っていられない。
バフの残り時間だって少ないし、一気に決めるしかなかった。
死角から突っ込んでくる奴の攻撃を先予見しながら、俺は頭をフル回転。
コイツには、単純な先予見だけで勝つのは無理だ。
先予見した展開を元に、さらにその先の展開を読む。そして
「・・・ここだ!」
「!?」
俺は、奴が死角に潜り込んだ瞬間、振り返りながら構えを正眼から霞の構えへ切り替えた。
水平に持ち上げた刀の鋒を、まっすぐ視線の先へと向ける。
そこには、こちらへ急転回した黒いコマンダードックがいた。
こちらへ向けて飛び出した直後、軌道修正が効かないそのタイミングで、俺も飛び出す。
「【烈剣】・・・!」
刀に【烈剣】のエフェクトを纏わせながら、俺は右手に持った刀を全身で突き込んだ。
霞の構えから繰り出す片手フヅキ。
通常のフヅキからさらに踏み込むその一撃は、奴の予想を超えて伸びた。しかし
「グゥ・・・!」
その鋒を奴は避けた。
驚異的な反応速度。
奴は強引に身体を捻って、俺の攻撃をギリギリで躱して見せたのだ。
通常のフヅキと違って片手で突き込むこの技は、後出し修正が全く効かない。
いくら「無彩色の光景」で避ける結果が見えていても、無理矢理当てる事は出来ないのだ。ただし・・・
「喰らえ!」
当たらないと分かっていて、追撃しないバカはいない。
返しの太刀、マキナミ。
俺は、奴とすれ違い様に身体を反転、奴の背後に滑り込みつつ、遠心力を乗せた掬い上げるような一撃を叩き込んだ。
「!?ッガァ!?!?」
バフの乗った一撃で背後から突き飛ばされて、黒いコマンダードックが前のめりになって転倒する。
よっしゃ、決まった!
最初から片手フヅキが外れるのは、想定済み。本命は、このマキナミだ。
だからこそ、突き用の【穿】を使わず、【烈剣】を発動させたのだ。
この技は、イカヅチ、フヅキに続く3つ目の俺のオリジナル。
イカヅチやフヅキを躱された場合に備えて作った俺の奥の手だ。
いくら反応速度が早くても、死角から追撃するこの技には対応出来まい!
「【穿】【蛟】!」
「グ、ガァッ!?」
ここぞとばかりに温存していた残りのアーツを重ねがけし、倒れた黒いコマンダードックに逆手で突き刺す。
バフの乗った一刺しは、奴の身体を貫いてその身体を地面に縫い留めた。
直後【穿】のエフェクトが傷口を抉り、【蛟】のエフェクトが奴の身体をガッチリ絡め取る。
「ッ・・・ギ・・・貴様ァア!!」
地面に這いつくばった黒いコマンダードックが、怒りに吠えた。
しかし、流石にこの状態では、手も足も出ない様子。
まあ、ダウン状態で串刺しの上に、拘束まで喰らってるのだ。まともに動ける訳がない。
俺は刀から手を離して安全圏に急いで離脱した
「【ジョーカー・オン】!」
そしてその直後、リコリオさんが、待ってましたとばかりに声を上げる。
すると、なんとリコリオさんの隣にもう1人のリコリオさんが現れた。
え、分身?!
いやでも、新しく現れた方のリコリオさんは、装備が違う。
ぱっと見、防具類は同じに見えるが、本体?のリコリオさんが身の丈程の大きな弓を使っているのに対し、分身?のリコリオさんは、割と小ぶりな弓を手にしていた。
どうなっているのかと、俺が思わず目を見張っていると、2人のリコリオさんは素早く左右に分かれて弓に矢を番える。
「「【チャージアップ】!【ペネトレイトアロー】!!」」
なんと2人同時にバフつきの【ペネトレイトアロー】を放った。
バフのエフェクトを纏った2本の矢が、コマンダードックの元で交差する。
「グガアァァッ!?」
綺麗に十字砲火が炸裂し、コマンダードックのHPが一気に減った。
バフの効果もさることながら、同位置、同時着弾のチェーンボーナスの威力がハンパない。
俺の攻撃では、数ミリ程度しか削れなかった奴のHPバーが、一気に1割近く削れている。
奴のHPバーが、一気に赤く染まった。
「グオオッ!マダダ!マダ、我ノライフハゼロデハナイ!」
レッドゾーンに入ったせいか、黒いコマンダードックのオーラがさらに勢いを増した。
ダウン状態から回復し、力任せに【蛟】の拘束を引き千切る。
しかし、そんな黒いコマンダードックの言葉を俺はキッパリと否定した。
「いいや、お前の負けだ」
「【ジョーカー・オン】!」
怒り狂うコマンダードックの元へ、ムルジアが走り込んだ。
なぜか急に眩く光りだした剣を振りかぶって、半ばヤケクソの形相で突貫する。
「【パワースラッシュ】!!」
バキン!
「ギャアアアアアーー!?!?!」
直後、致命的な破壊音と閃光が、ムルジアの手の中で弾け飛んだ。
そしてその光の一撃は、黒いコマンダードックに炸裂する。
緋いコマンダードックの身体を覆っていた黒いオーラが、ムルジアの放った光の【パワースラッシュ】に引き裂かれた。
絶叫が、黒いオーラと共に掠れて消えていく。
まさに断末魔だ。
「QUOOOO・・・」
元の緋い毛並みに戻ったコマンダードックが、弱々しく哭いてその巨体を草原に横たえる。
〈Congratulations!!エリア1の徘徊ボス「コマンダードック」を撃破しました!〉
そして、システムが俺達の勝利を高らかに宣言した。
EPIC OF JOKER 〈VR MMOで大喧嘩〉 2toraku @Yamatayuhei
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